22話 幻の肖像画③
「女王のご親戚の方とは……!お目にかかれて光栄です。私はトーマス・バイエルン。美術商をやっております。それからまだ十六になったばかりですが、若手の中では有望な画家のテオです」
「テオ・ガルシアです。どうぞお見知りおきを」
中年イケオジの美術商、トーマスから紹介されたテオは、幼さの中にも影のある、落ち着いた少年だった。
「テオは今回お披露目予定の私の肖像画を手掛けてくれたのですぞ」
マルコが自慢気に話に加わった。
「身に余るお役目を頂いて恐縮です。まさかトーマス先生の画廊の隅にあった僕の絵を見て、肖像画を依頼してくれるなんて……」
「いいや、あの時の雷に打たれたような衝撃を今でも鮮明に覚えていますぞ!見事な色彩と名だたる巨匠を彷彿とさせる力強い筆致……すぐにトーマスに『この絵を描いた人物に会ってみたい』と掛け合った日のことを……」
私はテオの口にしたある言葉が気になった。
「“先生”?トーマスさんとテオくんのご関係はどういったもので?」
「ああ、私とテオは元々私が子供向けに開いていた絵画教室の生徒なのです。お恥ずかしながら私も昔は売れない画家をやっておりまして、今は美術商を生業としてますが、マルコ様のような慧眼をお持ちの方々に、テオのような若手を紹介をしているというわけです。絵の才能を持ちながら、埋もれてしまう画家は沢山いますからね。とてもやり甲斐のある仕事です」
なるほど。
昔の教え子に美術商という立場を活かして、所謂パトロンを付けているわけか。
見た目だけでなんとなく胡散臭いと思っていたことを反省する。
しかし美術商って仕事は儲かるのね。
トーマスの指には、ゴツいシルバーやゴールドの指輪がいくつも嵌められていた。
「私の指輪が気になりますかな?」
「え、ええ。とても細かい模様が刻まれているのですね」
「そこにお気づきとはさすがです。実はこの指輪には、他の用途もあるので、このように複雑な細工が施してあるのです。大事なものが増える度に新しいものを作っているので、指が足らなくなってきました」
成金っぽくてあまり趣味がいいとは言えないけど、彼にとってそれは成功の証なのだろう。
ほんのり煙草の匂いもするし、金塊眺めながらガウンで葉巻とか吸ってそう。
「リリ様、それからこちらは“社交界の華”と謳われる、ウォレス家の三姉妹、ローズ様、マーガレット様、カトレア様ですぞ」
「「「はじめまして。どうぞよろしく」」」
息ピッタリに三姉妹が挨拶をする。
ガイの元に来たというのはどの娘なんだろう。
タイプは違っても美人揃いだ。
私は病弱を装って、少しだけ語気弱めに挨拶を返した。
「では自己紹介も済んだところで、夕食会を始めると致しましょう!」
こうして、ホストであるマルコが滞在する母屋の食堂で、初日の夕食会は和やかに執り行われた。
◆◆◆◆◆
ニ日目。
この日は遅く起きて、午後からクアハウスを貸し切り状態で満喫した。
こっちでは服も一人で着れないようなドレスじゃなくて、王宮で朝着ている簡易的なコルセットを腰に巻くだけのワンピースで過ごせるので、普段より身軽だ。
王宮で人前に出る時は必ずシャルロットがドレスを着させてくるからなぁ。
折角の避暑地でも三姉妹のようにきちんと豪華なドレスを着るのが正しい貴族スタイルなんだろうけど、貴族じゃないし、(ここでの設定は)病弱だから楽な格好で過ごしているという言い訳も通るだろう。
貸し与えられた別荘にも、至るところに高そうな絵画と、数冊の本が置いてあったので、夕食までの余った時間は、挿絵のある児童文学っぽい本を手に取って過ごした。
二日目からは、母屋の食堂で朝昼晩食事がいつでも提供されるシステムで、なんとコックがリクエストに応じて料理を都度作ってくれる。
全員が同じタイミングでなくても問題ないということもあり、夕飯は部屋で食べるからと、料理を届けて貰った。
「ガイー?いるー?」
お盆で両手が塞がっていたので、お行儀悪くドアをつま先で叩くと、ガイがドアをすぐに開けてくれた。
「はい。どうかされました……か」
「夕飯、一緒に食べようと思って!」
朝食を食べ損ね、昼に食堂に行った際は三姉妹に捕まってしまったので、明日には王宮に戻るガイと、ご飯を一緒に食べるチャンスは今日か明日くらいしかない。
従者は厨房から料理を貰って部屋で食べていると、昨日母屋の執事さんに話を聞いて、そのタイミングに合わせて訪ねてみたのだ。
通された部屋は、飾ってある絵こそ違えど、作りは同じだった。
ガイの夕食の皿が並んだ、一階リビングの大きなテーブルに持ってきたお盆を置く。
「丁度食べようとしてたところです」
「ほんと?ごめんね、急に押しかけて。冷めない内に食べよ」
「ただの庭師とご飯を食べるために訪ねてくるなんて、リリ様は本当に変わってますね」
「へっへー驚いた?ご飯は一人で食べるより、誰かと食べたほうが美味しいかと思って」
「……そうかもしれませんね」
滅多に表情を変えないガイだけど、最近はちょっとずつわかってきた気がする。
クールだけど冷たいわけじゃない。
庭師の仕事も真面目に取り組んで、そんな彼を周りも評価している。
「ニンジン、嫌いなの?」
付け合わせのニンジングラッセに、一向に手を付けてないガイに問う。
「ただのニンジンなら食べられます。ただ、甘くするのが理解できないだけです……」
「えー。私結構好きだけどなぁ。食べないなら貰っちゃお」
向かいのガイのお皿から、ニンジングラッセをフォークに刺して口へと運ぶ。
「あっ……。リリ様。差し出がましいことを言いますが、それは他所ではやらないほうがいいです」
「さすがにお行儀悪い……かな?」
「そうですね、たとえ家族間でも大人はやらないかと……」
「じゃあ今後は気をつけます」
「はい。……でも、もし……」
「もし……?」
「またこうしてリリ様と食事を共にすることがあったとして、その時ニンジングラッセが出てきた時は……食べて貰えると嬉しい、です」
私は笑ってこう答えた。
「いいよ、喜んで。そうだ、いつもの鍛錬の代わりに、明日は早朝にそこの川岸で朝ご飯食べようよ」
「一緒に、ですか?」
「もちろん」
「……明日の朝が楽しみになりました」
三姉妹には悪いけど、ここにいる間は、私の専属従者としてわがままに付き合って貰おう。
いつもとは異なる関係性というのも、この非日常的な場所では、存外悪くないものだ。
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