第11話「助っ人ヒーロー」
隊員たちは歩きながら時々後ろを振り向いた。タイカはその都度振り向いた本人に視線を合わせるが、彼らは表向きには無反応のまま再び視線を前にむける。しかし、少し歩くと再び振り向く。何か言いたいことがあるのか、それともタイカが気になって任務に集中できないと抗議したいのか、とにかく彼らは浮足だっていた。
そんなとき、エマニが皮膚組織再生プログラムの再設定完了を通知してきた。タイカが早速プログラムを実行すると、それまで白磁のマスク以外は黒光りする金属質の機械仕掛けだった身体は、空気圧が抜けるようなシュッという短い音とともに、タイカの体内から吹き出した真っ黒な濃い霧が、身体のシルエットに沿って覆っていく。霧にはユニフォームの素となる成分の他に、ナノサイズの分子誘導装置が含まれていて、その装置の働きで数瞬のうちに漆黒のユニフォームが出現した。
脚に張り付くようなタイトなパンツ。燕尾服のような裾の長いジャケット。それらはまるでライダー用の真っ黒なレザーウェアを思わせた。タイカは両手を回したり膝を曲げたりして着心地を確かめる。素材はエフェルの最先端で、動きやすく頑丈だった。
気配に気づいた隊員たちが再び振り向くと、黒ずくめの男が赤い瞳を光らせて手を振った。その光景にある者はため息をつき、ある者は舌打ちをし、ある者は「なんなんだよ、まったく…」とつぶやいた。隊長も首を振って呆れたが、すぐに意識を任務へ戻し、周囲を観察しながら前進した。
地下通路は時々別の通路と合流を繰り返しているが、ベルト・コンベアーはタイカたちがやってきた方向の1本のみだ。そして、コンベアーは現時点で稼働していない。
隊長は周囲を警戒しながら、自分の分析を話した。
「我々が入ってきた部屋がメインの保管庫で、あの荷物はきっと最後に運び出すつもりなんだろう。他にも予備の保管場所があったとして、すべての保管庫から運び出すとコンベアーが渋滞するし、奴らの人数も限られているだろうからな。効率も考えて一極集中で作業してるんだ」
すると、隊員の1人が口を開いた。
「ベルト・コンベアーが止まってるってことは、予備の保管庫の運び出しが終わって、これからメイン保管庫の運び出しをするってことですかね」
「そうなるな」と隊長が答える。
「すぐにここは賑やかになるぞ」
隊長が冗談半分にそういった瞬間、ベルトコンベアーが動き出した。
「そら来た。全員油断するな。前後左右を警戒しろ」
これだけ堂々と行動をしていれば、さすがに犯人側もSWATの侵入を把握しているだろう。もしかしたら、このベルトコンベアーは荷物の搬送というより、攻撃に向けた布石かもしれない。
そう考えたタイカは、いつでもSWATの前後にフォース・フォースフィールドを張れるよう、あらかじめ部隊の先頭にいる隊員に照準ロックした。
通路を進み、何枚かのドアを開けたところで、動いていたベルトコンベアーが不意に止まった。先頭を歩いていた隊員が、ベルトコンベアーの上に小さなダンボールを見つけ、それを後ろの隊長に報告しようと振り向いた直後、閃光の後に大音響が響き渡った。
ダンボールが爆発する数秒前、タイカはダンボールの中身をエマニの報告によって把握していた。エマニは分子構造によって危険物を識別できるが、対象物の距離によって識別精度は上下する。
閃光が隊員たちの条件反射を促した。身をかがめて防御姿勢をとった隊員たちは、その後も続くはずの轟音が途絶え、襲ってくるはずの爆風が来ないことに気づいて顔をあげた。
天井が崩れ落ちて通路を塞いでいるが、破片はすべて隊員たちの目前で見えない何かに当たったように直線状に散らばっていた。
その現象に心当たりを得た彼らが、一様に最後尾のタイカを振り向く。しかし、今度のタイカはおどけることなく、通路の先から視線を離さなかった。
「誰か来るよ」
タイカが言うと、隊員たちは再び正面へ向き直った。
よくみると通路の奥は階段になっており、防壁扉越しにいくつかの顔が覗くのが見えた。
隊長が射撃開始を叫ぶと、間髪入れずに隊員たちがアサルト・ライフルの引き金を絞る。犯人たちより早く攻撃に転じたことが功を奏し、彼らに反撃の猶予を与えることなく撃退に成功した。
隊長がタクティカル・ベストに取り付けてある音響閃光弾を取り、隊員たちに向かって「防御姿勢!」と叫ぶ。隊員たちはその声に即応して身体を後方に反転させると、両手で耳を塞いで目を閉じた。階段に向けて音響閃光弾を投げた隊長も、彼らと同じ姿勢をとる。その直後、周囲の色が消えるほどの閃光と、壁や床を打ち鳴らすほどの轟音が響いた。
隊長がゆっくりと前進する。隊員とタイカもその後に続く。壁越しに階段を覗き込むと、踊り場で数人の男たちがライフルを抱えたまま気を失って倒れていた。
隊長は隊員に命じて全員に手錠をかけ、移動できないように両足を縛った。
隊員が犯人たちの所持品をチェックする。そのうちの一人がパーム・サイズの携帯端末を持っていた。しかし、当然の如くパスワードがかかっている。指紋認証でも虹彩認証でもない。電源スイッチを入れると通常のアルファベット・キーボードが画面上に現れた。
「この中に行動計画とか入ってる可能性が高いんですがね」
隊員が隊長に向かって言う。隊長が肩をすぼめる横で、タイカが目を輝かせた。
「ちょっと貸してみて」
タイカは返事を待つことなく隊員の手から端末を奪い取ると、隊員の「おい!」という咎めの叫びを無視して端末を操作し始めた。
まずビルのネットワークを経由して端末にハッキングをかけつつ、ディスプレイをスキャンして指紋の跡から押されたアルファベットを絞り込む。あとはエマニが毎秒10の20乗を超える演算能力を駆使してパスワードを探し出し、10秒もかからずにロックを解除した。
隊員たちから感嘆の声が漏れる中、タイカは不愉快そうな表情を浮かべる隊長に端末を差し出した。タイカを睨みつけながら端末を受け取るが、ディスプレイに表示されているデータが目に入ると、隊長の意識と表情は瞬間的に切り替わる。タイカ(正確にはエマニ)は端末内のキャッシュ・データの中から犯人グループの行動計画を探し出していた。
「どうやら、このビルにいるのは手下だけらしいな。主犯はバリケード外にある脱出先のビルにいるらしい。いざとなったら下っ端を置き去りにする気だろう」
「じゃあ、我々の存在を知った主犯たちは、すでに脱出しているかもしれませんね」
隊員の1人が言うと、それを受けて別の隊員が前に出る。
「隊長! 我々もそのビルに向かいましょう! 地上の警官たちと連携が取れれば、ビルで一網打尽にできるかもしれませんよ!」
他の隊員たちも相槌をうって彼の意見に同意する。
「主犯を逮捕できれば、雑魚は後からでも抑えられますよ」
隊長は少し考えるが、腹を決めたように表情を引き締めると、彼らの意見を受け入れた。隊員たちから歓声が上がる。その声を制するかのように、隊長は整列の命令を出した。隊員たちは瞬間的に精神のスイッチを切り替え、隊列と表情を整える。
その様子を観察していたタイカは、内心で彼らの団結力に興味を持った。タイカの人生は「独立独歩」「唯我独尊」を体現するものだったので、彼らの「以心伝心」を地で行くような連帯感は経験がなかった。彼はこの連帯感を素直に(楽しそう)と感じていた。
「邪魔しないから、僕もついてっていい?」
タイカが隊長に問いかける。
他の隊員が注視する中、隊長は沈黙したままタイカを見つめていたが、やがて口を開いて「私の命令に従うか?」と問うた。
「もちろん」
「……。わかった」
それを合図に、隊員たちが動き出す。隊長は歩きながら新たな作戦内容を本部に連絡し、実行の許可得た。
SWAT隊長からの作戦変更要請の連絡を受けた本部長は、白髪混じりの髪を数回かき回しただけで許可を与えた。彼の周囲には制服に身を包んだ警察幹部の面々が、神妙な顔をして本部長に注視している。本部長は地上にいる警察官にも、ビルに集結するよう命じた。ただし、ビル内への突入はSWATに任せ、制服警察官はビルの包囲を徹底するよう付け加えた。
「地上・地下を問わず、ビルにつながるすべての通路を確保せよ」
ヤマワはその後ろ、仮の作戦本部となっているレストランの入り口付近に立って、警察の様子を伺っていた。ヤマワが本部にいられる理由は、タイカ経由でもたらさせる現場の詳しい情報だった。もちろんSWATからも情報は得られるが、ヤマワが提供する情報は映像やスキャンデータなど、より具体的なものだった。それがあるからこそ、現場の脅威判定を正確に行えることができ、作戦変更に対する本部長の即断を促せた。
