第6輪 黄昏

 見覚えのある白い天井、鼻腔を通り抜ける薬品のような匂い。7年前と同じだ。あの時は病室なんて入った事もなかったからここがどこだか理解するのに手間取った記憶がある。

 7年前はブルームライトニングに打たれて、一時的に植物状態になっていたから家族にはだいぶ心配かけた。結局あれから開花する事もなく平凡な生活を送っていた。もうそれで良いと思ってた。確かに、能力ブルームを使えるようになるためにいろんなことを試した。けれど、俺の才能がなかったせいなのか、運がなかったせいなのか一向に開花する様子もなく学生生活を過ごした。そんな自分に少し辟易していたのかもしれない。

 何かに憧れて、必死に努力して、ダメでも諦めずに頑張って。それでもその努力が実ることなく、何にも活かされることなく無駄にしてしまった。結局なんのために頑張ったのだろう。取越し苦労もいいところだ。

 そう考えれば考えるほど自分のやってきたことに嫌気がさして、恥ずかしくなる。だからもう、普通でいいと思った。それが自分の与えられた運命なのだと。

 けれどそれも一変した。開花することはないと思われた能力は突然開花し、シンフラーワーズを撃退してしまった。

 諦めていた夢が現実のものとなり、俺の心は高鳴る−−ことはなかった。なぜだろう、あれほど憧れを抱いていたフラワーズになれたというのに、嬉しいという気持ちが起こらない。だからと言って嫌だという感情もない。

 自覚がないだけなのかもしれない。時間が経てば実感が湧くみたいな。

 開け放たれた窓から風が舞い込む。時刻は黄昏時。それでも夏特有のしっとりした風が頬に張り付く。

 そういえば、三船さんは無事だろうか。きっと俺が無事なら三船さんも安全に保護されているだろう。


 「痛っ。」

 

 よくよく思い返せば、俺はあの男に全身殴られ蹴られていたんだ。全身打撲と言っても過言ではないだろう。ただ思ったよりひどい痛みというわけではなかった。痛み止めかなんか投与されてるのかもしれない。


 「骨折れてるんかな。」


 肋付近を優しくさすっていると、

 コンコン。

 扉を叩く音が聞こえて、返事を待たずに扉が開かれる。入ってきたのは看護師さんだ。


 「あら蓬川さん?よかった起きたのね。」


 てっきり俺を見るなり、「先生!蓬川さんが目覚めましたよ!」なんて大騒ぎするかと思ったのだが、思いのほかあっさりとした反応で拍子抜けした。そんな大ごとではなかったのか。それにしてもな反応ではないか?


 「あ、あの、俺の体大丈夫なんですかね。」

 「大丈夫ですよ。だってあなたフラワーズなんでしょ?それくらいの外傷ならすぐに治りますよ。」


 看護師さんは点滴をいじりながら、流作業の一部で俺の言葉に答える。というかフラワーズってそうなの?回復速度早いのか。このくらいの外傷と言われても、戦ってる時はかなりしんどかったけどな。

 きっと俺がフラワーズってのはルートを見てるからわかってるんだろうな。そういえば結局俺のルートってなんの花なんだろう。


 「この後すぐに先生とジェネラルフラワーズの方がこちらにお見えになるそうです。詳しい話はそちらに聞いてみてください。」


 そう言うなり看護師さんはそそくさと病室を出て行った。

 7年前と変わらない病室だけど、俺に対する対応は変わったようだ。


 看護師さんが言うように数分後には先生が来て軽いバイタルチェックをするなり、「明後日ぐらいには退院出来そうだね。」とさらっと言い退けた。いやいやと、待てと、一時は死を覚悟して凶悪なシンフラワーズと戦ったんだぞ。それをまるで「え?そんなの君なら余裕でしょ?」と言わんばかりのすっとぼけた表情を浮かべていたから拍子抜けしてしまった。

 先生曰く、フラワーズは開花とともに身体能力も上がるらしい。それに伴って回復スピードも普通の人と比べると速いのだとか。けれどその理由は未だ不明だから、先生も興味本位でいろいろ調べさせて欲しいと冗談混じりで言ってきたが、どうやらそれは不可能らしい。

