第13話「エイリマン誕生」

 タイカは空気中に衝撃波が伝わるほどの急加速で飛行し、人質を載せた車を追った。対象端末のGPS発信を地図に重ねると、ちょうど首都高を湾岸に向かって走行している最中だった。タイカは更にスピードを上げ、1分もかからずに標的の車を捉えた。

 目標の車は大型の貨物トラックだった。有名な運送会社の装飾でカムフラージュされているが、荷台を赤外線スキャンすると、青色で示された無数の直方体に囲まれて、赤色の人形シルエットが2つ見えた。青色の直方体は臓器が入ったクーラーボックスだろう。

 土曜日の朝方ということもあり、通行量は比較的少ない。トラックの周囲には他の車両もなく、急停車させても事故は起こりそうにないと判断したタイカは、減速することなく急降下すると、その勢いのままでトラックのキャビンの上に降り立った。

 キャビンの天井はその衝撃に耐えきれず、爆発したかのような破壊音を響かせてめり込んだ。驚いた運転手が急ブレーキを踏んだため、タイカは前方に転げ落ちる。


 ゆっくり立ち上がったタイカは、運転席と助手席に2人の男の顔を認めた。2人とも目を丸くして硬直している。

 タイカが手を振ると、男たちはようやく我に返り、隠していたマシンガンを取り出して窓越しに撃ち始めた。撃ちながら助手席の男が運転手に叫んでいる。運転手はマシンガンを放り出して再び車を発進させた。

 急発進したトラックがその巨体に凶暴な衝突エネルギーをまとう。タイカは両手で車体を受け止めたが、そのままの姿勢で押されていった。

 タイカがバンパーに手を入れてキャビン部分を浮かせると、前輪駆動のトラックはエンジンの回転数を跳ね上げながら停止した。

「抵抗は無意味だよ」

 タイカが言う。

 男たちは一瞬顔を見合わせてから、同時にキャビンから飛び降りた。全力でトラックの側面を走り出す。タイカには彼らが逃げようとしているようにしか見えなかったが、荷台にいる人質を思い出してバンパーから手を離した。2人は手にマシンガンを持っている。きっと人質を盾にする気だろう。

 タイカは反重力フィールドの助けを借りながら跳躍して荷台を飛び越えると、犯人2人が辿り着く前に後部ドアの前に出た。タイカの姿を見て腰が砕ける犯人二人に重力子弾を打ち込む。

 極小サイズの重力とはいえ、腰の骨をおるには十分な強度だ。2人は悲鳴をあげて崩れ落ちた。

「だから言ったのに」とつぶやきながら、タイカは荷台の扉を開けると同時に、けたたましい銃声を響かせながら無数の銃弾が荷台の奥から襲いかかった。タイカにとってはなんの意味もない攻撃だが、

問題はそこではない。

(この攻撃は誰がしているんだろう?)

 人質の女性ではないだろう。ということは、荷台に潜んでいた犯人一味か。だとすると人質はどこにいるのか。もしかして、この車両には乗っていないのか。

 タイカは再び赤外線スキャンで荷台の奥を覗いてみた。熱を帯びた赤色のシルエットは、上空にいたときよりはっきりとした輪郭として写り、その大きさから男であることがわかる。しかし、女性のシルエットはどこにも見当たらなかった。

 タイカは試しにセンサー種別を動体分子スキャンに切り替えてみた。このスキャンでは分子の流れを映し出すことができる。予め大気の成分はフィルターで除外しているので、センサーには血液や体液の流れが映し出されるという仕組みだ。そして、スキャン結果によると2名の男以外に、大きめの箱に収まった2つの分子流動が確認された。エマニはその経路を分析して血流であると判断し、そのメッセージを血流のシルエットとともに網膜ディスプレイに表示する。映し出されたシルエットはまさに人型で、膝を折ってZ字に寝かされていた。

 タイカが荷台の探索をしている間も銃撃は続いていて、なんの変化も示さないタイカに気づくと、こんどは対戦車ロケットまで飛んできた。ロケット弾はタイカの身体に弾き返され虚空で爆発するだけだった。タイカはそれらの攻撃を無視して荷台に乗り込み、奥に向かって歩き出した。奥には目を見開いて呆然とする東洋人2名が、サブマシンガンとロケット砲を抱えたまま硬直していた。

