紅の回

Phase1

「健ちゃーん」


 聞きなれた声が俺の背中にぶつかる。


「どうした? 四季」


 振り返りつつ、訊き返す。


「いやー、健ちゃんっていつここに来てもいるなーって思って。飽きないの?」



 組織に入ってから四年が経った。

 俺は組織に入ってから欠かさず、基地の敷地内にある森で戦闘の訓練をしている。

 俺がこの四年間で百体以上のフレンズを狩ることができているのは、この訓練の賜物だ。



「そういう四季だって、ほとんど毎日来てるじゃん」


 坂本四季は俺と同じ時期に組織に入った、いわば同期生である。

 任務も一緒のことが多く、彼は兄のように俺のことを慕ってくれる。



「ぼくは朝のお散歩がてら毎日通っているだけだよ。まあ今日は違うけど」


 四季はいつも通りの笑顔で続ける。


「招集だよ。まあまあ面白いことになってるよ」

「……どゆこと?」

「しゃべるフレンズがいらっしゃっているのだよ」


 




 ここで、組織について説明しなければならないだろう。



 俺らが所属するプロテクターズは、謎の生命体、フレンズを駆除する組織である。

 人数は数十人と小規模ではあるが、半数以上がそれぞれ固有の能力(俺らはと呼んでいる)を持ち、戦闘能力は極めて高い。



 そして駆除対象のフレンズは、遠くから見たら人間のような体つきをしているが、刺青のような文様が全身に走っているため近くで見ると識別は容易である。

 奴らは基本的に意思疎通ができず、なぜか人間を襲う。

 しかもなかなかタフで、俺たちは奴らが完全に動きを止めるまで戦い続けなければならない。






 会議室の扉を開ける。


「おはようございます……」


 中に入ると会議に参加するメンバーが各々、いつも通りの位置に座っている。



「遅えよ。どんだけ待たせりゃ気が済むんだ」


 朝の挨拶に返事もせずに俺に悪態をついてきたのは下山竜持しもやまりゅうじ

 組織に入ったのは俺より二年早いが、年齢は同じである。

 彼は何かと俺に突っかかってくることが多い。

 何も悪いことをした覚えはないのだが……。



「まあまあ、健斗は訓練してたんだよ。僕は見習うべきだと思うけどなあ」


 すかさずフォローの声を入れてくれたのは若林慧他わかばやしけいた

 絵にかいたような優しい青年だ。

 彼もまた俺と同輩である。



「まあいいけどさ」


 竜持が舌打ちしながらも引き下がる。

 俺は慧他に心の中でお礼をしながら問うた。


「で、噂の奴は?」

「地下の監獄。何人か見張りの方もいるし、大丈夫でしょ」


 背後の四季が答える。


「じゃあ俺は監獄に……」

「その前に!」



 部屋の奥から妙に大きい声が響く。

 声の主は青山戒。

 一人でフレンズ十体を相手にできる戦闘能力の上にカリスマ性もあり、組織のリーダー的な存在である。

 粗暴な言動が目立つ竜持でさえも彼の言葉には素直に従う。



「誰が奴の面倒を見るのか決めなきゃね」


 え? 殺さないの?

 目を見張る俺を気にも留めず、彼は続ける。


「まあそんなに凶暴じゃあないし、もし暴れても大事にはならんと思うけど……やっぱ一応、この中の誰かにやってほしいな」

「ぼくやりたいです!」


 四季が小学生のように手を挙げる。


「却下」


 戒くんは即刻、四季の申し出を断った。



 四季が、ちょっとくらい信用してくれたっていいじゃあないですか、とかぶつぶつ言って口を尖らせる。

 他の面々は名乗り出る気配もない。


「俺……やってもいいですよ」

「じゃ、頼むわ」


 戒くんは任務の説明を始める。


「とりあえずフレンズが人間を襲う理由と最終的な目的、あと生い立ちについても訊いてほしいな」

「聞き終わったら?」

「駆除していいよ」

「了解です」


 俺は返事をして監獄に向かう。



 後方の四季が何か言いたげな顔をしていたのが少し気になった。






 監獄の中央に奴は座っていた。


「おい」


 声を掛けるとこちらを見た。


「ここから出して」


 本当に普通に話すことに少し驚きを覚える。


「これから訊くこと全部に素直に話してくれたらすぐ出してあげるよ」

「何で? 私は人間のこと一人も殺してないし怪我もさせてない! どうして私がこんな目に合わないといけないの?」

「それはお前の仲間に言いなよ。俺たちはただ、フレンズを一匹残らず狩るだけ」

「私たちだって生きたいだけなのに……」


 そろそろ本題に入ろうか。


「お前らの……フレンズの目的は?」

「……分からない」

「なら、なんでフレンズは人間を襲う?」


 目の前のフレンズは少し思案した後、呟いた。


「……サトリ」

「……サトリ?」

「フレンズはサトリというやつの指示で人間を襲ってる。でも私はそいつに会ったことはないし、目的も知らない」

「ふうん……じゃあ、もう一つ質問。フレンズはどうやって生まれるの?」


 俺が尋ねると奴は、他のやつらはわからないけど……と前置きしつつ語りだした。


「私はもともと人間だったの。それがある日起きたら手足に刺青みたいな線が入っていて……ああ、もう本当に、何が何だか分かんない!」


 もともと人間?


「ねえ、私の知っていることはすべて話したよ! 早くここから出して!」

「ああ、うん、出ていいよ」


 俺は左手で監獄の扉を開けた。

 そして右手で左腰にいた剣を抜きながら付け加える。


「ただし……死んでからね」




 









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る