26話 少女と湖①

「あんたが噂の“探し屋”か?」


 そう言って、私の前にスキンヘッドの男が現れる。


「いかにも……何をお探しでしょうか?」


 芝居がかった声で、向かいの椅子に腰掛けた男に質問をした。


「探してほしいのは、俺の娘だ。娘は生まれつき喋ることができない。早く見つけて連れ戻さないと……」


「わかりました。では、まずいくつかお伺いしますね」


 なんでこんなことしてるかというと、話は数週間前に遡る。



 ◆◆◆◆◆



「働こう……!」


 私の生活に足りないもの。

 それは労働だ……!!


 考えてみればもうかれこれ一年近くニート生活を送っている。

 最初はそれを甘んじて受け入れてきたけど、毎日まめまめしく王宮に仕えるシャルロットやガイの姿を見ていると、自分がどんどんダメ人間になっているような気がしてきた。


「王宮内のお手伝い……ですか?」


 まずはシャルロットに聞いてみる。


「そう!雑用で手の足りてないこととかないかな〜って」

「ありません」


 即答かい……。


「今から洗濯物干しに行くところでしょ?それなら手伝うよ」

「駄目です」

「な、なんで?」

「女神であるリリ様に私が仕事を押し付けているなんて噂が広まったら、こっちが職を追われてしまいます。ではこれにて失礼します」


 に、逃げられた……。

 なんとなく予想はしてたけど、こりゃガイに聞いたところで同じ反応だろうな。


「あら、リリ様ごきげんよう」


 途方に暮れる私に、艶のある声音の持ち主が挨拶をする。

 王宮で薬師として離れに住んでいるイザベラだ。


「何か悩まれているご様子ね。宜しければお話聞きますわよ」


 そんな言葉に誘われ、彼女の領域に踏み込んでしまったことを、私はこの後とても後悔することになる。



 ◆◆◆◆◆



「なにやってんだ?こんなとこで」


 緞帳のような分厚いカーテンの内側で息を潜めていた私に、聞き覚えのある声が布越しに話し掛けてきた。


「ジュード……しっ!黙って!あっち言って!」

「おいおい、俺は犬っころじゃねぇぞ」


「リリ様〜!まだお話は終わってませんわよ〜!」


「ヒッ!来た!!」

「なんだ、見つかったらまずいのか?」

「そーだよ!だから隠れてるの!!」

「それなら協力してやってもいいぜ」

「へ?」

「とりあえず靴脱げ。足元が丸見えだ」


「リリ様〜……あら、そこにいらっしゃるのは確か……ジュード様……でしたか?王宮にいらしてたのですね。リリ様をお見かけしませんでしたか?」

「さぁな。今日は見てない」

「左様ですか……。ところで、そんなところでどうかされましたか?」

「ここのメイドと隠れんぼだ。10分以内に見つかったらデートする約束で」

「まぁ。それは楽しそうですわね。そんなところではすぐ見つかってしまいそうですが」

「野暮なこと聞きなすんな。たまには狩られる側になるのも悪くないってこった」

「これは失礼しました。では引き続きお楽しみくださいまし」

「ああ」


 イザベラの足音が遠くなっていく。


「もういいわよ!」


 ジュードの片腕に靴を持って抱きかかえられていた私は、早く下ろすように要請した。


「お前なぁ。先に礼の言葉はないのか?」


 ぐっ……それもそうね。

 素足が地面に下ろされ、距離を取るように一歩後ずさってから小さく呟いた


「あ、ありがとう……助かりました」

「人助けもたまには悪くないな」


 ニヤけるジュードの横をすり抜けて、そそくさとカーテンから出ようとした時だった。


「おっと。お前に用があって来たんだぜ」


 後ろ手にカーテンを巻き取られ、通せんぼを食らう。

 薄々そうじゃないかと感づいてはいたけど、話を聞くまではここから逃して貰えなさそうだ。


 働き口の相談をイザベラにして、まさか“性別が逆転する薬”“獣人化する薬”“何かが起きる薬”の3つの内どれでもいいから治験してくれないかと迫られ、そんな危険な目に遭うのはごめんだと逃げ出してきたわけだけど、今日は厄日なのか……。