 主犯が共に逃走を試みた男たちは、あのアンドロイド以外にトラックの4人だけ。あれだけ大規模な作戦を遂行しておきながら、使い捨てにしなかった人間はたったの4人だ。

 タイカはこの男たちより、使い捨てになった人々に興味を抱いた。彼らはいったい、どういう理由でこの犯罪に加担したのか。まさか使い捨てになるとは思っていなかったはずだから、きっと報酬に釣られたのだろう。

 しかし、雇い主は最初から報酬を与えるつもりはなかった。もしかしたら、雇い主に疑いの目を向けて、誘いを断った人間もいたのだろうか。いたとしたら、誘いに乗った人間との違いはなんなのだろう。

 地球で生活を初めて半年程度のタイカにとって、地球人の情緒メカニズムは複雑怪奇な化学反応そのものだった。

 

 2人の男は荷台の奥に走り出すと、人質が入ったプラスチック製のトランク・ケースを開け、人質の女性を無理やり立ち上がらせた。

 タイカはいつでも重力子弾を打ち込めるように両腕を構えていたが、女性の姿を見て腕を下ろした。女性は上半身にプラスチック爆弾付きのベストを着せられていた。

 犯人の一人が何か叫んでいるが荷台の中を乱反射する彼の声は興奮状態でろれつが回らず、なんと言っているか聞き取れない。

「まずちょっと落ち着いたら?」

 タイカはなるべく穏やかな声で言った。

「お、俺たちに何かあったら、人質が死ぬだけじゃすまねぇぞ!」

「わかったよ。で、どうしたいの?」

「俺たちは逃げるから追うな」

「いいけど、その人達は?」

「俺たちが安全に国を出られたら返す」

「わかった」

 そう言ってタイカは荷台を降りるとトラックから離れた。

 犯人たちは女性2人を乱暴に引っ張って荷台を降りると、タイカの様子を伺いながらキャビンに向かった。人質を後部座席に押し込め、エンジンをかけトラックを走らせる。運転席の男がバックミラーを覗き込むと、突っ立ったままのタイカが小さくなっていった。


「追ってこないか?」

「あぁ」

 2人は安心したように息をつく。運転手はスピードを上げた。助手席の男がジャケットから携帯端末を取り出して電話をするが、しばらくして再びジャケットに戻す。

「どうした? 出ないのか?」

 運転手が問うと、助手席の男は「いや」と答えた。

「電源が切れてるか電波の届かないところにいるそうだ」

「ってことは、ヘリに乗ってるんじゃないか?」

「そう思いたいが、さっきの妙な奴を見た後じゃ…」

 突然周囲の音が消えた。窓を開けて走っているにもかかわらず、風切り音やタイヤの音、他の車のエンジン音まで唐突に消えた。

 2人は不審がって辺りを見回す。

「なんだ?」

「わからん」

 2人は気配を感じて前方に視線を戻す。ちょうどフロントウィンドウから顔を半分だけ出したタイカが覗いていた。

「……!」

 息を呑んだ2人はあわててサブ・マシンガンを手にすると、タイカの顔めがけてフロントウィンドウ越しに撃ち始めた。

 しかし、撃ち出されたすべての弾丸は、フロント・ウィンドウを突き抜けなかった。2人が放った弾丸は全部運転席に張り巡らされた見えない壁に跳ね返され、四方八方に飛び回った。そして、その内の半数以上が撃った本人の身体を貫く。

 運転手を失ったトラックが蛇行運転を始めたので、タイカはトラックの前に降りると両手で無理やり停止させた。急激に減速したトラックはさして抵抗を示すでもなく、エンジンをストールして停止した。


 タイカは運転席側に回りつつ、前部座席に張っていたフォース・フィールド内を一度真空状態にする。気圧を失い沸点が下がった血液が、痕跡だけ残してあっという間に蒸発していった。

