第5話 エピソード・・4
その結果、ポコッと出ていた親父のお腹はへっこみ、頬を細らせながら、五年間無実の罪で塀の中で生活をし、出てきた親父の姿はまるで別人のようだった。
事件発覚後、数ヶ月がたち、社長以外の幹部も次々と聴取されていく中、社長が関与した材料は一向に出ず、会見で社長は、我が社の社内に、当時締結の情報を知る者は一人もいなかったと、リーク自体がありえない事で検察を訴えることも視野に入れていると吠え、世間に無実をアピールした。
捕まっている数人の社員の無実も訴えていた反面、徐々に親父の部下と不動産会社の社長の飲食会の写真や、領収書、しまいには、なんとなく締結をほのめかしているようにも聞こえる、聞いたことも無い人間の声が入っている、レコーダーなどが出てきたから、検察では、会社ぐるみではなく専務のチームの案件として処理された。
先に出所した、親父の部下の一人、係長だった木下が、社長を訴える裁判を起こしたいから力を貸して欲しいと、弁護士と共に面会に訪れたが、親父には自分を可愛がってくれた社長を訴える事が正義だとは思えなかった為、弁護士に、どうせ勝てない裁判に部下を巻き込まないで欲しいと訴えた。
親父が戻ってくる数年前に会社は倒産し、社長以下他の幹部の人間は手持ち資産のほとんど、家屋等の財産を手放し、台湾やマレーシアに移り住んだ。
親父が捕まってすぐ、社長は謝礼と儲けた分の現金のほとんどを、まだ世に出て間もない、新興国の新興株や仮想通貨に換金し、その証券を海外に作った架空会社を転々とさせ、数字をマイナスにさせながら、各国の通貨にロンダリングして行った。
親父は贅沢を好まない性格上、家も借家のマンション、車も一般的な者に乗っていた。
それが幸いだったのか、財産と呼べるものは全て現金、もしくは証券だったので横領金として、検察に全て取り上げられた。
結局、四〇を超えた親父に残ったのは、妻と2人の子供達だけだった。
出所後、親父が日雇いの人夫として働いている時に出会ったのが、大工の親方をしている四郎さんだった。
大きな庭に母屋が建ち、倉の隣の敷地に娘さん夫婦の家を新築する上棟の日の朝、大雨が降り、人夫が集まらないことから急遽呼ばれた親父は、そこの現場で初めて大勢の若い衆をまとめて指揮している四郎さんを見かけた。
四郎さんは黙々と働く親父を見て、お施主さんがご馳走してくれた昼食を食べているときに、決まった仕事がないなら明日から朝五時半に下小屋に来いと声をかけてくれた。
四郎さんは、俗に世間でいう前科者の親父に、一から丁寧に仕事を教えていった。
事件の事や、家族のことすら四郎さんは聞いてこなかったらしい。
ちょっと変わり者だったのか、家族も無く、休みも取らない人だった。
母親は俺を生んで直ぐに、親父が居なかった時の負担からか、足が思うように動かなくなっていたが、毎朝早く起きて二人分のお弁当と、行きがけに食べるおにぎりとお茶を欠かさなかった。
足が悪い母親が、俺を妊娠して近くの産婦人科に通うようになった頃、親父は一人前の大工として若い衆達に仕事を教える立場になり、やっと普通の生活を取り戻した。
数年の修行でここまでの腕になるのは、よっぽどあんたの旦那さんは努力してんだから、たまには美味いもでも食わせてやれと、親方が鰻の蒲焼きを土産に持ってきてくれた時に、母親は娘に食べさせる鰻の小骨をどう取るかを考えることに必死だった。
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