24話 幻の肖像画⑤
「火事だー!!」
深夜。どこからか聞こえる大声に目が覚め、慌てて窓の外を見る。
赤い炎に包まれて燃えているのは、トーマスの滞在する向かいの別荘だ。
寝間着のまま外に飛び出ると、同じく隣の棟から出てきたウィルが、私の前に立ち塞がった。
「リリ様、これ以上近寄ったら危険です。離れてください」
「だって!消火作業は!?」
「ここまで燃え広がっていては、バケツの水をかけたところで完全に鎮火させるのは難しいです。もしくは、水魔法の魔道士クラスの方でもないと……」
「そんな……」
「皆様、下がってください」
清楚な白のネグリジェとストールを身に纏った三姉妹の長女・ローズが、燃え盛る炎に向かい、手をかざした。
「【
彼女が高らかに魔法を唱えると、透明な壁が建物を覆うように現れ、火の勢いが閉じ込められるようにして僅かに弱まるのがわかった。
「【
次女のマーガレットがそれに続く魔法を唱える。
何をしたのかはわからなかったけれど、炎は見る見るうちに火種程度に収まり、消し炭から黒い煙が立ち昇り始めた。
「仕上げですわね。【
姿の見えなかった三女のカトレアが、小川の方から大きな水風船のような状態で浮いた水の塊を、ローズの作った壁の頭頂部で分裂させ、破裂する。
水が降り注ぐタイミングで透明な壁は消え、辺りは土砂降りの雨が降った後のようになった。
「水……魔法?」
私の言葉にローズが首を横に振った。
「いいえ。私たちが使える魔法はそれぞれ空間を囲う“結界魔法”と、物質の“置換魔法”、それから“重力魔法”です」
「なるほど。燃えている建物から完全に外気を遮断し、中の空気を水蒸気と置き換えて、川から運んだ水を降らせたということですね」
ウィルが一瞬にして見事な考察を披露した。
「はい。さすがにこの規模の結界となると魔力の消費が激しいですが、鎮火できてよかっ……」
そう言い終える前に力なく倒れたローズを、ウィルがすかさず駆け寄り、後ろから身体を支える。
「大丈夫ですか!?」
「え、ええ。少し目眩がしてしまっただけですわ」
「無理をなさらないでください。少し失礼します」
ローズの身体を優しく持ち上げると、ウィルは私に、
「こちらのご婦人を休める場所に運んで参ります。どうかリリ様も危ないことはなさらぬように」
そう言ってマルコの案内でローズを抱きかかえたまま、母屋へと消えていった。
何も出来なかったくせに、こんな状況で、私は自分の中の複雑な感情に押し潰されそうになっていた。
◆◆◆◆◆
「あ、危ないです!それにもし遺体が出てきたら……」
別荘で働いている警備員と思しき男性が、見る影もなくなったトーマスの別荘に近づく私に警告をする。
「大丈夫です。慣れてますから」
天井と二階は崩れ落ち、屋根の隙間のベッドには、焼死体の腕だけが見えた。
詳しく見るには屋根の残骸が邪魔だったけど、この様子じゃ頭部は落ちてきた天井で潰されていて、口腔内の状態を見るのは困難だろう。
瓦礫の中、慎重に遺体に近づくと、ベッドから投げ出された手に、あるはずのものがなかった。
それにこの指だけどうしてこんな状態に……おかしい。
「テオくん」
部屋に戻る前に、一言声をかけるべき相手だと思い、私はずっと同じ場所に立ち尽くすテオに声をかけた。
「あ……僕なら大丈夫です。どうかリリ様も、お休みになられてください」
取り繕った笑顔に、胸の奥がざわつく。
「えっと……昨日はトーマスさんはどちらに?」
「昨日は確か、昼間クアハウスでお過ごしになられて、それから夜は食堂の方で食事を。マルコ様と明日の肖像画お披露目の打ち合わせをされてから、別荘にお戻りになられました。少々酔ってらしたので、部屋までお運びして、お水を渡してから僕は失礼しました。それが、先生に会った最後です……」
本当に嫌になる。
刑事としての勘が、こんな時に限って働くなんて。
「ありがとう……夜はまだ肌寒いからね。手を貸して。温めてあげる」
まだ新しい切り傷の目立つ手を握る。
「指、怪我したの?」
「ああ、これは絵を描く時に使うペインティングナイフで少し切っただけです。ご心配には及びません」
こんなにも人を疑ってこの力を使うのは初めてだ。
「優しいんですね。リリ様は」
そんな言葉を裏切る【追体験】は、彼を長年苦しめたトーマスとの関係と、明確な殺意を物語っていた。
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