 フィールドを解除して運転席のドアを開けると、絶命した運転手が転がり落ちてきた。タイカはそれを目で追ったが、彼を気にかけることもなく運転席に乗り込んだ。

 後部座席を覗き込むと、先程の銃撃で泣き叫び疲れた若い女性2名が、呆然とした表情でタイカに視線を向けた。タイカの容姿に驚く気力もないようだった。

「こんにちは。こんな格好してるけど、怪しいものじゃないよ。警察の依頼で助けに来たから、もう大丈夫」

 タイカにそう言われ、彼女たちの瞳に再び涙がにじむ。

 タイカは助手席側のドアを開けて2人目の死者を路上に落とすと、二人が着ているベストの錠前を握りつぶすと、「脱いでいいよ」と声をかけた。彼女たちは服に火でもついたような勢いでベストを脱ぎ捨て、タイカはそれを窓の外に捨てると、フォースフィールドに包んで爆発させた。

「ごめんね」と、タイカが女性たちに向かって言う。

「ちょっと急いでるもんで、もう少しそこにいてね」

 2人が小さく頷く。

「ありがとう」

 そう言うと、タイカはトラック全体を包むほどの大きな反重力フィールドを展開した。


 ビルの屋上では銃撃戦が続いていた。

 下階に続く階段はSWAT側にあるので、犯人たちは身動きが取れない。主犯はアンドロイドたちに守られながら攻撃を続けていた。

 幸いヘリに積み込もうとしていた武器がある。その量がSWATを上回っていることと、圧倒的戦闘力を誇る3人のアンドロイドが主犯の切り札だった。

 一方のSWAT側はかなり分が悪い。アンドロイドを寄せ付けないため、手榴弾やロケット弾など、破壊力が高い弾薬の消耗度が激しい。アサルト・ライフルは予備の弾倉を数セット所持しているだけだった。

 かといって、応援を要請する時間も手段もなかった。警察が大挙して押し寄せても場所がない。ヘリで近づけば犯人に狙い撃ちされるだろう。そもそも、人質の無事が確認できないうちは、強硬手段に出ることもできない。妨害電波はアンドロイドが出しているのか、今でもすべての通信が不能だった。

 今はタイカだけが頼りであり、彼がSWATの切り札だ。

 もしあのとき、タイカの派遣が遅れていたら、警察側は主犯を取り逃がした上に人質も救出できなかっただろう。もしかしたら、自分の隊は全滅していたかもしれない。

 タイカの言う通り、後先を考えている場合ではなかった。

 そんな思考が引き金となり、隊長は意外なことに気がついた。

(自分はなぜ彼を信頼しているのか?)

 いやいや、今はそんなことを考えている場合ではない。

 隊長はライフルを撃ちながら苦笑した。

「隊長!」

 隊員に呼ばれ、我に返って振り返る。

「トラックが…。トラックが一台向かってきます」

 現場周辺は完全封鎖で、部外者どころか犯人の仲間すら入り込むことはできない。とすれば、警察車両かその関係者しかいない。

 隊長はホッとして地上を見たが、路上に動く車両は何もなかった。

「いえ、隊長。そっちじゃないです」

「なに?」

 隊長が隊員の指差す方向に視線を向けると、確かに大型トラックがこちらに向かって空を飛んでいた。

「こりゃまた、派手な連絡手段だな」

 弾丸が飛び交う中、隊長は楽しそうに笑った。


 屋上の真上にたどり着いたタイカは、その状況からSWATの不利とその原因を見抜いた。そして、その原因を排除する妙案を思いつき、エマニに命じてトラックを屋上に落とした際の落下エネルギーを計算させた。必要なエネルギーから高度が割り出され、網膜ディスプレイに数値が表示される。

 タイカはそれに従ってトラックの高度を上げると、後部座席を振り返って言った。

「こっちに来て僕の身体にしがみついてくれる?」

 2人は戸惑いながらも後部座席から出てきて、左右からタイカの首に腕を回す。タイカはトラックの反重力フィールドを消去すると同時に、新たなフィールドを張って自分たちを包見込んだ。

 フィールドの庇護を失ったトラックは、積載物の分だけ重くなっている荷台側から落ちていく。タイカたちはちょうどフロント・ウィンドウの部分からすり抜けるように車外を離れ、その場に留まった。

 再び地球の引力に引かれたトラックは、まっすぐ主犯に向かって落ちていった。しかし、タイカの目標は主犯ではない。主犯を守るために飛び込んでくるであろうアンドロイドの方だった。

 タイカの予想通り、反応できずに棒立ちとなっている主犯を守るため、アンドロイドたちが彼に覆いかぶさるように飛びかかった。

 アンドロイドの強靭な骨格も、計算済の落下エネルギーに耐えることはできなかった。機能停止にはならずとも、四肢を破損して戦闘継続は不可能となる。

 そのタイミングを見逃さず、隊長は「確保!」と叫んだ。ほとんど怒号のような命令に全隊員が反応する。一斉に主犯めがけて駆け寄り、動けなくなったアンドロイドを主犯から引き剥がすと、主犯の両手を背中に回してうつ伏せの状態で手錠をかけた。


 負の緊張感に押しつぶされる寸前だった作戦本部の面々は、タイカの視点から送られてくる主犯逮捕の瞬間、不快な圧力を跳ね飛ばさんばかりの歓声を上げた。拍手と喝采が室内に響き渡り、安堵の表情を惜しげもなく浮かべる。

 その中で唯一ヤマワのみが、静かに両腕を組んで歓喜する人々を眺めていた。口元には満足げな笑みを浮かべ、両の瞳には力強い確信がみなぎっていた。

 タイカは本物だ。本物のスーパーヒーローだ。

 ただし、生まれたてのヒーローであるタイカは、ヒーローとしての意識も心構えもできていない。だからこそ、自分が一人前のヒーローに育てていかなくてはならない。彼がヒーローなら、自分はそのヒーローを生み出す原作者なのだ。

「あっ…」

 ヤマワはそこで唐突に思い出した。

「ヒーロー名考えなきゃ…」


 逮捕劇の舞台となったビルの周囲には、マスコミや野次馬に混ざって出動していたすべての警察官が集まっていた。ヤマワも作戦本部長について現場まで来ており、傍らには人質となった女性2人が働く店の店長もいた。

 しばらくすると、エントランスからSWATたちが主犯を先頭に歩かせながら出てきた。警察官と野次馬からは歓声と拍手が巻き起こり、マスコミからはシャッター音と実況するアナウンサーたちの声が乱れ飛んだ。

 SWATの後ろからタイカと人質の女性2人が姿を表した途端、周囲の喧騒は一気にボリュームを増した。

 彼女達が駆け寄ってくる店長を見つけると、それまで必死に堪えていた感情を解き放って店長の元へ駆け出し、抱き合ったまま力なく地面にしゃがみ込んだ。


 ヤマワもタイカに歩み寄って握手を交わす。

「ご苦労さん」とヤマワが言うと、タイカは「君こそ」と赤い瞳を彼に向けて言った。

「ところで、君のヒーロー名だけど…」

「あぁ、そうそう。どうやって決めればいいの?」

「今までの例に従うと、◯◯マンってことになるだろうね。その名前だけで君の特性を表現できるような言葉が、◯のところに来るわけだ」

「サイボーグマンとか?」

「もしくはグラビティマンとか」

「なんだかどれもぱっとしないね」

 2人が話していると、「よう!」という声が後ろから聞こえた。

 タイカとヤマワは後ろを振り向く。声の主はパトカーに押し込まれていた主犯だった。周囲は警官だらけで、主犯の手には手錠がかけられているというのに、彼は全く悲観していない様子で、まるで自分の車から話しかけているような余裕の微笑を浮かべていた。

「おまえやっぱり面白いやつだな。さっきは途中で邪魔が入ったが、どうだ? 俺の仲間にならないか?」

「なぜ?」とタイカが尋ねると、主犯は悪びれることもなく「お前の能力を存分に活かせるからだ」

「今でも活かせてると思うけど」

「その程度で満足してどうする。おまえは空も飛べるし防弾処理の武装ヘリも粉々にできるし、なにより攻撃されてもダメージ受けないんだろ。それだけの能力持ってるんだったら、もっと人の役に立つことしろよ」

 困った顔をしているタイカの横で、ヤマワが笑った。

「犯罪者が人の役に立てとか、何かの冗談?」

 ヤマワにそう言われても不愉快な顔をすることなく、不敵な笑いを浮かべながら主犯は続けた。

「法律ってのはな、権力持ってるやつが自分の都合で決めた、自分の利益を守るための武器なんだよ。現実をみてみろ。権力者と一般市民の差は歴然としてるじゃねぇか。俺はその権力者から強制的に利益を分配してるんだよ」

