第4輪 開花

 広場は瞬く間に混乱に陥った。

 情報が錯綜しているが、周りからの話によれば、広場付近の河川敷で人の死体が見つかったとのこと。これがシンフラワーズによるものかは定かではないが、状況的にシンフラワーズの可能性が高いということらしい。

 この根拠は、事件現場に花が落ちていたということだ。どういうことかというと、詳しいことはわからないがフラワーズは能力を使うと花を生成するらしい。フラワーズが戦った跡地には、必ず花が落ちているというのが特徴的なのだ。

 広場の人たちは、フィナーレの花火に目もくれずに駅の方へ逃げていく。花火が照らす人々の顔は皆恐怖に怯えている。花火が打ち鳴らす爆音は、打ちつける心臓の鼓動と同調して、体を駆け巡る。


 「神流!僕たちも急ごう!もし本当にシンフラが現れたんなら、ここも危ない!」


 紅人は額に大粒の汗を浮かべながら俺に訴えかけてきた。だが、周りの恐怖に怯える声と花火の音で紅人の声はかき消されている。それでも、あいつが何を言っているのか気迫だけでも伝わってくる。


 「あぁ!わかってる!」


 周りの音に負けじと俺も精一杯の声量で対抗したが、この一言だけで喉がやられた。いかに普段から声を出していないのか痛感する。

 紅人が道をこじ開けてくれてるおかげで、人波に揉みくちゃにされながらも来た道を辿ることができている。やっとのことで渡ってきた橋まで戻ることができた。ここまでくれば駅まではほぼ直線。このまま人の流れに任せていれば勝手に着くようなものだ。

 安堵感が心を満たすと同時に、フィナーレの花火も終わった。夜空は元の静寂を取り戻し、星々の輝きが際立つ。だが、周りの喧騒は相変わらずだ。道の誘導係の人も大きな声と笛を響かせている。近くを通ると笛の音が耳元で鳴り響くので、耳がキーンとなる。喉も酷使したが、今日は耳もだいぶ疲弊しているだろう。こんなに大きくてたくさんの音を聞くのは初めてに近いのだから。

 そんな疲弊しきった耳に聞き覚えのある声が届いてきた。


 「あれ!?〜ちゃんは?」

 「わかんない!〜だったから気づかなくて!」


 紅人もその声に気づいたのだろう。その声が発せられる方向に視線を向けた。


 「神流!あれ!同じクラスの!確か三船さんと一緒に祭りに行くって言ってたんだよ!」


 紅人は方向転換し、その女子グループがいる方へ突き進んでいく。


 「おい!待てよ!」


 俺も必死で食らいついていく。人流に対して垂直に進んでいるため、人との接触が激しい。足は踏まれ、邪魔だと罵声を浴びせられ、女の人の胸に肩が当たり疲れ切った体に追い打ちがかけられる。いや、若干回復してることもある。

 女子グループに追いつくと紅人が話始める。


 「みんな無事かい?慌ててる様子だけどなんかあったの?」


 女子グループも紅人を認識すると、助けを乞うように縋ってきた。


 「紅人君!実は、佐波ちゃんとはぐれちゃって。どこではぐれたかわからないの。」


 女子たちは皆浴衣を着ていたが、この騒動でしわくちゃになったり、汚れがついてしまっている。きっと色鮮やかで、美しい浴衣なのだろうが、今はその影も見られない。それくらい彼女たちも必死で逃げてきたということだ。


