第3輪 不穏な空気
気がつくと電車の中にいた。
中は夏祭に行く人でごった返している。華やかな浴衣を着る女性、現地で待ち合わせだろうか。スマホ片手に誰かと連絡を取り合っている。甚兵衛を着る男の子と浴衣姿で手を握る女の子、楽しそうにお祭り会場で何を食べるか話している。同じ学校の友達同士だろうか、男女グループもあれば女子・男子のみのグループもある。
皆お祭りを楽しむという目的でこの電車に乗っているのであろう。
俺みたいに、明確な目的を持たずにお祭り会場に向かっている人は珍しいかもしれない。ただ、何かに期待して夏祭に行く人はいる。
誰かと偶然出くわして、そこから一緒に祭りを回ろうとか、帰り道に誰々ちゃんから告白される、とか皆淡い期待を抱いているに違いない。
俺も・・・その一人なのかもしれない。
何かが起きる、何かが変わる、根拠も何もないが、期待せずにはいられない。
窓を見やれば、日は傾いているが外はまだ明るい。街並みがオレンジ色に染まりつつある。
ふと、近くのカップルの話が聞こえてきた。
「ねぇねぇ、そういえば最近またシンフラが出たんだって。」
「まじかよ。まぁでもジェネフラがなんとかすんじゃね?どうせこの祭りの警備にもいるっしょ。」
7年前突如世界各地で異常気象が起こり、黒い雷−ブルームライトニング−が人々を襲った。被害者は不思議なアザ−ルート−を持ち、特殊能力に目覚めた。それがフラワーズ、ルートが花のような紋様に変化することからそう名付けられた。
7年経った今でもなぜこのような能力に目覚めるのか不明である。ただ、このフラワーズを取り巻く環境は変化した。
シンフラワーズ、今ではシンフラなんて略されているが、彼らは国の許可なしに能力を行使する不法者だ。
原則、フラワーズは能力を行使する職業に就く場合、国の登録・許可を受けなければならない。これに従わずに能力を行使する場合、即禁固刑となる。しかし、この「原則」というのが曖昧な部分で、フラワーズになったとしても、能力を行使しなければ、国の登録・許可は受けなくても良いという解釈にもなっている。
そのため、意外とフラワーズは身の回りにいる可能性があるのだ。
それに、この登録・許可がかなり面倒なのだ。これをするとなると約1ヶ月は国の指導のもと、様々な制約を受けながら生活をしなけらばならないのだ。それであれば、わざわざ登録・許可を受けないで、普段通りの生活を送りたいという人もいて当然である。
だが、全ての人がそうではなく、その過程をすっ飛ばして能力を行使するフラワーズもいる、それがシンフラワーズなのだ。
国はそれに対抗するための組織を編成した。それがジェネラルフラワーズ、ジェネフラと言われる奴らだ。
この組織は各都道府県に設置された、いわば対シンフラワーズ要員なのだ。彼らによって、シンフラワーズの勢力は鎮静化されてきたが、それでもシンフラワーズは陰で活動している。
3年ほど前に、シンフラワーズによる大きな抗争があった。この抗争による被害は甚大なものだったが、ジェネラルフラワーズによりなんとか抑えつけることができた。この抗争は、当時英雄的な存在になったフラワーズの花の紋様から、「ローズデイ」と言われている。
このローズデイ以降、国はシンフラワーズの抑圧を強くするために、国家直属のエリート部隊を編成した。それがロイヤルフラワーズだ。
7人しかいないが、その力は絶大なので、相当な抑止力になっているのだ。
俺もルートができて7年経つ。未だに開花していない。俺みたいに開花しない人たちを「シードフラワーズ」と呼んでいる。
5年くらい前までは、開花させるためにいろんなことをやっていた。体力的に自分を限界まで追い込んだり、親に頼み込んで滝行や森の中で修行みたいなことしたり、今思えば馬鹿みたいなことをしていた。ロイヤルフラワーズができて、憧れもあった。俺もあの人たちみたいに活躍したいって。
でも、今はもうどうでも良くなっている。自分に諦めがついた。普通の生活が送れればそれでいい。開花しないのであればそれでいい。
俺は、ルートがある右腕を強く握りしめた。
電車のアナウンスは目的地の駅名を告げていた。皆降りる準備を始めている。
握りしめた腕は少し痺れている。思った以上に強く握っていたようだ。痺れる腕を気にしながら、俺は電車を降りた。
駅は夏祭に向かう人でひしめき合っていた。これだから毎年夏祭には行かなかったのだ。まぁこれでなくても行かなかっただろうが。
