20話 幻の肖像画①

「別荘?」


 今日は午後から珍しいお客さんがきた。

 女王の晩餐会に出席していたトンチンカン男爵こと、マルコ・マリトッツォだ。


「左様ですぞ!完成したばかりの我が別荘に、是非リリ様をご招待しようと思いまして、本日はその招待状を」


 なんだか御大層なインビテーションを手渡される。

 気づけば季節は初夏を迎えようとしていた。

 この世界に来て間もなく半年――。


 その間、マルコとも何度か王宮で顔を合わすようになり知ったのだが(というか聞いてもないのに話してくる)、なんでも絵画を主とした美術品コレクターで、王宮内に飾られている美術品のコーディネートも任されていることから、女王と懇意にしてるそうだ。


「今回はなんと、我が別荘のシンボルとなるであろう肖像画のお披露目を予定しておりまして、こんな素晴らしい機会に立ち会えるとは……リリ様は幸運ですぞ」


 正直肖像画云々はどうでもいいとして、遠出の口実ができるのは魅力的だ。

 ウィルに遠慮しちゃって、外出は専ら近くで済ましているから、そろそろもう少しだけ遠くに行ってみたいと思っていたところに、この話が飛び込んできた。

 ついでにウィルやミアもお邪魔させて貰えば、楽しくなるんじゃない!?


 ――と、いう私の計画は脆くも崩れ去る。


「本当に申し訳ないっ!」


 マルコの別荘の件をすぐさまウィルに伝えたところ、日程初日と王宮騎士団の遠征日が被っていたのだ。

 仕事なら仕方がない。


「それなら心配に及びませんぞ」


 まだいたのかマルコ。

 チャームポイントの立派な出っ歯から、キランと効果音がなりそうな勢いで不敵な笑みを浮かべる。


「数多くの美術品を飾る我が別荘は、ある意味世界一豪華な監獄とも言えるほど、安全面・防犯面にもこだわって作られました。ゲストを招待する期間は、身元を調べ上げた警備員が24時間体制で周辺の見張をしているので、むしろ王宮より安全な場所と言えますぞ!」

 監獄、っていう例えは頂けないけど、とにかく危険な目に遭うような心配は要らなさそうだ。


「しかし……」


 責任感の強いウィルは中々首を縦に振ろうとしない。


「大丈夫だってば。心配してくれるのは嬉しいけど、自分の身は自分で守れるし、ウィルは仕事に専念して」

「……では、二つだけ条件を出させてください」



 ◆◆◆◆◆



 <条件その1>

 ボディガードとしてガイを連れて行くこと


 <条件その2>

 女神という身分は今回伏せて過ごすこと


 ウィルが出した条件はその2つだ。

 ガイを連れて行くのは全然オッケーだけど、条件その2についてはこう言っていた。


「リリ様を召喚した直後、女王がこの王宮に縛りつけようとしていたのには理由があります」

「私が右も左も分からないこの世界で好き勝手してたら、どんな危険な目に遭うか分からないからでしょ?」

「そうです。いくら平和な国だと言っても、悪いやつはいますし、目の届かない場所だと、もしも病気にかかられた際、迅速な対応ができない。その可能性の中で、女王が最も恐れているのは、女神の存在を否定する一派による暗殺です」

「あ、暗殺!?」


 予想もしてなかった単語が飛び出してきた。

 女神ってそんな危険な立場だったの??


「“ノアディオス”のことですな。しかし100年以上も前になくなった集団と聞きますぞ。そんな歴史の影と言える連中が未だいるとは、到底信じられませんな」

「だけどいないということも証明できない。証明できた時には遅いのです」


 ウィルが切ない表情を浮かべながら、私の頬に優しく触れた。


 こんな時笑ったら不謹慎かな。

 胸の奥が満たされていく感覚に、むず痒くなる。


 もっと一緒の時間を過ごしたいと思う人がいるからには、そう易易と死んでたまるもんですか!

 MI6でもノアディオスでも来るならかかってこい!!



 ◆◆◆◆◆



 別荘にシャルロットも連れて行きたいところだったけど、季節の変わり目で風邪を引いてしまったらしく、不在の一週間でゆっくり休んで貰うことにした。

 ガイも流石にこの季節、水遣りは頼めるとは言え一週間庭を放ったらかすこともできないので、ウィルの遠征が終わる三日目に、入れ替わりで王宮に戻って貰うことになった。

 ある意味一番の難所と思われた王宮の許可も、ウィルとマルコが女王に取りなしてくれたらしい。


「仕事で遠征の間、ミアの世話はどうしてるの?」


 出発の直前に大事なことを思い出す。

 やっぱりガイと一緒に三日目で帰るべきなんじゃ……。


「あぁ、心配いらないですよ。昼間は相変わらず妹のリーゼに見てもらって、これから一週間は夜オリバの家に世話になる予定なんです。あいつの奥さんが子供好きだから、たまに泊まらせて貰ってるんです」


 オリバさん……副団長の人だ。なんか回り回って色んな人にご迷惑をかけている気がしてきたので、今度菓子折りを配りに行くのに付き合って貰おう。


 ブルッと馬の鳴き声がした。

 間もなく馬車が王宮を出発する。


「それではお気をつけて」

「ウィルもね!」


 普段だって毎日会ってるわけじゃないのに、こんな感じで離れ離れになると、どことなく寂しい気持ちになるのは何故だろう。


 でも折角色んな人の協力で行けることになった、謂わばバカンス。

 存分に楽しまないとね!!

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