 「はぐれちゃったって、電話とかは繋がらないの?」

 「うん。何度もかけ直してるんだけど、全然出てくれなくて。」


 状況的には気づいていないか、どこかに落としてしまったか。もしくは、出られない状態になっているのか。いずれにせよ、三船さんが行方不明なのは心配だ。

 再び心を不安で支配されると同時に女子の一人が何かを思い出したかのようにおもむろに話し出す。


 「ねぇ、そういえばあの土手にいた時、すごい勢いで走ってきた人たちいたじゃん?もしかしてあの時かな。」

 「土手って、だいぶ前の時だよね?そんな前からいなかった?」

 「わかんないけど、必死だったからここまでくるまで後ろに全然気づかえなかったよ。」


 土手。本当なら確かに後ろの方だ。そこにまだいるとしたら−

 気づいた時には走り始めていた。完全に流れに逆らうため、思うように進めないが、それでも人をかき分け進んでいく。


 「神流!戻れ!危険すぎる!」


 紅人の声は届いていたが、それに構うことなく俺は突き進んだ。

 体が勝手に動くとはこういうことなんだな。無意識。条件反射と同じように、俺の体は三船さんを助けるために活動を始めた。

 三船さんは、俺が一目惚れした人。別にそれ以上の関係でもない。もはや友達でもない。それでも、好きになった人を見捨てるわけにはいかない。

 自分の中にこんな正義を正直にかざせる勇気があったなんて、今日は気付かされることばっかりだな。恥ずかしい反面、まだまだ自分も見捨てたもんじゃないなって嬉しい気持ちもあった。

 だが、今はこんな自分に酔いしれてる場合ではない。早く三船さんがいると思われる土手に向かわないと。


 橋の端まで来た頃には、人は全くいなくなっていた。みんな駅の方へ逃げて行った後で、道には露天で買ったであろう食べ物の残骸やゴミなどが散乱していた。

 俺は息をふっと吐き出し、再び走り始める。体力的には限界のはずだが、アドレナリンがびんびんに出ているせいかほぼ疲れを感じていなかった。土手をしばらく走ったが、三船さんの姿は見当たらない。やはり、逃げ遅れただけで、もうみんなと合流してるのかもしれない。

 俺はスマホを取り出し、紅人に確認しようとしたが、充電が無くなって電源が入らなくなっていた。ちっと舌打ちをし、駅方面へ戻ろうとした時だった。

 土手の広場とは反対方向の茂みに、鮮やかな水色の布が目に入った。凝視すると、それは浴衣だった。嫌な予感がし、土手を転げ落ちるように下り近づくと、やはり三船さんだった。


 「三船さん!!」


 怪我はなさそうだが、気絶しているようだった。良かったと安堵すると、三船さんがいつもと違って、長い黒髪を結えて髪飾りをしていることに気づく。首元が少し乱れていたせいで、白い肌が露わになりドキッとする。いやいや、気絶してる女の子にドキドキするとか最低だろ。もう少し眺めていたい欲求を抑えて、とりあえず茂みから出ようと三船さんを抱えようとした時だった。

 ガサガサと茂みの奥から何かが近づいてくる音が聞こえた。耳を澄ますとそれが足音だと気づく。助かった。手伝ってもらって、ここから早く逃げようと、痛めた喉の奥から声を絞り出した。


 「すみません!手伝ってもらえませんか!女の子が一人動けなくなってて・・・」


 俺はふと思い至った。こんな時に、こんな騒動の中、人がいる?なぜ?なぜってそれは・・・短い自問自答をしていると、その答えが現実となる。


 「んぁ?なんだよ、まだいい獲物がここにいるんかよ。ラッキーだなおい。」


 茂みから現れた男は、身長180センチはあるだろうと思われる長身で、タンクトップにゴツゴツした筋肉が浮き立つ。

 月に照らされたその顔には、アザ。何かの花が咲いたようなアザが左頬から首にかけてあった。こいつは、フラワーズだ。そしてただのフラワーズではない。シンフラワーズ、この騒動の元凶だ。


 俺は立ち上がることができなかった。地面についた膝が張り付いて離れない。頭の中では理解している。早く逃げないと。三船さんを安全なところに運ばないと。それでも体は言うことを聞いてくれない。脳から命令が恐怖でシャットアウトされているようだ。

 月明かりに照らされた悍ましい男の顔は、まるで品定めするかのように俺たちを眺め、不敵な笑みを浮かべる。


 「ガキ二人、この力をためすには物たん無い気がするが、まぁじっくりやればいいか。」


 この男は俺たちを能力ブルームで痛ぶるようだ。能力は不明だが、人が殺すほどの能力だから、かなり危険に違いない。

 頭の中では、状況把握ができている。どうすればいいかも理解している。それでもやはり体は動こうとしない。

 確かこの祭りには、対シンフラワーズとしてジェネラルフラワーズが配備されているはず。そろそろ時間的には、ジェネラルフラワーズと警察がこっち方面に来ていてもおかしくはない。けれど、一向にサイレンの音は届いてこない。何かがおかしい。