 フラワーズに関する精密な検査は制限が設けられ、フラワーズを管轄する人間の立会いの元でないと行えないらしい。

 精密な検査とは一体なんだろう、と心の中で不安を覚えるが、きっと腕切断して生えるかどうかそんな人体実験はされないだろうと信じてる。

 先生は一通り確認し終えると、「今度はジェネラルフラワーズの方がお見えになるみたいだからね。」と言葉を残して病室を去っていった。


 ジェネラルフラワーズ、都道府県単位で管轄される対シンフラワーズ組織で、政府管轄のロイヤルフラワーズの下部組織のようなものだ。ジェネラルフラワーズは基本的に警察と協力して、各地で猛威を振るうシンフラワーズの対応に当たっている。俺が知っているのはこのくらいの知識で、実際に活動している姿は見たことがない。

 そもそも、今回の事件はジェネラルフラワーズの失態と言っても過言ではないのだろうか。まんまとあの男の策略に嵌められて、多くの一般市民を危険な目にあわせた。さらには、俺が見つけなれば三船さんは−−−俺があの場で三船さんを発見できて、たまたま開花したおかげで被害は最小限に済んだ。俺への被害は尋常では無いが。

 ジェネラルフラワーズへの不満を募らせていると、再び静寂に包まれる病室内をノックの音が鳴り響く。

 入ってきたのはスーツ姿の細めの男性二人と角刈りでガッチリとした男性一人だ。おそらくこのガタイのいい男性がジェネラルフラワーズだと踏んだ俺は、この騒動に対する怒りと不満の双眸を男に向ける。

 それを感じ取ったのか、男は眉をピクリとさせ衣を正してから深々とお辞儀をした。

 

 「私は、群馬県警対シンフラワーズ課の広沢と言います。この度はあなたに危険な目を合わせてしまい大変申し訳ありませんでした。そして、シンフラワーズを撃退してくれたことに大変感謝しております。ありがとうございました。」


 男がそう言うと、残りの二人の男性も同じように頭を垂れた。この人たちはジェネラルフラワーズではなく、警察だったのか。とりあえず彼らから丁寧な謝罪と感謝の言葉をもらったわけだが、なぜあのようなことになったのか理由を聞かないことには納得ができない。

 

 「なんであなたたちがいたのにも関わらずあんな大ごとになったんですか?シンフラワーズが現れた時、どこで何をしてたんですか?」


 つい語気が強くなってしまうが、これでも抑えている方だ。この人たちがあの時どうなっていたかは、シンフラワーズのあの男からなんとなく聞かされていたから想像は付くが、ちゃんと彼ら口から聞きたい。


 「我々は、確かに駅周辺及び祭り会場の警備を行っていました。しかし、会場とは反対方向の住宅地でシンフラワーズの被害者らしき人が発見されたとの通報を聞きました。我々は相手の策にはまってしまったのだと、すぐにほとんどの人員を現場方面へ割いてしまいました。しかし、それが相手の本当の策略だったのだと気づいた時には、駅周辺は大パニックになり移動もままならない状態に陥ってしまったのです。」


 広沢さんはたまに目を伏せがちにしながらも、言葉をしっかりとその時の状況を話してくれた。あのシンフラワーズが言ったことに間違いはないようだ。

 はぁっと息を吐き出して張り詰めた空気の中、心を落ち着かせた。


 「あなたたちが相手の策にはまってしまったのはよく分かりました。あの時、俺が偶然フラワーズとして開花して、ギリギリのところでシンフラワーズを倒せたからよかったのかもしれませんが、一応俺たちも被害者ってことは忘れないでくださいよ。」


 広沢さんは一瞬眉間に皺を寄せた気がするが、「申し訳ありません。」と再びお辞儀した。


 「そもそも、なんで今日は警察の方達だけなんですか?ジェネラルフラワーズの人は来ないんですか?」

 「ジェネラルフラワーズは、一般の方には素性を知れないようにしているんです。一部の関係者、ジェネラルフラワーズ同士でしか互いの顔は知りません。なのでメディアとかにも一切出ないのです。」

 「え?そうなんですか?」


 そうか、だからジェネラルフラワーズの活動姿を見たことがなかったのか。よくよく考えてみれば、メディア等に露出していたら、シンフラワーズから狙われるリスクが高くなる。芸能人でもないのだから、街中にいてキャーキャ騒がれるのも問題だろう。

 一応、ジェネラルフラワーズという存在は広く認知されているが、対シンフラワーズ隠密部隊という位置付けなのだろう。たとえ被害者がいようと、姿を現さない徹底した対応だ。