スーパーヒーローとしての派手さはないが、助っ人的な立ち位置でも十分タイカの能力を発揮することはできる。ヤマワは作戦本部の様子を見ながら、自己満足に近い充実感を味わっていた。
そこへ付近を警戒中の制服警官から作戦本部に無線が入る。定時報告や業務連絡が頻繁に入るので無線自体は珍しくないが、報告が進むにつれてその内容に一同の関心が向いた。
「なんだって? もう1回繰り返せ」
本部長が送信機を握りながら言った。
「それが、今目の前にブティックの店長という女性がいるんですが、彼女の話では、そろそろ開店時間なのに、出勤しているはずの店員がいないそうなんです」
「どこにある店だ?」
「あづま通りです」
「あづま通り? そりゃまるっきりバリケードの外じゃないか。その店員はただ単に出勤してないだけじゃないのか?」
「いえ、自宅に電話したらすでに出勤してるとのことで、しかもタイムカードも打刻されていました」
ヤマワは少し嫌な予感がして、本部長に「何時に出勤してたんですかね」と聞いてみた。本部長が無線の報告者に出勤時間を確認すると、少しの間があってから、彼は次のように答えた。
「2人は昨日から店に泊まり込んでいたようです」
朝食でも食べに行っているのか。それともどこかで事件を見物しているのか。作戦本部の面々が顔を見合わせて行方不明の答えを探している中で、ヤマワはあるひらめきを得て本部長に顔を向けた。
「考えすぎかもしれないけど、これがバリケードの中にある店だったら、真っ先に行方不明が露見してたと思いませんか?」
「そうか? バリケードの中は状況把握できてないから、店員がいるかどうかなんてわからないだろう」
「いえ、むしろ逆ですよ。店の位置がバリケードの中であれば、家族が真っ先に通報するでしょう。バリケードの外にあったから、まさか巻き込まれたとは思わかったんじゃないですかね」
ヤマワの意見が脳内に浸透するに従って、本部長はことの重大さに気づいて眉をひそめた。
タイカとSWATはビルを目指して地上を進んでいた。途中でバリケードの横を通り過ぎたが、その頃には包囲網の守りを固めていた犯人たちは姿を消していた。
周囲を警戒しながら、隊員たちが言葉を交わす。
「やけに引き際が早いな」
「俺たちが相手だから、怖気づいたんだろ」
包囲網の1本外側にある大通りに出ると、交差点の向こう側に目的のビルが見えた。20階以上はある比較的新しい高層ビルで、全面ミラーガラスに覆われていた。
隊長がビルを見上げて念入りに確認する。たとえ肉眼で人の気配を見つけられなかったとしても、銃口がこちらを向いていれば、このような開けた交差点では格好の標的になる。犯人を取り押さえる前に隊員の数を減らすわけにはいかないのだ。
他の隊員も隊長の後ろから周囲を見回す。しかし、脅威は感じ取れなかった。
タイカが最後尾から「僕が先に行こうか?」と声をかける。振り向いた全員の視線を一身に受けながら、「僕なら撃たれてもなんともないし」と付け加える。
「その必要はない。今君を頼れば、同じ状況で君がいないとき、我々は役立たずになってしまう」
隊長はそういうと、隊員たちに視線を向けた。
「どうせ敵も我々を警戒しているだろう。ここは派手に行こう。各自煙幕弾装填。道路全体に煙幕が行き渡るよう、直線状に各自一発ずつ打ち込め。数秒待機して敵の攻撃がなければ、そのまま玄関口まで一気に詰めるぞ」
「了解!」
隊員たちは素早い動作でジャケットのホルダーから煙幕弾を引き抜くと、ライフルのアドオン式ランチャーに装填した。金属同士がぶつかり合う鈍い音が隊員の数だけ重なって響く。
隊長はゴーグル装着の号令をかけた。次の号令で隊員たちは銃口を掲げ、「撃て」の号令で一斉に引き金を絞った。
縦方向の扇状に広げられたランチャーから、煙の尾を引きながら撃ち出された煙幕弾は、ほぼ一直線に着弾して通りを白い煙で覆っていく。
数秒待って敵からの反撃がないことを確認した隊長は、隊員に前進の合図を送った。一斉に走り出すSWATの後を追って、タイカも煙の中に消えていった。
ビルの玄関にたどり着いたSWATが、すばやく正面玄関の自動ドアを確認する。電源は切られているようだが、トラップの形跡はない。隊員2名が力任せにガラス製のドアを開き、警戒姿勢のままエントランスに突入した。
