21話 幻の肖像画②

王宮のあるフォアラード領を越える少し前、同じ馬車に乗るガイから「リリ様、そろそろ……」と言われ、私は出発前ウィルに貰ったある物を手提げのバッグから取り出した。


「テッテレー!変身眼鏡〜!」


つい某国民的猫型ロボットの真似をしてしまったけど、ガイはピクリとも反応してくれない。

何この空気、辛い。


「はいはい、掛けますよ」


洒落っ気のない丸眼鏡をかける。

ありがたいことに視力は両目とも1.0。

眼鏡にもコンタクトにも縁がない人生だった。

じゃあなんでこんなクソダサ眼鏡……もとい、変身眼鏡をかけなきゃいけないかというと、女王からの言いつけだ。


「どう?わからない?」


ガイに確認する。


「はい。すごいですね。横から見ても目の色が変わって見えます」


なんとこの眼鏡、かけてる間だけ瞳の色が変わる、王宮秘伝の魔具と言われる魔法アイテムの一つなんだそうだ。

この世界で天然の黒髪はいないにしても、オシャレ染めとしては人気の髪色と聞いた。

だけど瞳の色まで黒いのは、女神に造詣が深い人間なら見抜けてしまう特徴らしい。

だから今まで町の人たちからは普通に接して貰えてたけど、マチアスなんかは噂だけで私を一目見て女神だと言い当てたのね。

とにかく、今回は王宮を遠く離れた国境付近。どこから噂が広まるかはわからない。

念のための変装アイテムだ。

どうせなら髪も三編みにして地味な文系っぽく振る舞ってみるか。


途中休憩も挟んで、四時間ほどで目的地に到着した。馬車で四時間はお尻が痛い……。

先に到着していた馬車に乗っていたのは、身なりのいい40代くらいの男性と、その息子のようにも見える、黒髪の男の子の二人組み。男の子は高校生くらいだろうか。

それから年頃のお嬢様三人組。こっちは見た感じ姉妹かな?

私よりガイを見て、広げた扇越しにヒソヒソと楽しそうにお喋りをしている。

そんな二組と私は軽い会釈を交わして、マルコが「お待たせしました」と駆け寄るのに着いていく。


集合場所に聳え立っていたのは、どこまでも横に広がる白い石造りの壁だった。

本当にこの向こうに別荘なんてあるの……?

外壁だけ見る限り、要塞と言ったほうがしっくりくる。

大体、壁には入り口らしきものが見当たらない。

この7〜8mはありそうな壁を梯子でよじ登るとか……?


「最新の防犯対策が施してあると先日説明したのを覚えておりますかな?」


マルコが深呼吸をして片手を壁に付く。

私は固唾を飲みながら見守っていると、


「いでよ!マルコズゲート!!」


なんとマルコの声に反応して、ただの白い壁が光り、扉が現れた。

なにこれ!?


「ふっふっふっ、これぞ私に流れるマナにだけ反応する、鉄壁の扉――名づけて“マルコズゲート”ですぞ!!」


ネーミングはともかく、これも魔法の為せる技なんだろうか。


「マルコって魔法使えたの?」

「残念ながら私自身の魔法ではなく、この別荘を建てる際、有名な魔法建築士に依頼しました。最新鋭の防犯扉を作ってくれと」


魔法建築士なんて初めて聞いた職業だったけど、そんなこと出来ちゃうなんてきっと凄い人物なのだろう。


「さぁ、驚くのはまだ早いですぞ。中へお入りください」


マルコに続いて扉を抜けると、今度こそ別荘が……一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ……ペンションのような二階建ての建物が左右にいくつも立ち並び、もはや一つの町のような光景が広がった。

遠く突き当りにある、一際大きい建物が母屋なのだろう。

てゆうか、マルコって実は超お金持ち……?


「プライベートを重視して、一人一棟お使い頂けます。どうぞ、ビビッときたものをお選びください。早い者勝ちですぞ」


正直どれでも良かったので、若いお嬢様方がピンクやイエローの棟を選んだのを見届けてから、母屋から一番遠い、パステルブルーの棟を借りることにした。ガイは必然的に隣のパステルグリーンの棟に決まった。

建物の裏手には小さな川も引かれていて、涼し気な気分が味わえそうだ。


「母屋には私が集めた美術品のほかにも、書物庫や娯楽室を用意しておりますので、いつでもお訪ねください。小規模ですが、男女別のクアハウスもあるので、汗をかいたらゆっくり湯に浸かるのをオススメしますぞ!」


まさにいたれりつくせり。

王宮でもバスタブでお風呂に入れるけど、足を思いっきり伸ばせるほどじゃない。

別荘には温泉的な施設があるとマルコから聞いた時は、心が躍る気分だった。


「17時に夕食会を開く予定です。どうぞそれまでは各自お部屋で休まれてください」


別荘の専属執事らしき男性が、この後のスケジュールを告げる。

招待客の改まった紹介は夕食会の時かな。

入口付近で一度解散をした私たちは、17時まで各々の時間を過ごした。



◆◆◆◆◆


「リリ様、お支度整いましたか?」

「ガイ?今行くね!」


迎えに来てくれたガイと共に、母屋へと向かう。


「ガイも一緒に夕飯食べられたらいいのに」

「今回はあくまで“女王のご親戚とその従者”という設定ですからね。従者は同じテーブルにはつけません」


こういうところが階級社会の面倒なところだ。

大体、それ言ったら私もただの庶民なんだけどなぁ。


「実は先程、ゲストのお一人である女性が部屋を訪ねてきて……」


おおう。開始早々中々に積極的なアプローチ。

ひと夏の思い出作りに、避暑地で出会ったクールなイケメン従者に恋をしても不思議ではない。


「それで?」

「今回執事やメイドはマルコ様がご用意していると聞いていたので、私たちは姉妹だけで過ごしに来たのだけれど、なぜあなたはここに来たの?と……。嘘は苦手なんですが、頑張って嘘をつきました」

「ちなみに、なんて嘘を……?」

「『病弱なお嬢様がどうしても心配で、無理を言って連れてきて貰った』と」


まさかの病弱設定。

こりゃ朝から外で走ったり組み手はできないな……。

ここにいる間は部屋での筋トレだけにしとこう。

いや待てよ病弱設定ならそれを利用して……。


「リリ様?」


考え事をしていた私にガイが呼びかける。

明日、ガイは驚くかな。

私は密かな計画を、この時胸に秘めたのであった。

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