第5輪 追憶の天井
なんだ、これは。
体から電気が放電している。耳元では絶えず、電気が発生するびりっばちっといった音が鳴っているが、痺れるといった感覚は一切ない。
さっきまで痛みで全く動かなかった体も動かせる。というより、動かされている?
そして、腕の上には三船さんが眠っている。一瞬の出来事でどうやって三船さんを抱えたのか覚えてないのだが、冷静になるとなかなか恥ずかしいことをしていると赤面してしまう。
相変わらず月明かりに照らされる三船さんの寝顔は美しく、月明かりでさえ透過してしまいそうな白い肌に目が吸い寄せられる。
「ん・・・ぅん・・・」
見惚れている間に三船さんが意識を取り戻しはじめた。この状況やばい、どうしようとあたふたしていると、まるで赤子が初めて目を開けるかのように、ゆっくりしっとりと瞼を上げる。何度か目をパチパチさせて、辺りを見渡す。
「ここは・・・」
半開きな瞳が俺の目を捉えると、しばらく見つめ合ってしまった。
やばっ、めっちゃ可愛い・・・と心の中で一人悶えていると、三船さんは目をパッと開けて、思わず手を口元に持ってくる。
「えっ、あなた・・・蓬川くん?」
少し見た目も変わっているだろうに、瞬時に俺のことを判別した彼女は、頬を赤く染め驚きと動揺を隠せない様子だった。
その姿に俺もついつい目を逸らして遠くのほうを見やると、あの男を遠くに捉えた。そうだ、俺はあいつと戦っていたのだ。戦っていたといより防戦一方だったのだが。
「三船さん、ごめん、今は何位が起きてるのか詳しく話してる時間ないんだ。とりあえず奥の茂みに隠れてて。」
三船さんをゆっくり降ろし、立ち上がらせようとするが、「痛っ」と小さく声を上げ、俺の肩に強くしがみついた。
「あ、ごめんなさい。足、挫いてるみたいで。」
「こっちこそごめん。気づかなくて。」
再び三船さんを抱えて、奥の茂みへと移動し、ゆっくりと彼女を地面に下ろした。「あの・・・」と彼女は何かを言いたげに俺の顔を見上げた。はらりと垂れる髪の毛が儚げさを助長するのだが、状況が状況だけにゆっくり話してる暇はなかった。
俺はできるだけ優しく微笑み、あの男を再び見据える。どうやらあいつの
とにかく今は、状況を再認識するとともに今の状態を整理する必要がある。
まず、俺は電気を帯びている。明らかに能力だろう。白い電流が体を流れ、ばちばち音を鳴らす。この電流の使い方がわからない以上、無闇に能力を使うのは得策ではない。それに近くには三船さんもいる。被害を与えてしまう可能性もある。
あの時、三船さんを助けるのに必死で覚えていないが、おそらくこの能力で筋肉を動かし瞬時に三船さんを抱えて、ここまで移動してきたのだろう。ということは、あいつの能力の瞬間移動と近いことをしたのだろう。だとしたら、この電流を使って高速移動できるということはわかった。
あえて名づけるなら「電光石華」といったところか。
しかし、それをコントロールできるのかが問題だ。仮にここからあいつの間合いに詰めたとしても、そこからどうする?放電できるにしてもやり方がわからないし、代わりに攻撃手段は殴る蹴るの体術しかないのだが、その攻撃力もたかがしれてるだろう。あの筋肉男を倒せる武器を持ち合わせていないのだ。
それならいっそのこと逃げるか?コントロールできないにせよ、街中までなら能力で逃げられる可能性がある。けれど、自分だけならまだしも安全に三船さんまで抱えて逃げられる保証がない。
やはり戦うしかないか。
そう決意し、あの男のいる方へ目を向けると、姿がない。あたりを見渡すと再び背中に激痛が走る。
「ぐはぁっ!」
数十メートル吹き飛ばされ、木に激突したところで止まることができた。くそっ、あいつ間合いを詰めてきやがった。俺を警戒して、近づいてこないと踏んでいたが、予想が甘かった。
「なんだよ、ビビらせんじゃんーよ。お前、今さっき開花したばっかなんだろ?だったら能力の使い方もわかんねーってわけだ。」
なるほど、あいつも確信はしてなかったが、俺の能力が開花したてと予測して、一か八かの行動に出たってことか。まさにその通りだよ。俺は自分の能力についてもましてやその使い方についても知らないことばかりだ。
痛みで苦悶する俺の表情と比べて、男の警戒心は一切なくなり、余裕の表情を見せている。
すると、再び男が視界から消え、気づくと左方向へ吹き飛ばされていた。くっ、今度は右肩付近か。まずい、このまま防戦一方じゃ、あいつに勝てるわけがない。
落ち着け。あいつの攻撃を避ける方法が何かあるはず。
何か、何かないのか。