人の波をかき分けながら、紅人が待っているであろう場所に向かった。本当にあいつはきてるんだろうか。これで「残念、いませんでした〜。神流まんまとひっかかったねぇ。」なんて言われた暁には殴り込みに行こう。
数メートル先に見覚えのある人影が見えた。甚兵衛を着た紅人だ。よかった、俺の心配は稀有に終わった。
紅人も俺を認識すると手を振ってきた。
「おーい!神流ー!こっちこっち!」
声がでかい、わかってるからそんな目立つことをするな。
「ちゃんときたんだね。」
紅人は、今度は静かな優しい声で俺に言葉をかける。その瞳も慈愛に満ちたように俺を捉える。
「あぁ、まぁな。」
短く答えると、少し小っ恥ずかしくなり頭をかいた。
「というか、お前甚兵衛着てきたんだな。」
「当たり前だよ。だってお祭りだよ。楽しまなくちゃ。」
紅人は無邪気な笑顔で答えた。
「で、これからどうするんだ?」
「当然、三船さんと合流するんだよ。」
この祭りに来た理由、三船と会うためというわけではないが、これをきっかけに何か変化が生まれるかもしれないという期待を持っていたからだ。
紅人もそれを期待しているのだと思う。俺を取り巻く環境に何か変化をもたらそうと。そこまで彼がする理由もわからないが、単に好奇心が働いてるんだろう。
「合流するったって、心当たりでもあるのか?」
「ふふーん。ないね。」
腰に手を当て、自信満々に答えられると責める気にもなれない。
「ただ、予想は付く。三船さんは友達と広場で花火を見ようって話をしてたんだ。だからそこに行けば、合流できる可能性は高いね。」
そんな話、どっから仕入れてきたのか。紅人の観察眼と情報網には毎回驚かされる。
「わかった。じゃあ、とりあえず向かおう。」
俺は歩き始めようとすると、おっとっとと俺の前に立ち塞がる。
「その前に、露店で腹ごしらえしよーぜ。」
そういうと、すたすた歩き始める。こいつは俺より先に歩くことが好きならしい。
紅人は片っ端から露店に並ぶ食べ物を食い漁った。この小さい体でよくこんなに食べ物が入るもんだな。
俺は紅人に振り回されながら、広場へと向かった。広場はすでに、花火を見るために人で溢れかえっている。
ここに三船がいるとしても、探し出すのは至難の技だ。それに花火はあと30分ほどで始まる。そうなれば、人の流れは止まって、移動するのもより難しくなる。
とりあえず、三船と合流するために歩き回ることにした。
「なぁ、本当に見つかるのかこれ。」
「ここにいるのは間違い無いんだから、根気強く歩けば見つかるさ。」
紅人は露店で買った唐揚げを頬張りながら答える。
「そう言われてもなぁ。」
夜だというのに、気温は未だ高い。汗で顔も背中もぐっしょりだ。早く家に帰って風呂に入りたい。そんな気持ちになっていたところに、紅人が唐突に話始める。
「そーいえば、この辺またシンフラが出たらしいね。」
「あー、そうらしいな。」
電車の中でカップルから盗み聞きした情報だが、やはりその話は結構広まっているらしい。
「神流はまだ開花しないの?」
純粋に気になる様子で、俺の顔を覗き見る。
「開花したくてもしないんだよ。それにもう諦めてるって言ったろ。俺は普通に暮らせればそれでいい。」
そう自分に言い聞かせて、納得させるように言葉を紡ぐ。
空を見上げれば星が広がっている。雲ひとつないおかげで、満点の星々が輝いている。
「そっか。そうだったね。」
紅人は悟ったように答え、それ以上は続けなかった。
二人の間に静寂が落ちる。
しばらく歩いていると、満点の星空に一輪の花が咲いた。
花火が始まったのだ。人の足は止まり、皆花火に釘付けになる。ここまできたらもう動くことは難しい。
諦めたように俺も紅人も空を見上げる。
「誘ったのに悪かったね。結局、何も収穫はなかった。」
紅人は横顔は無念そうだった。
「何言ってんだよ。俺は誘われてない。たまたま行ったら、お前がたまたまいただけだ。そうだろ?」
俺は微笑みかけると、それに答えるように紅人もにかっと笑った。
そのあとは男二人、夜空に咲き乱れる花たちを魅入るように眺めた。そこに虚しさはない。夏のいい思い出だと思えば、心地のいい空間だった。
しかし、花火も終盤に差し掛かる頃、後方の方が騒がしくなっているのに気がついた。その喧騒は波が伝わるように波及してきた。
シンフラワーズが現れた−
華やかな雰囲気に包まれていた空間は、一瞬で不穏な空気へと支配された。
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