第12話「共闘」

「あんなからくりがあったのか。どこまで用意周到なんだ」

 隊員の一人がつぶやいた。

 隊長がヘッドセットのスイッチを入れる。

「金田より本部。犯人逃走の恐れがありますので、このまま屋上を強襲します。以上」

 それを聞いた隊員たちの表情が引き締まる。

 数秒遅れて「本部了解」という返答が聞こえた。

「2列縦隊」

 隊員たちは命令に即応する。隊長が先頭に立ち、二人一組で縦隊を作る。タイカは何食わぬ顔で隊長の隣に立ったが、隊長は戦術を考えるのに忙しく、タイカを気にする余裕がない。

「このまま一気に屋上を突くぞ。途中の妨害に対しては反撃を許可する」

「了解」

 隊長とタイカは前方の敵を警戒し、最後尾の隊員2名は時々後方を振り返りながら、挟撃しようとする敵に備える。屋上は20階に相当し、階段で駆けを登り切るのに5分以上はかかる。しかも、隊はその後戦闘を繰り広げなければならないのだ。ここで無駄に体力を消耗する理由もない。隊長は主犯逮捕を最優先にして、それ以外は射殺も辞さない覚悟だった。

 タイカは網膜ディスプレイに衛星からの赤外線映像を写しながら、状況の変化を隊長に報告した。エンジン部分の熱反応が上昇している。ローターはまだ回っていないが、いつでも飛び立てる状況だった。ヘリの周囲には他に4人の男たちがいて、そのうちの2人は顔を寄せて話をしているようだった。


 屋上に続く鉄製のドアを開けると、高層階特有の強風が建物の中に飛び込んできた。SWATの面々は姿勢を低くしながら外に出て、隊長のハンド・サインに従いながら外階段へ向かう。

 屋上へ上がるためには、まず屋上に出た後で鉄製の外階段を使ってヘリポートまで上がらなければならない。しかし、外階段は屋根などなく、ヘリポートに上がったところにも犯人たちの攻撃を防げそうな遮蔽物はなかった。もうひとつの経路は外階段の途中から、メンテナンス用の配管路に飛び移るというものだ。

 グレーチング製配管路は円形のヘリポートを一周しており、中腰になればヘリポートから姿を隠したまま犯人たちの逃走経路を遮断できる。ただし、人一人がようやく立てるほどのスペースしかなかった。

 中腰の姿勢で配管路に並び終えると、隊長は伸縮する小さな鏡を取り出してヘリポートを覗き込んだ。他の隊員はライフルを構えて隊長からの命令を待っている。タイカはといれば、しれっと隊長の隣に陣取っていた。

 タイカがもたらした衛星画像の通り、人数は全部で四人。そのうちの三人はスーツの上からでもわかるくらいの筋肉質で体躯も大きい。肩からサブマシンガンが小さく見えるくらいだ。

 隊長は最後のスタン・グレネードを取り出すと、隊員たちにハンド・サインを送った。

(スタン・グレネード投擲後に制圧)

 隊長は左手でカウントダウンを始め、指がすべて閉じられると、スタン・グレネードを犯人グループめがけて投げ込んだ。

 隊員達が防御姿勢をとった数秒後にスタン・グレネードが炸裂した瞬間、隊員たちが一斉に飛び出した。

 気絶してヘリポート上に転がっている彼らの武装を解除し手錠をかけ拘束する。隊員たちがその時点で想定していた制圧手順だ。しかし、飛び出した最初の一歩で様子がおかしいことに気づいた。

 グレネードが一度床にバウンドした際、その音を聞き取ったのか、周囲にいた三人の男たちが一斉に主犯格と思われる男を押し倒した。そして、その直後に立ち上がり、抱えていたサブマシンガンの銃口を隊員たちに向けた。

「戻れ!」

 隊長が叫ぶと同時に姿勢を低くして、身体を転がすようにヘリポートから逃れると、配管路に身を隠した。

「スタン・グレネードが効いてないぞ!」

「あいつら、アンドロイドか?」

「ってことは、生身は一人が主犯か?」

「野郎! 結局自分ひとりだけ逃げようとしてたんだ!」

 怒り狂う隊員たちに、隊長がライフルを構えて叫ぶ。

「連中をおとなしくさせるぞ!」

 隊員たちのアサルト・ライフルが一斉に火を噴く。日本でも屈指の射撃スキルを要する彼らの弾丸は、主犯を取り囲む男たちを的確に捉える。しかし、ダメージどころか倒れすらしない。

 アンドロイドの一人がSWATに向かってなにかを投げた。

「手榴弾!」と、隊員の一人が叫ぶ。しかし、叫び終わった頃には、すでに彼らの頭上に達していた。タイカの動体識別プログラムが手榴弾をロックし、その軌道に反重力子弾を撃ち出す。小さな黒い靄が超高速で手榴弾に直撃し、手榴弾は上空に跳ね返されて爆発した。

 それを見た主犯は、口元に笑みを浮かべながら、部下に向かって射撃中止を叫ぶ。射殺できないと悟った隊長も、隊員たちに右手を上げて射撃をやめさせた。

 主犯がSWATに向かって叫ぶ。

「そんなところに隠れてないで出てこいよ! 話し合おうじゃないか!」


 隊長はゆっくりと立ち上がり、「話し合う必要などない」と応じる。他の隊員も隊長に倣って立ち上がった。

「我々は警視庁SWATだ。出動している警察官が全員でこのビルを包囲している。投降する以外、おまえに選択肢はない」

「ところがどっこい。警察をここに集めたのは俺がそう仕向けたからだ。別にあんたらの手柄じゃない」

「なに?」

 主犯はタイカに視線を移した。

「おい、おまえ。さっきのあれはなんだ?」

「さっきの?」

「手榴弾弾き飛ばしただろう」

「あぁ、あれね。まぁ…、説明しても理解できないと思うよ」

 予想外の回答だったのか、一瞬面食らったような表情を浮かべた主犯だが、直後に高らかな声を上げて笑った。

「なるほど、謎のスーパーヒーローってことか。おもしろいな、おまえ。名前はなんていうんだ?」

「名前?」

「スーパーヒーローなら名前くらいあるだろう」

「僕の名前はタイカだけど…」

「大観? なんだそりゃ。絵描きのスーパーヒーローかよ」と言って主犯は笑うが、タイカはもちろん、SWATの脳裏にも「?」マークしか浮かばない。


 それは作成本部も同様だった。

「絵描き?」

「もしかして、横山大観か?」

「あいつ耳が動作不良起こしてんじゃないのか?」

「いやいや、一応人間だろう、まぁ、確かに頭のネジが足らないようだがな」

 警察幹部の会話に冗談っぽく応じた本部長に対し、幹部連中が笑おうとした直前、ヤマワの叫び声が響き渡る。

「あーっ!」

 驚いたのは彼らだけではなかった。タイカも突然の大音量に「な、なに?」と口走った。

 ヤマワが顔を両手で挟んでつぶやく。

「僕としたことが、すっかり忘れてた」

「なにを?」と本部長が問うと、ヤマワは彼に向かって「彼のヒーロー名」と答えた。

 ヤマワの言うことが理解できないタイカは、「ヒーロー名って何?」と聞き返す。

「君の呼び名だよ。正体隠してるのに本名名乗るわけにはいかないだろう?」

「それはそうだね」

 2人の会話に本部長が割って入る。

「それは今しないといけない会話かね」


 聞き間違えたなど露程も思わない主犯は、タイカに興味を示したようで親しげな微笑を浮かべていた。

「おまえ、警察じゃないんだろ。どうだ、俺の仲間にならないか」

「は?」

 あっけにとられるタイカの横で、隊長の表情が怒気を帯びる。

「ふざけるな! おまえは包囲されてると言ってるだろうが! 意味不明な時間稼ぎをしてないで、おとなしく投降しろ!」

 しかし主犯は動じない。薄笑いを浮かべたままだ。

「だから、包囲されてても意味ないって。あんたらがどんなに守りを固めても、俺に手を出せない理由があるんだよ。なにせこっちには人質がいるもんでね」


 主犯のセリフを聞いて戦慄したのは作戦本部の面々だった。

 彼らの脳裏に行方不明者の記憶が甦る。

 お互いを見つめ合うだけで、何をしたらいいのかわからない警察関係者を尻目に、ヤマワは無線機の送信ボタンを押した。

「もしもし、タイカとSWATのみなさん、聞こえますか? 近くにあるブティックの従業員が2名行方不明になっています。犯人はその2名のことを言っているのかもしれません」