ふと地面に付いていた手元に視線を移すと、地面が大きくえぐれているのに気づいた。待てよ、もしかしてここ、あいつが最初に高速移動したところか?だとしたら、この地面はあいつが高速移動する際に踏み込んだ時にできたのでは?もしそうならあいつの能力は「高速移動」ではない可能性がある。
男の方へ意識を集中させ、動きを凝視する。
うまく電光石華ができるかわからない。けど、やってみるしかない。
汗が頬を滴り落ちるのを感じる。それほど感覚を研ぎ澄ませているということなのかもしれない。男と俺の間に緊迫した時間が流れる。
男が再び視界から消えた瞬間、俺は前方向に動くため、足に意識を集中させた。電気信号が筋肉に伝わるのを感じ、気づいた時にはさっきいたところから20メートルくらいのところにいた。そして、男は俺がへたりこんでいた場所の右方向から殴る動作をして止まっていた。
「何!?動きが読まれた!?」
俺は足元を見やるとニヤリと確信した。
やはりこいつの能力は「高速移動」ではない。「筋力増強」だ。ただの高速移動であれば、地面をえぐるほどの踏み込みなんていらないはず。おそらく、筋力を瞬間的に増強させて、驚異的な力で移動速度を得ていたのだ。つまり、正しくは筋力増強によるスピードアップといったところだ。
その証拠に、この地面はさっきいた俺の場所に対してやや左に向かって地面がえぐれている。右方向から攻撃するのであれば、左方向に向かって踏み込む必要がある。俺はあいつが高速移動を始める瞬間の軸足が若干左に向くのを見逃さなかった。だから俺は前方、あいつがいたところへ移動して避けることができた。
ふーっと息を吐き出し、心を落ち着かせた。大丈夫、カラクリさえわかってしまえば対応はできる。
「やっぱりテメェも、高速移動できるんか。厄介だな同じような能力同士で。」
あとは、この男が脳筋馬鹿で助かった。おそらくこいつは自分の能力を勘違いしている。一番最初に使った能力が一瞬で動けるから、自分の能力は高速移動だって安易に決めつけたのだろう。もしこいつが自分の能力に気づいて、殴る蹴るといった瞬間にも筋力を増強させていたら、俺はとっくに死んでいただろう。
それに、俺の電光石華も高速移動だが、あいつとは原理も違うと思われる。あいつの場合、筋肉自体を増強するが、俺は電気信号を強くして筋肉を瞬間的に増強させるといった感じだ。
さて、ここからどうするか。電光石火もなんとなくだが、さっきの感じだと何か目印があればそこに向かって移動しやすくなる。避ける手段は確保できた。
あとは攻撃手段。
さっき、電光石火を発動する時は足に意識を集中させて成功した。ということは、能力にはイメージと意識が重要なのでは。
俺は手を男に向けて、意識を手の先に持っていった。そしてイメージする。手から電流が放電するイメージ。
今度はこっちの番だ。
足に僅かに意識を持っていき、電光石華を発動。男の真正面の間合いに詰め、全意識を手に集中させる。
「何っ!?こいつ!?」
掌に何かエネルギーのようなものが集まるのを感じる。そのエネルギーは、凝縮され一点に集中する。そして、閉じ込めたエネルギーを風船が弾けるように一気に放出。バチバチと大きな音を流しながら男の胸を目掛けて放たれる。
「放雷!!!」
無意識に発した技だったが、放たれた電撃は男の体を貫通し、全身に通電させる。
「ぐぅぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
叫びとも捉えられないような声をあげる。僅かに腕を動かし抵抗する素振りを見せる。俺は力を込めて放つ電流をより強力にさせる。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
唸り声とともに電流はさらに大きく音を鳴り響かせて、男の体中を巡る。
そして、俺の力が尽きるとともに男を通電させた電流も収まり、男は地面へと倒れ込む。男の体は電流で焼けたせいで、少し焦げ臭い煙を放っていた。
男はピクリともせず、意識を失っている。殺してしまったか?いや、僅かだが胸部が上下しているから呼吸はある。本当に頑丈な男だ。
何はともあれ、勝ったのだ。凶暴なシンフラワーズに。
そう認識した途端に猛烈な眠気が襲ってくる。まだ三船さんの安全を確保できたわけではない。必死に眠気に抗うが、体がいうことを聞かない。
意識が朦朧とする中、茂みの奥から出てくる三船さんの姿を捉える。
よかった。無事みたいだ。
安堵からか、意識が完全に途切れかけると同時に、かすかにパトカーの音が聞こえたような気がしたが定かではなかった。
次に気づいた時は、見覚えのある白い天井が目の前に広がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます