第30話「改造」

 常に居場所を変えるジークは、その日東京郊外の古い一軒家にいた。タイカから送られてくる網膜映像やニュース映像、市民が自分の端末から中継したライブ映像を見ながら、タイカの一挙手一投足を見守っていた。

一日の任務を終えて意気揚々と戻ってきたタイカは、庭に舞い降るとテラスを通ってリビングに入った。

「どうだった?」

 ソファで携帯端末を操作していたジークに向かって、タイカが尋ねる。

ジークは「いいんじゃないか?」と答えたが、すぐに「ただし」と付け加えた。

「一つ課題が浮き彫りになった」

 ソファに座りかけていたタイカが一瞬固まった。

「どんなこと?」

 ジークにしてめずらしく、言いにくそうに苦笑を浮かべた。

「おまえの技がな、なんというか…、地味なんだよ」

 ジークの意図が理解できず、目を見開いたまま硬直するタイカを見て、ジークは笑った。

「そういう反応するだろうと思ったよ。ちゃんと説明するから心配するな」

 ジークはそういうと、姿勢を改めてタイカと向き合った。

「オレも最初は単なる個人の感想なのかと思ったんだよ。ただ、よく考えると戦術的に解決した方がいい問題って気がしてきてな」

「問題って、僕の能力のこと?」

「いや能力は申し分ない。問題はその見せ方だ」

 ジークはそういうと、端末をタイカの方に向けた。そこにはネットに投稿された動画が写しだされていた。それはタイカが化学工場を破壊する様子を一般市民が撮影したものだった。

「おまえが工場を破壊するときに放った、あの黒い霧があるだろ。あれを見ていた大半の人間は、あの時おまえがなにをしてるのかわかってなかったんだ。連中が喝采を上げたのは、工場が崩れ始めてからだろ」

「そりゃまぁ、重力子は光も音も出さないからね」

「市民を味方につけたいなら、お前が連中のために動いていることを、もっとわかりやすく知らしめないといけなんだよ」

「そ、そんなことまで考えないといけないの?」

 タイカは呆れたように嘆息し、力なくソファに身を預けた。

 行く先々で市民の喝采を浴び、やりがいと満足感を感じるようになっていたタイカは、再び混乱の淵に突き落とされた。もはやパターン化していると言っても過言ではないほど、規則正しい乱高下を繰り返している。さすがのタイカも、これほど同じ事が続くとうんざりしてしまう。

「まぁ、そんなに落ち込むなよ。別に致命的な問題ってわけじゃないしな。要は装備を変えればいいんだ。おまえのその身体、改造とかできるのか?」

「改造ってどんな?」

「例えば腕の一部にレーザービームとか埋め込んだり、両肩が開いて小型ミサイルが飛び出すとか」

「できなくはないけど、それより重力子の方が威力あるよ」

「一般人に対抗できさえすれば、おまえの技術レベルで最高峰じゃなくていいんだよ」

「そうなの?」

「もちろん。その上で派手な能力だったら、いくら頭の悪い犯人でもおまえに抵抗しようとは思わないだろう」

 確かに、タイカは今エフェル人を相手にしてるわけではないのだ。

 タイカは妙に納得すると、話は具体的な対策に変わっていった。


 深夜に及ぶミーティングの末、地球人にとって最も効果的な抑止力は飛び道具であるという結論に至った。特に人間の反射神経では防ぐことが不可能な速度で飛んでくる、たとえばミサイルや荷電粒子ビームなどだ。それを用途に合わせて使い分ける。

 ミサイルとビームは、大型の無機物に対してその動きを封じる目的で使用する。例えば車・飛行機・建造物だ。完全破壊する必要はないので、発生するエネルギーは最小で良い。それならば飛翔体自体も小さくできるため、タイカの身体に組み込みやすい。

 対人で使用するのはエネルギービームの一種で、エネルギー強度を調整することで、ビームを受けた瞬間に相手の身体を麻痺させる。エフェル文明では主に医療用として使われる技術だが、タイカはそれを武装に応用した。

当初ジークは殺傷能力を持つべきだと主張したが、タイカは麻酔弾を譲らなかった。

「間違ったときに取り返しがつかない」というのがその理由だ。

タイカが意外なほど強硬だったので、ジークが折れた形で麻酔弾を承諾した。

 これで必要な改造案はまとまったが、ジークは更に課題を追加した。それは、タイカの特殊能力をもっと大々的にアピールすることだった。

 タイカには地球人の限界を遥かに超えた身体強度やパワーがある。そのパワーを見せつけることによって、タイカ自身を抑止力にしようという、ジークの思惑だった。タイカの姿を見たが最後、それに抗う術はない。相手にそう思わせるのが目的だった。


 タイカは早速奥多摩のシャトルに戻って改造を施すと、次の日からそれらの武装を駆使して介入活動を始めた。

 日常的に発生する通常の事故や事件は、警察やレスキューにまかせられるので介入の対象外だったが、これもジークからの助言で、可能な限り介入してタイカの存在をアピールするため、介入案件の抽出アルゴリズムを修正することにした。おかげでタイカは休む暇もないほど積極的な介入を繰り返すこととなった。

 例えば、拳銃や自動小銃で武装した3人の銀行強盗犯が、街中でパトカー相手にカーチェイスを繰り広げたときだ。

 タイカはいつものように上空から急降下すると、逃走を続ける車の前方に着地した。

 タイカは向かってくる車に小型のミサイルを発射した。袖口から射出されたミサイルは、派手に噴射炎を引きながらボンネットに命中し、車はエンジンごと爆発してそのままガードレールに突き刺さった。

 負傷した犯人たちがフラフラと車外に出てくるが、往生際が悪い彼らは、タイカが相手でも諦めることなく持っていた銃器の照準をタイカに定めた。当然タイカにはなんの影響もない、避けるどころか姿勢を崩すこともなく犯人たちに向かって歩いていくと、指の先端から3筋のエネルギービームを発射した。それが3人の脊髄を貫通した瞬間、同時に地面へ崩れ落ちた。

 警察にとってはタイカ自身も秩序を乱す要因のひとつでしかないが、市民に対する効果は飛躍的に増大した。介入事案が増えたことで人の目に触れる機会が増えたため、ジークの思惑通りタイカの存在が市民レベルで浸透していき、それから1ヶ月ほど経過した頃、改造の効果がもたらした集大成ともいうべき出来事が起こった。


 その日、横浜にある超高層ビルの最上階レストランで、有名シェフによるランチイベントが開催されていた。

 そこはワンフロアすべてがダイニングエリアで、四方の窓には遠くまで続く青い空と、その下に立ち並ぶ東京の街並みが一望できた。

そこに百台を超えるテーブルが整然と並んでいる。

 普段は高級レストランとして名高いその店が、シェフのたっての希望ということで、手頃な値段に設定されていたおかげもあり、満席の来場者にサービスするため、数十人のスタッフが忙しそうに行き交っていた。

 料理は1つ下の階から複数の専用エレベーターで絶え間なく運ばれ、人々はその度に2度感嘆の声を上げた。料理を目にしたとき。そして、それを実際に味わったときだ。

 そんな和やかな雰囲気が、突然の爆発音とともに床が大きく波打った。

 フロアにいた人々は地震と思いテーブルの下に隠れたが揺れはすぐに収まり、代わりに焦げ臭い匂いがあたりに立ち込めた。

 誰かが窓の外を指さして叫ぶ。

「火だ!」

 同じテーブルの人々が窓の外を振り向くと、上昇気流に煽られた赤い炎が、時々窓の下の方で揺らめいていた。

 しかし、それでも人は率先して動かない。焦げた匂いがフロアに立ち込め、窓の外では四方とも火の勢い増してきているにもかかわらず、警報機が作動しないことも手伝い、人々は正常性バイアスの虜となってお互いの顔を見合わせるだけだった。