 ヤマワの報告を受けて、男の主張を理解したSWATが呆然とする横で、タイカはヤマワに行方不明者の携帯番号を尋ねた。

 ヤマワが調べて2人の番号を送ると、タイカはその番号のGPSをネット経由で検索した。

 しかし、電源が切られているようで端末からの応答がない。タイカは隊長に時間を引き伸ばすよう依頼してから、次に周囲を飛び交う携帯端末の全電波を検知し、諸々の要素(位置・高度・使用頻度)などから主犯の端末と思われる番号を突き止めた。


 主犯が隊長を小馬鹿にしたセリフを吐いている最中、主犯の胸ポケットから着信音が聞こえた。主犯は応答ボタンを押して、「ちょっとまて、今立て込んでるんだ」と言った。

「大丈夫。もう用は済んだよ」

 返ってきたのはタイカの声だった。

 主犯がタイカを見やると、彼は主犯に向かって手を振った。

 はっと気づいて端末のモニターに視線を落とす。主犯が目にしたのは「ダウンロード中」の文字だった。

 主犯は端末を床に叩きつけると、口元に歪んだ微笑を浮かべて言った。

「やるじゃないか。もう少し時間があるから、あんたらの相手をしてやるよ」

 主犯は護衛のアンドロイドたちに射撃再開を命じた。


 隊長があわてて「伏せろ!」と叫ぶ。隊員たちがしゃがむと同時に、アンドロイドたちの銃口が火を吹いた。

 その間、タイカは突っ立ったままだ。弾丸が命中しても何食わぬ顔で、網膜ディスプレイに主犯の端末から得た発着信履歴を表示し、それぞれの所在地を検索した。その中で高速移動中のものだけをピックアップしてGPS履歴を参してみると、十数分前にこのビルから移動したものが一台あった。

「何やってる! 伏せろ!」

 隊長がタイカに怒鳴る。タイカは我に返って隊長の隣にしゃがみ込んだ。

「人質の居場所がわかったよ」

 隊長は意表を突かれたように目をむいて驚いたが、タイカの赤い両目に真剣さを見出すと、隊長は納得してその場所を本部に伝えるようタイカに言った。

 しかし、タイカは首を振る。

「それじゃ間に合わない。人質を連れてる人たちは移動してるし、時間がかかればかかるほど、犯人達が逃走する確率も高くなるよ」

「お前はまだそんなこと言ってるのか? ここへ連れてくるときに約束しただろ」

「その約束は今となっては無意味だよ。最優先しないといけないのは、今最善を尽くすことでしょ? 僕がいないときを想定して最善策を取らないのは非合理だよ。その時がきたら、その時考えればいいじゃないか。その時は今と状況が違うわけだし、その時にしかわからない最善っていうのもあるんじゃない?」


 タイカに言われ、隊長は返答に窮した。隊員たちは相変わらず不利な状況の中でもあきらめずに反撃している。しかし、残弾数にも限りがある。隊長も自分の予備マガジンを確認したが、予備は残り1本しかなかった。

「わかった。そっちは任せる。人質を救出したら、どんな形でもいいから連絡をくれ」

「了解」

 タイカは反重力フィールドを起動した。髪がゆらめき、少しだけ浮き上がる。

「ありがとう」

 タイカが言うと、隊長はニヤッと笑って反撃を再開したが、すぐにタイカを振り返って叫んだ。

「ちょっと待った! その前にあのヘリなんとかしてくれ!」

 タイカは「OK」と答えると、アンドロイドたちから受ける銃撃を完全に無視して、ヘリに重力子弾を撃ち込んだ。アサルト・ライフルの弾丸さえ跳ね返すヘリは、主犯の後ろでなんの前触れもなく圧壊し、轟音とともに小さな鉄くずと化す。アンドロイドさえも銃撃を忘れてその様子を見つめるが、主犯の「退路を確保しろ!」という命令に反応して再び銃撃を始める。

 隊長はタイカに向かって親指を立てた。タイカも右腕を突き出して親指を立てると、急加速して飛び去った。

 隊長は部下に向き直って「あいつが戻るまで、連中をここから出すな!」と檄を飛ばす。

 隊員は張りきれんばかりの気合を込めて雄叫びを上げると、更に苛烈な反撃を開始した。

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