29話 少女と湖④

「終わったんですか?」


 馬車から出てきた私に、ウィルが尋ねる。


「うん。帰って詳しい絵を描くけど、山と川に挟まれた小さな村だと思うの。近くまで行ければルシア……さっき保護した子もわかるんじゃないかな。ただ問題は、国外なんだけど……行ける?」

「まさか、リリ様も一緒に行くつもりですか?」

「そりゃあ、だって……これだし」


 ルシアは私の真後ろでスカートをギュッと掴んで離さない。

 多少なりとも信頼を寄せてくれたのなら、責任を持って送り届けねば。


「でもよく名前や住んでる場所がわかりましたね。その子、話せないんですよね?もしかして魔法かなにか……」

「んっん゛!まぁいいじゃない。企業秘密よ、企業秘密!それより見つかったことを町のほうの捜索班にも知らせないとね」


 ウィルにこの能力がバレたらなにかと面倒な気がして、私は咄嗟に話題を変えた。


「腑に落ちませんが……わかりました。さっき戻ってきた団員に連絡してくるよう伝えてきます。ここで待っててください」


 そう言ってウィルは、部下の団員に伝令をしに行った。


「その辺でちょっと待ってよっか」


 私はさっきまで自分が腰掛けていた、大きな木の幹を指差し、ルシアに声を掛ける。


 空にはうっすらと月が浮かんでいた。


 視線が上を向いていたせいで、“それ”が湖から伸びていることに、気づいた時には足元まで忍び寄っていた。


「ルシア!」


 咄嗟にルシアを突き飛ばし、黒い手のように地面から突き出した影は、自分の身体に巻きついて湖に一瞬で引き摺り込む。

 ミアを湖に落としたのもこいつの仕業か。

 顔も覆われ声も出せず、水中に沈んでいく中、徐々に意識が保てなくなる。


 何も見えなくなるほんの少し前に、ウィルが私の名前を呼んで、手を伸ばしてくれたような気がした。


 もう一度、なんて呼んだか聞きたかった……な。



 ◆◆◆◆◆



「……ん」


 意識が戻った時、私は全身ズブ濡れで硬い石畳の上に倒れていた。


「……どうやら息はあるようだな。運のいい女だ」

「……こ、ここは?」

「知る必要はない。まだ幼い魂を呼び寄せるつもりが、まさかこんな年のいった女が釣れるとは……。殺すのも面倒だな。奴隷商人にでも買い取って貰うか……」


 だいぶ失礼な上に恐ろしいことを口にした男の年齢は50代くらいだろうか。

 白髪混じりの髪は艶もなく、身嗜みに無頓着な人間だということが一目でわかった。


 座っている木の机にも、本がページが開かれた状態で無造作に積み重ねられていた。

 この男のせいで、これまでにもミアが危険な目に遭い、国内でも行方不明者が多発したということ?


「あなたの目的は、なに?」

「君にそれを話したところで……ん?顔をよく見せろ」


 男の目の色が変わった。


「変わった目の色だ。それにその黒髪。まさか、グラード国が女神の召喚に成功したという噂は本当だったのか!……ハハハハ!!これはなんという僥倖!!神はまだ私を見捨てていなかったようだ!!!!」


 急に大きな声で笑いだした男にびっくりしてしまったが、状況が最悪なことにはどうやら変わりなさそうだ。


「悪いけど、大人しくこんなところにいつまでもいるわけ……っ!」


 立ち上がって男に詰め寄るつもりが、頭を思いっきり天井にぶつけた感覚……。

 見上げると、透明な蓋のようなものにどうやら強かにぶつけたようだ。

 四方も同じく、大型の動物を入れる檻のような箱に閉じ込められている状態だということに気づく。


「無駄だぞ。そこは簡易結界が張ってある。獰猛な獣だとしても、中から出ることは出来ない」


 私を何処だかわからない場所に呼び寄せるだけでなく、結界魔法まで使えるのか……厄介な相手だ。

 とにかく今は脱出する方法を考えなければ。


「君にはしばらくここにいてもらう。君と同じくここに辿り着いた子たちも上にいるから、先に餌をやりに行くか……。大人しくしていたほうが身の為だとだけ言っておくよ。それじゃあ」


 そう言い残して男は部屋を出ていった。

 私の他にもここに無理矢理連れて来られた子たちが上にいる。

 窓もないし、つまりここは地下室である可能性が高い。

 叫んでも暴れても出られないなら……。

 奴が私という人間のことを知らないのは好都合だ。

 出られないなら、出さざるを得ない状況を作るしかない。



 ◆◆◆◆◆



「お前の分のスープと……」


 数分後に戻ってきた男は、私の姿を見て、驚いた様子で食事を床に置き、結界のそばに近づく。


「まさか……自殺……!?刃物を隠し持っていたのか?これでは折角の千載一遇のチャンスが……」


 うつ伏せで倒れ、指先には謎の血文字。

 ともすれば近くで状態を確認しようとするのが普通の行動だろう。


「【解除リラース】」


 そう呟いた男が、私の右手首を持ち上げて掴む。


「脈は……」


 男が状況を理解するより先に、私は左手で相手の手首を上から掴み返して素早く後ろに捻り上げた。


「ぐっ……!」

「随分な目に遭わせてくれたじゃない。ここは何処でアンタは何者?目的は何!?」

「は、離せ……!!」


 背中を膝で押さえ込み、地面に押し付ける。


「こっちは今質問してんの」


 この世界に来てから、こんなに他人を手荒に扱ったことはなかったけど、上の階にも被害者がいるなら、こいつを野放しにしておくわけにはいかない。


「わかった、答える!ここはシャザール国の外れ、エリウム地方の村だ」


 シャザール国……王宮の地図で前に見たことがある。

 森を抜けたグラード国の隣の国だ。


「私の名前はメルヴィン。この近くで教会の牧師をしていた。……目的は、ある一人の娘を蘇らせることだ」


 メルヴィンと名乗るこの男の過去について、私は耳を傾けることにした。

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転生女神の異世界事件簿~恋にときめき、悪には天誅、謎なら解いてみせましょう~ 8103810(はとみはと) @8103810

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