「あんたが盗んだ相手は犯罪者だけど権力者じゃないよ」

 ヤマワが言うと、主犯は皮肉の色を浮かべて笑った。

「よく言うぜ。金を溜め込んでるやつが裏で政治や行政を動かしてるんだ。立派な権力者だろう」

「じゃあ、お兄さんも最近流行りの義賊テロリスト?」

「まぁな。だが俺の活動はもっと大きくなる。俺が動けば動くほど、世の中のためになるんだよ」

「捕まったのに?」

「こんなの捕まったうちに入らん」

 そう言って、主犯はタイカに視線を移した。

「だからおまえ、俺の仲間に加われ。どうせおまえもどっかの政府が極秘裏に作り出したアンドロイドかなにかだろ? それともサイボーグか?」

「いや、僕はただのエイリアンだよ。まぁ、生身の身体じゃないのはあたってるけどね」

「なに? エイリマン? なんだそりゃ? アンドロイドやサイボーグ以外にそんな種類があるのか? おまえの他にもそのエイリマンとかいうやつはいるのか?」

 タイカとヤマワは、大きく目を開いてまくしたてる主犯を、唖然と見つめていた。


 2人の後ろから「おい! そこの警官2名!」という声が飛んできた。振り返るとSWATの隊長がこちらにむかって歩いていた。

 パトカーの近くで話しをしていた警察官2人が声に驚いて直立の姿勢を取る。

「何をぼさっとしてる。早くそいつを本庁に護送しろ」

 2人は恐縮したままパトカーに飛び乗った。

 後部座席に乗り込んだ警官が窓から顔を出す主犯を車内に引き戻そうとするが、主犯はその警官に「ちょっと待て」と言って、再びタイカに向き直った。

「まぁなんにしろ、お前のような力をもった人間はな、いずれその力を持て余して路頭に迷うことになるんだ。もし自分の存在意義がわからなかくなったら俺のところに来い。俺がそれを教えてやるよ」

 窓が閉じられパトカーが走り出す。去り際に主犯は手錠をかけられた手を掲げて親指を立てた。

 ヤマワが横に並んだ隊長を見やる。

「何を企んでるのかわかりませんけど、あの人脱走する気満々ですよ。もしかしたら味方のアンドロイドがまだどこかにいるのかもしれませんね」

「わかった。警備を厳重にするよう伝えておこう」

 そういうと、隊長は2人に向き直った。


「今日は助かったよ。君の説得のおかげかな?」

 隊長は作戦中とはうって変わって、穏やかな声でタイカに言った。

「そんなことないよ。隊長の判断が的確だったんだ」

 タイカがそう言うと、隊長は面白そうに笑った。

「最近のヒーローはお世辞も言うのか」

 そう言いながら握手を交わすと、隊長はヤマワに向き直った。

「人質の件を報告してくれたのは君か?」

「はい」

「機転が効くな。人質が無事だったのは君たちのおかげだ」

「ありがとうございます」

「機会があったらまた会おう」

 隊長はヤマワとも固い握手を交わすと、SWAT専用の車両の方へ踵を返したが、何かを思い出して再び2人へ振り向いた。

「そうだ、忘れるとこだった。これから帰って報告書を書かないといけないんだが、君のことはなんて書けばいいんだ?」

 隊長がタイカに向かって言う。

「僕のこと?」

「君の呼び名だ。タイカって書いていいのか? それとも他に呼び名があるのか?」

 タイカもヤマワもしばし隊長を凝視していたが、2人同時にある名称を思いついて顔を見合わせ、その目にお互い同じ答えを得た確信を得ると、隊長に向かって叫んだ。

「エイリマン!」

「エ、エイリマン? それ報告書に書くのか?」

 隊長は動揺を隠せない。タイカが「都合悪い?」と尋ねると、隊長は少し困った顔をして言った。

「別に都合は悪くないが、どんな顔して報告書を提出すればいいのかと思ってな。上司に『エイリマンってなんだ?』と聞かれたら、なんて答えればいいんだ?」

「『自称なのでわかりません』って言っとけばいいんじゃないですかね? 上司の方も、これからしょっちゅうその名を聞くことになるわけですし」

 ヤマワがそう答えると、隊長は「それもそうだな」と納得して、車両の方へ歩いていった。

 その途中、他の隊員たちに撤収を呼びかけた。

 隊員たちはタイカとヤマワに敬礼すると、答礼する2人に笑顔を投げかけながら隊長の後を追った。

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