「反撃はありませんね」
隊員の一人がそう言った直後、大きな音がして奥の非常階段が開いた。SWATが視線を向けると、すでに男が仁王立ちで銃口をこちらに向けている。
「散開!」
隊長の怒号が飛ぶ。隊員たちは四方へ飛び散ると同時に、犯人たちの銃声が強烈な圧力となってエントランスに響き渡った。銃弾はタイカが張ったフォース・フィールドによって阻まれたが、隊員たちはそれどころではない。
「負傷者はいるか?」と隊長が叫び、各自が「いません!」と応じる。非常階段に人影は見えなくなっていたが、鉄製のドアは開いたままだった。隊長がスタングレネードをドアの奥に投げこみ、大音響をやり過ごしてからドアに向かって走り出した。
隊員がその後に続き、上階を目指して駆け上がっていく。
2階3階と登っていき、4階にたどり着いても新たな敵は現れなかった。一応各階のドアを確認したが、いずれにも鍵がかかっていた。5階部分でドアを破ってフロアへ出ようと試みていたところに、再び上階に犯人の一人が姿を現した。
警戒していた隊員によって、犯人が引き金を引く前に射殺されたが、素人すぎる犯人の行動が隊長の疑念を呼んだ。
「我々を射殺しようとしてるわりには、動きがあまりに重鈍だな」
「そうですよね」
犯人を倒して隊員が隊長に向き直って言った。
「人数がいるならまとめてかかってくればいいのに、なぜか小出しですね。しかも屋上からバリケードを守っていた連中ほどのシューティング・スキルもないみたいだし」
「あの、ちょっとすいません」
別の隊員が2人の会話に割ってくる。
「さっきから不思議だったんですけど、犯人たちがこのビルから逃走するつもりなら、なぜまだ上階にいるんでしょう。上へ行けば行くほど袋のねずみだと思うんですけど」
その意見に他の隊員も同意する。
「確かに。連中の動きは、まるで俺たちを上におびき寄せてるみたいだよな」
隊長はしばらく考え、ヘルメットの横にある無線の送信ボタンを押した。
「SWAT3より作戦本部へ」
送信ボタンから指をはずすと、通常は本部からの応答が聞こえるのだが、その時聞こえてきたのは雑音だった。隊長は何度か送信ボタンを押して問いかけるが、同じような雑音だけで無線が通じた手応えは皆無だった。
「妨害電波が出てるね」と、タイカが言う。
「なるほど。つまり、犯人は屋上に何か逃走ルートを持ってるわけだな。この妨害電波は、警察が連携して奴らの退路を絶とうとするのを阻止するためのものだろう」と隊長が言うと、隊員の1人が不思議そうな顔を上げて言う。
「でも、犯人グループは大人数のはずです。そいつら全員を逃がす方法があるとは思えませんが…」
「主犯格以外は、たぶん金に釣られた捨て駒だろう。これは時間稼ぎだ」
彼らの会話を黙って聞いていたタイカが、隊長のつぶやきに反応して口を開いた。
「エマニ。上空に利用可能な偵察衛星はあるか?」
タイカが声に出して言うと、数秒後にエマニが返答する。
「中国軍の衛星が11秒後に上空を通過します」
タイカの脳内に伝わるエマニの声は、当然ながらSWAT隊員に聞こえない。
「亜空間経由でこのビルの映像をSWATの端末に配信しろ」
まるで独り言をつぶやくタイカに向かって、隊長が「何をやってるんだ」といぶかる。
タイカはそれには直接答えず、隊長のジャケットに収められた携帯端末を指差す。
「いいから見てみて」
隊長が端末を取り出すと、ディスプレイにはすでに衛星からの映像を受信していた。このビルを真上から見下ろしたアングルで、屋上の全景が映し出されている。そこには数人の人影が動いていた。
「だから、勝手なことするなって…」と隊長が言い終える前に、隊員の一人が映像を凝視しながら叫んだ。
「隊長!」
全員がディスプレイに注目する。しばらくは何が起きているのかわからなかったが、注視するにしたがって床の一部が動いていることに気づいた。
映像で確認できる数人は、輪を描くようにその中心を向いて立っている。中心では鉄製の床が長方形の輪郭を残して動き、観音開きのように中央が割れていく。その中から姿を現したのは、ローターが折り畳まれた小型のヘリコプターだった。
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