第8話 エピソード・・7



 俺が小学校に上がると、同級生の母ちゃん達も、家の家庭環境を大抵の事は把握していたから、ほぼ毎日、遊んで帰る頃には、おかずを入れたタッパーを、ビニール袋に入れて渡してくれた。


 米を研いで炊飯器で炊けるようになっていた俺は、頂き物のおかずを皿に盛り、風呂のお湯を貯め、兄の帰りを待っていた。たまに頂き物が焼き飯だったりして、二人して焼き飯をおかずに、白飯を笑いながら食べたりしていた。


 中学年になった俺は、友達の母ちゃん達からおかずを頂くことに恥ずかしさが芽生え、米だけ炊いた部屋を出て、近所の駄菓子屋で買った梅ジャムを、学校の給食で残った食パンに塗り食べた。これがまた、給食の残りのマーガリンを、塗った上にまぶした梅ジャムパンは、そこそこ美味だった。 たまに、それに気がついていた健が一緒の時は、豪勢にソースかつを挟んで2人で頬張った。


 高学年になる頃には、近所に夜遅くまで開いているコンビニが出来たから、米を炊くことは必然的に無くなった。


 家の兄は女から持てるようなタイプではなく、ちょっと暗めな感じの三十歳。


 俺の記憶がはっきりしてきてから一度も、彼女を家に連れてきたことは無かったはずだ。彼女がいたことすらたぶん皆無。友達ですら、一つ年上の大工仲間の大友君と、電気屋の正君のほぼ二人のみ。外に出て遊ぶことをしなかった兄は、新たな出会いに恵まれることも、無いに等しかった。


 家で会った女性と言ったら、たこ焼きをやるからって呼んだ、大友君の彼女と彼女さんのお友達ぐらい。彼女さんと、フルーツシャワーのグリーンアップルの香りが漂うお友達は、兄より十歳以上年下で、どちらかと言えば俺の方が年齢が近かったからなのか、兄は遠回しに気を遣ってくれた大友君のご期待には当然答えられなかった。


 元々、炊事洗濯が得意な兄では無かったから、兄も一人でいることが楽なんだと思う。

 老衰で亡くなった、親方の四郎さんの葬儀が終わった辺りから、兄弟でも余り会話も無く、飯はお互いに買ってきたりして生活していた。


 兄からは給食費も含めて、月三万円程貰っていたから、特に困ることは何も無かった。

 そんなこんなで正月は毎年、健の家に寝泊りさせてもらっている。

 家にいると何故か虚しいからだ。


 変わらずにぶら下がっている電気の傘に、あのとき以上に溜まっている埃を見ると、やけに綺麗に見えた埃の結晶が、俺の虚しさを倍増しているかのように。

 会話の無い兄と食べる、年越しそばが無性に美味く感じてしまうから。

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