第11話 エピソード・・10

 でも俺達はどうすればいいのか解らなかった。運動神経の抜群なさとしは、みんなからいつも尊敬のまなざしで見られ、何をしてもチヤホヤと煽て崇められている。

 周りの取り巻き達も、がんの教科書を投げ入れる事に共感している者はほとんどいないだろうけど、結局だれも止めはしない。

 

 ただ正直、俺と健にとっても、本当はどうでもいい話。さとしはまた買ってもらえる教科書が燃やされるだけのこと。教科書を買って貰えない程、がんの家は貧窮しているとも思えなかったし、その国語の教科書を、特段がんが大事にしているとも考え辛かったから。


 それに助ければ、俺達がさとし達の標的になるかもしれない。今まで、ろくに両親の事や、毎日きている兄貴のお下がりのダウンジャケットのこと等言われたこともなかった俺が、ターゲットにされてしまうかも知れない。健だって、健の妹のさおりだって、それがきっかけで、いじめの標的にされてしまうかもしれない。


 しかも、助け方も止め方も俺達には分からなかった。どうやったらこの状況で、さとしから教科書を奪い、がんと仲直りさせることができるかなんて、いつも2人でしか行動していない、俺にも健にも容易に考えることはできなかった。


 ただ俺達の横に来たがんを見て、さとしの鋭い眼球が俺に向けられたことだけは分かっていた。

 こっちを指さして、さとしは何か大きな声を出して叫んでいたが、パチパチという木の燃えていく音で俺達には何も聞こえなかった。

 さとしを背にして、震えながら腕を掴んでいたがんの握力は相当強かったけど、凄い汗をかいていたのはわかった。


 大勢の生徒、先生、手伝いの父母達、雑踏の中で、余りのうるささにそんなところで行われている、一行事に誰も気付くわけも無く、さとしはくみ上げられた丸太に向かって、何の躊躇いも無く国語の教科書を投げ入れた。


 何かを燃やす火って、とても綺麗だ。力強く跳ね上げる火の粉、水に立ち向かう炎。まるで生まれてくる時に業火の中を通過してきたかのように、暖かく力強さを感じる。

 更に燃やすための空気と紙が投入され、一瞬、炎と共に黒い灰が立ちこめた。


 それから起きた事は俺自身は余り覚えていない。

 包帯でぐるぐる巻きにされた左手を抱えながら、グスグスと泣いている健と一緒に、担任の先生の小言を永遠聞かされた様な気がする。

 ただ、それからいつもそばに居る人数が一人から三人になった事と、左手に大きな火傷の跡があるだけで。

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