28話 少女と湖③

「この似顔絵に似た、10歳から12歳くらいの女の子を探してほしいんです」


 私は王宮に戻ってから、改めて紙に詳しく描いた似顔絵を、王宮騎士団の皆さんに見せた。


「探すなら森方面と町で手分けをしよう。そのくらいの子の足の速さなら、まだこの領内にいる可能性が高い。森へ行く班は馬で向かってくれ」


 ウィルが騎士団の団員を素早くチーム分けをし、指示を出す。


「わかりました。名前がわからないのが厄介ですね。呼び掛けができずに探して、却って逃げられでもしないか……」


 団員の一人が言うように、探している女の子の名前はわからなかった。

 あの男に聞いたところで適当な名前を言うのはわかりきってる。

 何かいい方法はないものか……。


「……あ!」


 私にある方法が閃いた。



 ◆◆◆◆◆



 時刻はまもなく午後四時。

 まだ陽が高いとはいえ、暗くなってからでは捜索は困難を極める。

 なんとしても明るい内に見つかって欲しい。

 私は、ウィルと一緒にピクニックで来た湖の近くに馬車で待機していた。

 ここはやや町寄りではあるが、森の中央に位置し、それでいて見通しがいい場所だ。

 果たして作戦通りうまくいくだろうか。

 焦りと不安で、苛立ちが刻一刻と募っていく。


「喉渇きませんか?」


 折れた木の幹を椅子代わりに腰掛けていた私に、ウィルがコップに注いだ飲み物を差し出す。

 確かに言われてみれば、水分を摂ることを忘れていた。

「ありがとう」と、私はコップをウィルの手から受け取った。


「そろそろ合流する時間ですね。笛の音も近づいてきた」


 ウィルが言うように、森の捜索班には、国境付近の外周からこの湖に向かって貰うように指示を出している。

 私が出した提案は、楽器か何かで音を立てながら捜索してほしいというものだ。

 恐らくここは女の子にとっては見ず知らずの土地。

 自力で故郷に帰ろうとするだろう。

 敵か味方かわからない人間の気配を避けて歩くはずだ。

 音から逃げるようにして向かってくれれば、いずれここに辿り着く。


 ――パキッ


 微かに小枝を踏むような音がした。

 茂みの向こうからだ。


「――待って!!」


 私が全速力で追いかけると、小さな後ろ姿は何かに躓いて派手に転んだ。


「……っ!!」

「大丈夫!?」


 それでも尚、地面を這いつくばって匍匐前進をしようとする少女の正面に回り込み、目線を近づけるため膝をつく。


「安心して。敵じゃないわ。あなたをお家に帰してあげる」


 そう言うと、ようやく少女は顔を上げた。

「私は凛々子。みんなにはリリって呼ばれてる。ずっと森の中を彷徨って疲れたよね。湖の近くに馬車があるから、そこで一旦落ち着こう。飲み物と食べ物も持ってきたから」


 優しく少女を両腕に抱きかかえると、追いかけてきていたウィルが自分が運ぶと手を伸ばしかけたが、ウィルを見た少女は怯えるように私にしがみついてきたので、静かに首を横に振った。


 よほど怖い目に遭ったのね。

 私が男から【追体験】で見た姿より、少女の身体は痩せ細り、とても軽かった。



 ◆◆◆◆◆



 ウィルには馬車の外で待ってもらい、私は中で少女と二人きりで向かい合うように座った。

 パンと水を夢中で飲み食いする少女を黙って見守る。

 汚れた長い前髪から覗く左目には、男が言うように泣きぼくろが一つあった。


「少しは落ち着いた?」


 食べ終わったのを見計らって、声を掛ける。

 少女はほんの少し間をおいてからコクンと頷いた。


「あなた、誘拐されてきたのね」


 少女の顔が一瞬にして強張る。


「大丈夫。あの男には二度と近づけさせない。さっきの男の人、この国の騎士団長なのよ。悪い人はやっつけてくれるはず。まーでも、もしかしたら私のほうが強いかもしれないけどね」


 どういうことなのか、冗談なのか反応に困っている様子だけど、少女は今度こそはっきりと私の顔を見た。


「じゃあまずあなたの名前だけど……。文字は書ける?」


 少女はまたも視線を床に落とし、首を横に振った。

 言葉が喋れなくて文字が書けないとなると、情報を得る手段は一つしかない。


「……今から私があなたの手を握って、少しだけ記憶を見させて貰う。だからお願いがあるの。あなたの名前を呼ぶ家族や身近な人……それから住んでいた場所の手がかりになる風景とかを思い浮かべてるくれる?」


 突然こんなことを言い出したら警戒されるかと思ったけど、少女は頷いて自ら両手を差し出してくれた。


「じゃあ始めるね」


 そっと小さな手を握って、彼女の記憶を【追体験】する。

 小さな村、温かい人々。手を繋ぐ母親の笑顔。

 少女の名前を呼ぶ父親の記憶が最後に視えた。


「ルシア」


 私が少女にそう告げると、彼女は驚きながら目に涙を浮かべていた。


「あなたの名前はルシアね。素敵な名前だわ」


 必ずルシアをご両親の元に帰す。

 私はそう心に誓った。

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