 「我々だけの謝罪だけでは納得がいかないかも知れませんが、ご理解いただけると幸いです。」

 「分かりました。」


 おそらくこの辺りの知識もフラワーズに興味関心のある人なら常識なのかも知れない。俺の場合、フラワーズへの憧れを辞めた時からほとんどの情報に耳を傾けようとしなかった。だから、そういう特殊な事情があると分かれば納得せざる負えない。

 話もこれで終わりかと思われたが、少し間を置いてから広沢さんは言葉を続けた。


 「実は今日はもう一つお話があります。」


 広沢さんは一歩俺のいるベッドに近づき、真剣な表情を浮かべる。広沢さんのキリッとした切り出し方が、俺の心臓の鼓動を加速させる。


 「あなたにジェネラルフラワーズに入っていただきたいのです。」


 開花したフラワーズは政府の許可を得て能力ブルームを行使できる限られた職業またはジェネラルフラワーズへ入ることができる。開花したとしても、その能力を勝手に行使しないことを契約したのち一般市民としていつも通りの生活に戻ることができる。どちらを選ぶかはその人の自由だが、こうやってスカウトっぽく話が持ち上がるとは思わなかった。

 俺は、高鳴った鼓動を落ち着かせるために胸に手を当てて話を進める。

 

 「あの、そういうのってそっちから声かけてくれるものなんですか?」

 「ジェネラルフラワーズはシンフラワーズを制圧するという目的以外にも、新たなフラワーズをジェネラルフラワーズに勧誘するという目的もあるのだよ。その活動も我々が代理でしているのだがね。ジェネラルフラワーズがこの人材はぜひという場合は声をかけさせてもらっているんだ。」


 指名制という感じか。きっと開花した時点で警察を通じて、その個人情報等がジェネラルフラワーズにも共有されて、ジェネラルフラワーズとしての適否を判断されるのだろう。


 「しかし、蓬川君の場合は少し特殊なんだ。なにせ、群馬支部の【華】からの直々の指名なのだから。」


 【はな】とは各都道府県に存在するジェネラルフラワーズのトップのことだ。

 そもそも、俺の能力は知られてないはず。あの場所は俺とシンフラワーズの男しかいなかったのだから。能力不明のまま俺を指名しようと思った理由はなんだろうか。


 「【華】がですか?なんで俺なんかを?」

 「理由はわからない。君の能力が稀有だったのか、君の才能が高く評価されたのか。我々は勧誘だけするように言われているから、詳しいことまではわからないのです。」


 結局俺の指名にどんな理由があるのか分からない。そしてこれを光栄な話として受け取っていいのかいまいち判別が付かなかった。

 【華】直々の指名なのだからきっとすごいことに違いない。ただ、正直俺はまだ「フラワーズ」としてその能力を発揮してこれからを生きていくことを悩んでいる。一度は憧れた世界。ただ、憧れすぎて疲弊しきった心はそう簡単に元に戻らない。

 結局、覚悟がないのかもしれない。あの戦いを経て、これからもあんな状況に身を置くと考えると、脚がすくむ思いだ。そんな覚悟でジェネラルフラワーズになることは少し違う気がする。

 とにかく、今は色々あった後だから状況を整理しきれてない。もう少し時間が必要なんだ。俺は広沢さんの目を見据えて答えた。


 「ちょっと考えさせてください。」


 俺の答えに対して、広沢さんは少しほっとしたように頬を緩ませた。


 「もちろん、すぐに答えが欲しいわけではないからね。ぜひじっくり考えてほしい。」


 ひとしきり話が済んだので、俺も広沢さんも緊張の糸が切れたように互いに息をふーっと吐き出し、空気も弛緩した。

 とりあえず今は休もう。体は大丈夫とは言われてるが、精神的にヘトヘトだ。

 そういえば、三船さんはどうなっているのだろうか。警察ならきっと保護しているだろうから、広沢さんに聞けば何か分かるだろう。

 

 「広沢さん、そういえば俺と一緒にいた三船さ・・・女の子はどうしてます?」


 きっと無事であることは間違い無いのだが、やはり警察からの正式な情報が欲しい。そうすれば心置きなく安心して休める。

 しかし、広沢さんは体に見合わない大きな目を瞬かせて口を開く。


 「蓬川君、すまないがさっきから君はあの場に君とシンフラワーズの男以外に誰かいたような発言をしているが、一体・・・なんのことだい?」

 「は?」


 黄昏時はとっくに過ぎて、外は闇が落ちている。平静を取り戻したはずの病室は一瞬にして不穏な空気に支配された。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る