19話 劇団☆ぶるーの④
「劇を観たことはあるのか?」
一悶着のあと、こっそり誰もいないバルコニーで風に当たっていたところを、マチアスに見つかってしまった。
まーたなんか言われるのかな……。
「映画は好きだけど、劇なんて子供の頃自分が端役をやったくらいしか記憶にないです」
「えいが?それがお前の国の娯楽なのか?」
そっか、映画館もテレビもないのかここは。
「そうですけど、もちろん生の演劇舞台が好きって人は元の世界にも沢山いますよ」
「そうか、ならば明日は心して刮目するといい」
ある意味すごいな。この自信は。
「承知しました!楽しみにしてます!」
少しだけ口にしたお酒で酔ってるのかもしれない。
おどけて敬礼をしてみせる。
なーんかこの人と二人だと間が持たなさそうだし、中に戻るか。
そう思って歩きだそうと一歩踏み出した瞬間、よろけてマチアスの腕に庇われてしまった。
色男ってのは匂いまでいいのね。
思わずスンスンと嗅いでしまった。花の匂い?
「おい!!」
我に返ってスリラーのゼロ・グラヴィティよろしく、身体を起き上がらせて距離をとった。
「ご、ごめんなさい!ちょっと酔ってたのかも……」
「女……いや、リリと呼んでやろう。私に触れてなんともないのか?」
「……?いや、別に?」
怪我もしてないし、多少酔ってること以外いつもと変わりない。
「驚いたな……女神というのはあながち嘘ではないのかもしれない」
なんのことか全然話が見えないんですが……。
「私何かしました……?」
「私に触れて、それ以上何もしなかったから驚いているんだ」
「というのは?」
「魔力や魔法の力は制御できるものとできないものがある。私の場合は後者で、異性が触れると離れなくなる」
「……は?」
「人を惑わす魔力が並外れているのだ。だから普通の人間が手を伸ばして届く距離にいようものなら、余程自分を律した人間でない限り、花に寄る虫のように距離を詰めて求めてくるのが普通だ」
すごいよこの人。自分は花でそれ以外の人間を虫に例えたよ。
確かにいい香りはしたけど。
「だから普段は必要以上に異性には近づかないし、劇団員も全員男にしている」
「え!でもすっごい綺麗な女優さんいませんでした……!?」
「女性役も男が演じている」
はぇ〜。宝塚の逆バージョン的な劇団なのか。
改めて女役の役者さんのお姿を間近で見たくなった。
「この体質のせいで幼少期から面倒なことも多く、相手を眠らせる魔法を習得して対処してきた」
「それは……中々に大変でしたね」
男の子でも見ず知らずの女性が急に抱きついてきたりしたら怖いよね……。
マチアスのきっと美しいであろう少年時代に思いを馳せ、同情をする。
「だがこれで一つ希望が生まれた」
「はい?」
「私は創作活動の邪魔をするような女が嫌いなんだ。だからリリ、お前は丁度いい」
「何が?」
「諦めかけていたが、これは神の思し召しかもしれない。私の才能と血を受け継ぐ存在が必要とは思わないか?」
近い近い近い。
さっき「必要以上に異性には近づかない」って言ってなかった?
でも確かにこの人からはなんかよくわからないものが醸し出されているかも……。
いやいやそれより“私の血を受け継ぐ存在”って!?
「心配はするな。ここに戻るのは一年に一度だが、滞在日を多くして朝から晩まで愛してやろう」
怖い怖い怖い。
その拒否権を無視した思考回路が怖い。
「いえ、あの、私たち今日会ったばかりですし……」
「……それもそうか」
そうそう!やっと正気に……
「では手始めに文通はどうだろう?」
きゅ、急に小学生みたいな内容になったな……。落差に風邪引きそう。
「私は国内外も旅をしながら公演をしているからな。手紙とその土地の贈り物を送ろう」
なんか面倒なことになってる気もするけど、文通程度なら許容範囲だ。
案外交渉がうまいなこの男……。
「あの私、長い手紙とか書けませんよ。大体どこにいるかわからないマチアスさんに手紙なんてちゃんと届くんですか?」
「ならば想うだけでいい」
この、どこまでも自信家で美しい男はこう断言した。
「明日の私の姿を恋しく想ってくれればいいさ」
◆◆◆◆◆
息をしたのと拍手したのはどっちが先だったのだろう。
“劇団☆ぶるーの”新作公演は、大成功と言って違いない。
元の世界じゃ2.5次元ミュージカルが流行ってたみたいだけど、これはもう異次元ミュージカルだ。
シャルロットなんて、自作の応援うちわならぬ応援お盆を持ってきていたけど、次は是非私も作ってみたい。
“鏡捨てちゃ駄目ー!”とか“素直になって!”とか、お盆一つじゃ足りないかも。
たしかに「たかが劇」は失言だったと思い直した。
やるじゃん、マチアス。
もう少し長く滞在するのかと思っていたら、劇団は王宮公演の翌日には早くも旅支度を整えていた。
「また12ヶ月後には、この近くの野外舞台で凱旋公演をしに来る」
「じゃあその時は……」
私は言いかけた言葉を引っ込めた。
「こっちから観に行くね」……そんな約束はできない。いつまでこの世界にいるのかもわからないのに。
そんな事情を知る由もないマチアスだが、無理に私の口から続きを聞き出そうとはしてこなかった。
「……まぁいい。昨日約束したとおり、手紙には愛を込めるとしよう」
俯く私の頬に、マチアスの唇が触れる。
思わず声にならない声が喉の奥で鳴った。
そういう軽いノリでの頬へのキスは、日本人には刺激が強いんだって!
それより何より、後ろで一緒に見送りに来ていた、ウィルとシャルロットの反応が怖いんですが……。
「では我が国の女神よ、また逢う日まで」
こうして、マチアス率いる“劇団☆ぶるーの”は嵐のように去っていった。
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