 「助けが来ない。そう思ってるんじゃねーのか?」


 男は不気味な笑みを崩さずに、勝ち誇ったような顔を浮かべた。


 「そりゃそーだよなぁ。だって今頃あいつら、こことは正反対の場所に向かってるんだからなぁ。」

 「どういうことだ。」

 「俺はなぁ・・・」


 また一歩こちらに歩を進めた瞬間、男と顔が目の前に現れた。それと同時に、俺の体は空を舞っていた。

 殴られた?蹴られた?どちらにせよみぞおちに激しい痛みを感じる。

 地面へと強く叩きつけられ、その痛みは全身へと波及する。


 「高速で移動できる能力を開花させたんだよ。」


 高速で移動だと?だから突然あいつの顔が目の前に現れたのか−痛みに耐えながら体を起こそうとするが、次の瞬間にはまた空を舞っていた。

 今度は背中だ。鋭い痛みで意識が飛びそうになる。

 息をするのもやっとな状態で、俺は地面にうずくまる。


 「だからよぉ、反対方向でちょっと暴れて警察やジェネラルどもを誘き寄せて、本命のこっちへ飛んできたってわけだ。おかげで数十人はやれたんじゃねーか?まだまだ獲物はたくさんいるからよ、あいつらが戻ってくる前にできるだけ多くやっちまいたいんだよ。」


 男はつらつらと自らが立てた計画を喋り始める。


 「でも、さっきから男ばっかやっちまっててな、女はまだ一人もやってなかったんだよなぁ。」


 男の視線は、倒れ込む三船さんへと注がれていた。ターゲットは俺ではなく彼女に移された。


 「やめろっ・・・」


 声は必死に絞り出すことができたが、体が言うことを聞かない。

 男は一歩一歩噛み締めるように歩みを進め、三船さんに近づく。


 「この女、お前の彼女か?だったら、目の前で殺される瞬間を見れちゃうことになるんだな?最高だよなおい!」


 完全に興奮しきっている男は声を荒げて、唾液を口の端から溢れさせる。

 俺の人生はあの日から変わると思って信じてた。能力を使えたら、その能力を人のために生かして、ロイヤルフラワーズになる、そんな夢を抱えた時もあった。けれど、一向に開花しない能力に辟易として、結局何も変わらないただ平凡な人生を歩むしかない人間なのだと妥協した。

 別にヒーローになりたかったわけではない。フラワーズという特殊な能力があれば、俺は、今の俺とは違ったんじゃないかって比べてしまう。

 そんな自分にも嫌気がさしていた。


 「ちゃーんと、見とけよ!お前の大事なもんが壊れる様をな!」


 男は空中へと高速移動し、三船さん目掛けて落下してくる。

 ダメだ。三船さんを殺させる訳にはいかない。彼女は、まだ何も始まったわけでもないが、俺が、初めて好きになった人だ。まだ全然彼女のことを知らない。知りたい。知ってもっと人を好きになってみたい。

 せめて、平凡でなんの取り柄も無いけど、目の前の命くらいは助けるくらいの男になれよ。

 俺は痛みで地面に吸い付いている体を起こすために、腕の力を使って懸命に体を起こす。届くはずもない手を彼女に伸ばす。

 その時だった。

 傍に、真っ赤に咲く一輪の花があった。その花の名前は分からなかった。ただ、細い針のような花びらが上へ上へと伸びる様は美しくもあり、不気味な雰囲気を漂わせていた。この窮地の中、俺はこの花に魅入ってしまった。

 刹那、この花から強いメッセージを感じた。


 「咲き誇れ。」


 「終わりだぁぁぁ!」


 空中へ飛んでいた男が彼女に踵落としを食らわし、激しい衝撃とともに地面を粉々にした。

 にやっと勝利を確信した笑みを浮かべる男だったが、その表情は驚きへと一変した。


 「な、何!?」


 粉々になった地面に彼女の姿はない。

 びりっ、ばちっと音が俺の体を流れる。


 「なんだ、お前・・・お前、フラワーズだったのか!!!」


 体は白い電流で断続的に覆われ、そのせいで髪の毛が逆立つ。そして、俺の腕の上には三船さんがいる。

 ついに開花したのだ。

 

 

 

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