第6話 エピソード・・5
俺が生まれた日は、道路脇に固められていた雪がすっかり溶けた、ほのかに梅の香りが漂ってきた少し肌寒い立春の終わり。
授かったのが三人目だった母親は、足の痛みさえ無ければ、それほどの苦では無かったのでは無いかと思わせるほど、ケロッとしていて、現場終わりに駆けつけた父親は看護婦さんに、足の不自由な母親をあまりウロチョロさせるなと注意をされたほどだった。
産後、一週間の入院を終えて家に帰ってきて数週間後。
当日、風邪をこじらせた兄貴のための薬と、兄の大好きだったアロエヨーグルトを買いに、親父と母親、美沙という姉の3人でアパートから5分程のスーパーに買い物に行った。
姉が一緒に行くことをあきらめなかったから、母親が一人で行くことを断念、ちゃちゃっと済ませるために、父親がスーパーと薬局の間の公園で姉を遊ばせている間に済ませてしまおうと、三人でいくことになった。3人目の余裕もあってか、母乳を飲んでぐっすりと寝ている俺を、熱が下がらない兄に任せて出かけた両親の中にも、せっかくの日曜に、どこにも連れて行ってあげられないとの、苦悩もあったのかもしれない。
幸い、アパートの隣部屋の、昨年生まれた隆志君家のご両親も日曜だから家にいたので、母親が事情を説明し面倒を頼み出かける事ができた。
アパート前の県道は、車道は片道一車線ずつの双方通行で、車道より一段上がっているだけでガードレールのない歩道。やんちゃ盛りの姉と母親だけでは心許ないことを隆志君の両親も察してくれた。
まだ生後数ヶ月の赤ちゃんだった俺は、風邪っ引きの兄貴の横で寝転んだまま、それからの漠然とした七時間、ぼんやりと微かに、ただ電気の傘にぶら下がっている埃を見つめていた様な記憶が曖昧にフラッシュバックする。
両親達はヨーグルトを買い終え、薬局に向かっている途中に事故にあった。
歩道の先頭を走って、電信柱や大木にてかくれんぼをする美沙、兄のことを話しながら歩く両親。美沙の目の前に飛んできた緑色のカラーボール。
兄ならば眼を閉じればその光景が想像できていたのだろう。
家族が歩いていた歩道の反対側の歩道に、公園から慌てた顔で飛び出してきた少年二人。車道と歩道の段差でとどまる緑色のカラーボール。
美沙がそのボールを取ろうと車道の段差を降りかけたとき、買い物を終えた老夫婦が、スーパーの屋上の駐車場から、下りスロープのスピードそのまま県道に出てきた。
得意げな満面の笑みを両親に見せ、カラーボールを拾った美沙が反対側を振り返った時、老夫婦は車道に降りている幼い少女の姿を目視した。
運転をしていた男性はスピードを落とそうと慌ててブレーキを一気に踏み、その車を見て慌てた美沙の手からこぼれ落ちる、緑色のボールが風に吹かれ中央分離帯に転がるのを見て、一瞬ハンドルをきった。
車は、美沙と車の間に入ろうとしていた両親と共に、数メートル離れた電信柱に突っ込んだ。
電信柱に衝突した勢いではじけ飛んだ車のバンパーが美沙の後頭部を直撃、事故後病院に直ぐ搬送されたが間に合わなかった。
両親は即死だったそうだ。
運転をしていた老夫婦の二人も、電信柱に直撃した、助手席の老婆はその場で、運転していた老爺は病院に運ばれて数時間後に亡くなった。
うろ覚えの家族の印象は、窓から差し込む光に映し出された、埃の結晶の綺麗さだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます