フレンズ

たいらかおる

零の回

 運命が変わる瞬間なんてものは誰にも分からない。






 いつも通りの夜だった。



 父親はビールを飲んで酔っ払い、母親は『スマホをいじりながら食事をするのはやめなさい』と弟を叱りつけていた。

 俺はそんな家族を横目で見ながら黙々と夕食を摂っていた。



 どこにでもありふれた、平和な時間。

 でもそんな時間は、まるで夜空を走る流れ星のように儚くて、すぐに壊れてしまう。

 


 三分後、全身に刺青のような文様をもった怪物が、まず父親を、次に弟を、そして母親を殺した。

 俺は身じろぎすらできずに、家族が殺されていく一部始終を見せつけられた。

 何が起きたのかまるで分からなかった。



 ふと、右肩に激痛。


「ぐっ……あっ……!」


 どうやら、怪物が持っていた斧で肩を切り裂いたらしい。

 おびただしい出血量。

 その瞬間、俺はここで死ぬのだと確信した。

 と同時に、どうせ死ぬなら家族の仇をとってから死にたいと思った。



 俺は食卓に並べられていたフォークを握り、怪物めがけて突進した。

 しかし、怪物は俺を難なくかわし、逆に俺の首をつかみ、持ち上げてきた。

 俺はどうすることもできない。

 処刑台に連行された死刑囚のように、ただ死を待つだけだ。



 怪物は両方の口の先端を大きく引いている。

 笑っているつもりなのだろう。

 そして、斧を振り上げた。



 ああ、何もできなかったな。

 俺は目を閉じる。

 





 斧は振り下ろされなかった。

 代わりに、俺の顔に生暖かい液体が飛び散ってきた。

 同時に、身体の拘束も解かれる。



 何が起きたのか分からずに目を開ける。

 そこには信じられない光景が広がっていた。



 怪物が、バラバラに六つに切り分けられて殺されていた。

 しばらくして、怪物の残骸は塵のように細かくなって、空気中に消えていった。



 俺が唖然としていると、誰かが話しかけてきた。


「ねえ、お前」

「えっ⁈」


 驚いて振り向くと、そこには青年がいた。

 あどけなさが残る顔立ち。

 それに比べてアンバランスな鍛え抜かれた身体。

 もしかしたら俺よりも年下かもしれないし、十歳くらい年上かもしれない。

 ただ、一つ明らかなこと。

 それは、彼が怪物を殺したということだった。

 彼が右手でくるくる回している剣は血で濡れていた。


「あなたが、助けて……くれたんですか?」


 俺が問うと、青年は堰を切ったように話し出した。

 

「この辺で『怪物を見た』っていう目撃情報があったんだ。そんで探しに来たらこの家の窓が割れてたんで、もしかしたらって思ったらやっぱりがいたんよ。だからあの窓とおんなじように粉々にしてやったっつーだけ。いやー、それにしても俺、仕事が速い。やっぱり天才」

「フレンズって?」

「さっきの怪物のこと。なんでか分からんけど、そう呼ばれてるんだよね。ほんっと、名付け親は悪趣味だと思うよ。こいつらが友達って」


 そう言うと、彼は俺の右肩に止血帯を巻き始めた。


「つーかお前、頑張ったよねー。フレンズに襲われたら普通さ、ガチガチになってなんもできないと思うよ?」

「それは……どうも。でも、俺の家族はみんな殺された。誰も助けられなかった」

「……うん、そうだったな」






 少しの間、お互いに黙っていた。

 何分か経って、止血帯を巻き終わった青年が、唐突に尋ねてきた。


「お前、名前は?」


 俺は躊躇いながらも答える。


「安田……健斗です」

「俺は青山戒あおやまかい。よろしく」


 戒、と名乗った青年は話し続ける。


「最近さ、フレンズが増えてきてるんだ。俺らが狩ってはいるんだけど……ぶっちゃけ人員不足なんだよね。そこで――」


 彼の言葉を聞きながら、俺は覚悟を決めた。

 自分の家族を、幸せを一瞬で奪われたのだ。

 こいつらを皆殺しにするしか、腹いせの方法が思いつかない。


「俺に、フレンズを狩らせて下さい」






 運命が変わる瞬間は誰にも分からない。



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