 そんな中、最初に動いたのはフロア責任者だった。まずは下階の厨房フロアに連絡を入れてみたが応答がなかったので、近くにいたスタッフにエレベーターと非常階段の様子を見に行かせた。スタッフが非常階段を除くと、天井にうっすらと煙が漂っている以外は、火の気もなく安全そうに見えた。

エレベーターも正常に動作しているようだ。フロアに到着したかごの中を確認したが、熱や煙は確認できなかった。

 報告を受けた責任者は、スタッフに指示を出して来場者の誘導を始めた。エレベーターには誘導係として必ずスタッフが一人同乗した。非常階段も、来場者を2列に並ばせた上で、適当な位置でスタッフを一人割り込ませ、来場者が押し合わないように降りるペースを調整した。これもすべて日頃の訓練のたまものだった。

 スタッフの統制が取れた指示に安心感をもたらしたのか、来場者も不要なパニックに陥いることなく避難を始めた。200人をすべて避難させるのは容易なことではなかったが、順調と言っても過言ではないほど粛々と避難は進んでいき、責任者の脳裏に「なんとかなりそう」という小さな安堵が生まれた。

 ところが、数分後にその状況は一変する。

 まず、1階まで降りたエレベーターが2機ともその場で停止してしまい、操作パネルの照明まで消えた。エレベーターの再稼働を待っている余裕はないと判断した責任者は、エレベーターの前に集まっていた来場者を非常階段に誘導しようと声をかけた。

 そこへ、階段を降りていったはずの来場者が悲鳴とともに駆け上がってきた。

「階段は駄目だ! 火が回ってきた!」

 責任者はフロアにあった消化器を片っ端から集め、複数のスタッフと下階に降りていったが、熱風と炎で一つ下の階に降りるだけが精一杯だった。

 これで自力の避難は不可能となった。消防に連絡しても、火の勢いが強すぎて非常階段の復旧は不可能で、唯一の脱出法は屋上からヘリコプターによる救助だけだが、炎は数分で最上階を飲み込むだろうと伝えられた。

 責任者は絶望しつつも、苦心して表情に出ないよう気をつけながら、来場者を屋上に誘導することにした。しかし、屋上に誘導されることがどういうことか、来場者たちにも理解できた。そして、自動的にすべての人が避難できないということも。

 誰もそれを口には出さないが、人々は押し寄せる恐怖に打ちひしがれた。

 そんな中、一人の子供が母親のスカートを引っ張って言った。

「ねぇ、エイリマンに頼んでみれば?」

せめて子供だけでもと、頭の中で全力思考をしていた若い母親は、最初は子供の言うことが頭に入ってこなかった。

「えっ?」

「ネットかどこかに書き込めば、エイリマンが助けに来てくれるって。前にテレビに出てた人が言ってたよ」

 母親はその固有名詞を耳にして我に返った。そして、それは母親だけにとどまらなかった。子供の提案を聞いた周囲の人々も、おもむろに携帯端末を取り出すと、思いつく限りのサイトに助けを求める書き込みを始めた。


 介入案件抽出プログラムは、当初火災の一報に注目していなかった。現場の人数はある程度把握できていたものの、通常であればビルの消化システムが延焼を始める前に鎮火するからだ。実際、ここ十年以内に建てられた高層ビルでは、死者を伴う火災は発生していなかった。しかし、後の調査でわかったことだが、火災を起こしたビルの消化システムは、発生した爆発によって制御系のケーブルを断線させてしまい、最上階から3階分のセンサーが無力化していた。

 介入案件抽出プログラムが火災事案の再評価をするきっかけは、ネットに氾濫した書き込みだった。タイカに助けを求める大量の発信は、いずれも先程の火災発生場所と一致していたのだ。