「とりあえず王宮内だと落ち着いて話せそうにないし、ウチの別荘に場所を移そう」


 そういえば前に外出した際、ジュードの家……ハッサム家が所有する別荘だとウィルから教えて貰い、通り掛かったことがある。

 ここから徒歩で20分程の近所だ。


「何も変なことしないでしょうね」

「何か言えないことでもしてほしいのか?」

「これ以上からかうなら行かないわよ」

「冗談冗談」


 そう言ってやっと道を開けてくれる。

 今の時間、ウィルは王宮騎士団の仕事中だ。

 近所だし、この男が何かしようものなら正当防衛で暴力も多少なら許されるだろう。

 シャルロットにだけちょっと近所に出かけてくることを伝えておけば、一人じゃないし大丈夫よね。


「今日は馬で来た。乗ったことあるか?」

「ないけど……私一人で乗って真っ直ぐ進む?」

「何言ってんだ。俺が乗ってきた馬なんたから一頭に決まってるだろ」


 正直馬に乗るのは楽しそう!と思ってワクワクしてたけど、こいつと一緒に乗るのか……。

 まぁ馬ならここから10分もしない内に着くだろうし、ここは我慢するしかなさそうだ。



 ◆◆◆◆◆



 ジュードの前に座る横乗りスタイルで、黒毛の馬は静かに来た道を戻り始めた。

 手綱を引くジュードがやけに静かで調子が狂う。


「馬に乗ってる時は無口なのね」

「エリザベスがヤキモチやくからな」

「エリザベス?」

「この馬の名前。俺が馬上で他の女といちゃいちゃしだしたら、暴れ馬になって大変なことになる」


 私たちを乗せてくれているエリザベスちゃんは、こうしてる限り、とても利口で大人しい馬にしか見えない。

 馬主が自意識過剰なのでは?と思いつつも、私には都合がいいこともあり、あえてツッコミを入れなかった。


「着いたぜ」


 朱色の屋根が目立つ、エスニック風の豪奢な別荘に着くと、玄関には若くて美人なメイドさんたちが左右に花道を作って出迎えてくれた。


「「「お帰りなさいませ、ジュード坊ちゃま」」」


 ここはミス・ユニバース全国大会の会場か!?

 王宮で働くメイドの制服とも、趣がかなり異なる。

 どことなくアオザイっぽい、鮮やかな青地のスリットから白のボトムが覗く、異国情緒漂う制服だ。

 そのまま奥の部屋へと案内される。


「屋根裏から姉貴の昔の持ち物が出てきたんだ。もう嫁いでこっちには来ないし、馬乗って色んなとこ行くのが好きだったから、動きやすい服も沢山あるぜ。捨てようかと思ってたんだが、欲しいのがあれば持ってってくれ」


 そう言って通された部屋には、大きな革張りの衣装ケースが3つ、床に置かれていた。

 早速その中から一着手に取ってみる。


「色や柄も派手すぎないけど、とってもオシャレ……」

「全部一点物だからな。俺の見立てだとサイズも問題ないはず」


 なぜサイズまで問題ないとわかるのよ、と言いかけて辞めた。

 こんな素敵な洋服たちが捨てられてしまうなんてもったいなさ過ぎる。


「お姉さんはよくここに来てたの?」

「ああ。ここなら親父の目も届かないし、よく町へ遊びに行ってたな。そこで旅芸人を名乗る怪しい男と恋に落ちて、既に決まってた政略結婚を破談できないかと思ってたら、なんとその政略結婚の相手が旅芸人に扮した男だったっていう……やっすいロマンス小説みたいだろ?」


 そんなこと本当にあるんだ。

 でも、お互い身分を知らずに恋をして、結婚できたなら、本当に素敵な話だ。


「いいなぁ。きっと運命の相手だったのね。お姉さんが羨ましい」

「運命……ね」


 ほんの少し自嘲気味に笑うジュードは、うまく言えないけど、らしくない。

 思い過ごしかもしれないし、今はお姉さんの残してくれた服を選ぶとするか。


「……ん?なんだろう、これ」



 ◆◆◆◆◆



「リリ、さすがにそれは……」

「なんで?やるなら大胆に……でしょ?」

「大胆って言っても限度っつーもんが」

「ほら、こうしてこうすれば……」

「へぇ意外と悪くねぇな。もう少し下にずらせないか?」

「あっ、これじゃ何も見えない……」


「失礼します!!!!」


 勢いよく扉が開いたかと思えば、ウィルが血相変えて飛び込んできた。


 しまった。帰る前に居場所がバレたか。


 私は冷や汗をかきながら言い訳を考えていた。


「リリ様?なにやら愉快な格好をしてらっしゃいますが、こちらで何を?」


 愉快な格好……言われてみればそうね。

 コンセプトは“怪しい霊媒師”。

 ソバージュのかつらと、襟元が立ったアオザイ風の黒いワンピース、口元を覆う黒い布、それから手には水晶玉。

 むしろこの格好ですぐ私だと気づいてくれた。


「連絡せずにごめんね!えっと、まぁ色々ありまして……」

「言っとくが無理矢理連れて来たんじゃねーからな」


 フォローなんて鼻から期待してないけど、それなら何も言わないでいてくれたほうがまだマシ……!


「とにかく、帰りますよ。さぁ、着替えてください」


 あれ?思ったより怒られない感じ?

 ええい、ついでにさっき思いついたことをこの場で話してしまおう。


「ウィル、私、やってみたいことがあるの!」

「やってみたいこと……?」


 私は真剣な表情で、ウィルにある相談をした。

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