 その頃、タイカは山陰地方の港で自動車窃盗グループの船を行動不能にしている最中だった。乗船済みの犯人たちが銃火器で必死に抵抗を試みるが、タイカは全く意に返さずブリッジに乗り込むと、犯人の見ている前でコンソールを小型ミサイルで破壊してから、乗組員を一人ずつエネルギービームで失神させた。最後まで悪態を付き続けたリーダー格の男が崩れ落ちた直後に、抽出プログラムのアラートが入ったのだった。

 詳細ページを開くと、いきなり「要救助者200人弱」という数字が飛び込んできてタイカを驚かせた。

 タイカは港にいた警察官に犯人が全員失神している旨を伝えると、彼らが口を開くまもなく上空に飛び去った。

 ジークから「おまえが来たことを人々に伝えたほうがいい」という忠告をいれて、急加速で現場に到着したタイカは、わざと航跡雲を引きながら火の中に飛び込んだ。

 最初はフォースフィールドで階全体を包んで火を消そうを考えていたが、部屋が複雑に入り組んでいて、フォースフィールドの形を調整するのに時間を要することがわかった。逆に非常階段をフォースフィールドで包んで屋上への避難経路を作ることは可能だが、時間が圧倒的に足りなかった。

 だが、いくら考えてもこの状況では残された選択肢は屋上しかない。問題はそこからどうやって短時間に人々を避難させるかだ。

 タイカは一旦外に出て屋上に回った。ビルの床面積が広いため、全員が上がれるスペースはあるものの、ヘリは一機しか着陸できない。他になにか役に立ちそうなものがないか周りを見渡すが、何も見つからなかった。

 すでに来場者の一部は屋上に避難しており、タイカの姿を見つけて必死の形相で助けを求めた。中には赤ん坊をタイカに押し付け、「この子だけでも連れて行って」と泣きながら訴える若い母親もいた。タイカは困り果てて、彼らから視線を外した。

そのとき、ふと遠くの風景が目に入った。そこに見えたのは、ライトアップされた横浜ベイブリッジだった。


 ベイブリッジは老朽化が進んでいたため、数年前に架替が完了したばかりだった。架替前は観光名所としての知名度も下がり、それほど通行量も多くなかったが、今では再びランドマークの一つに返り咲き、行き交う車はもちろん、橋そのものを見るために多くの人が沿岸の商業施設や公園に集まっていた。

 その夜も一組の若いカップルがオープンカーでドライブにやってきた。潮風を受けながら横浜の夜景に見とれていたが、遠くに見える高層ビルから火の手が上がっているのに気がついた。よく見ると、ビルの足元では大量の赤い光が点滅している。

「あれ火事じゃない?」

女が言うと、男は視線を街の方に向けて「ほんとだ」と言った。

対岸の火事とはよく言ったもので、あそこで大勢の人が命の危険にさらされているなど考えも及ばない。

「どうせなら、見に行ってみるか? このまま車で走ってるだけってもつまらない…」と言い終わる直前、男の表情が一瞬で驚愕した表情に変わった。

 突然の急ブレーキでダッシュボードに頭をぶつけそうになった女は、男の肩を力いっぱい叩いて「なにすんのよ!」と怒鳴った。しかし、男は驚愕したまま無言で前方を凝視していた。

 女も不可解な表情で同じ方向に視線を向けると、道の真ん中に緑色の交通案内表示版が突き刺さっていた。

 しかし、二人が言葉を失ったのは表示版が原因ではなく、更にその向こう側で、凄まじい音を立てて浮き上がってきた橋の方だった。

 男も女も、それどころか他の車に乗っている人々も、声すら出せずに動き出す橋を目で追った。

 橋はゆっくりと上昇して両側の橋脚から完全に離れると、今度は陸地の方に向かって動き始めた。それと同時に、まるで橋に巨大な拡声器でも備え付けてあるのかと思うほどの大音響で、人の声が聞こえてきた。

「すいません。エイリマンです。止むに止まれぬ事情のため、少しの間橋を借りますね」

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