18話 劇団☆ぶるーの③

「これって……」


 およそ全長15cm、スマホくらいの小さな手鏡。

 装飾の特徴も聞いてたものと一致する。


「これ、皆さんが探されていた劇の小道具ですよね……なんで私のポケットに……。わ、私知りません!」


 シャルロットが動揺して声を震わす。


「大丈夫、落ち着いてシャルロット。誰かこれをあなたのポケットに入れるような人物に心当たりはある?」

「……あ……あります」


 俯きながらシャルロットは今日あったことを私に話してくれた。


 話によると、午後洗濯物を取り込んで戻る途中、劇団で大道具の仕事をしているダリオンという男にしつこく付き纏われて、それをあしらったのが原因じゃないかということらしい。

 最初は迷っているのかと思って親切に接していたところ、途中からシャルロットの個室の場所を聞いてきたり、身体を触ってきたのもあって、冷たい態度を取った途端暴言を吐かれたそうだ。


 その男が犯人なら、なんとも巧妙な嫌がらせだ。

 仮にシャルロットがあの会場で鏡をポケットから取り出した場合、男は真っ先にシャルロットが盗み出したと言い出すかもしれない。

 もしくは、パーティーが終わった夜遅く、心当たりである男の元に鏡を戻そうと訪ねたりなんかした場合、そのまま襲われる可能性だってある。


「一番穏便に済ませるために、これは私が預かって、ウィルから王宮内で見つけたことにして貰いましょう」


 これが今思いつくベストだ。

 下手に男を追い詰めたところで、証拠がなければ言い掛かりになってしまう。


 頷くシャルロットから鏡を預かろうとした時、私はある事に気がついた。



 ◆◆◆◆◆



 午前ぶりに会ったマチウスは、腕組みをしたまま少し離れたところで人を凝視したかと思うと、


「うまいこと化けたな」


 そんな褒め言葉なのかなんなのかわからない言葉を投げ掛けてきた。


「マチアス様、小道具の手鏡、こちらで間違いございませんか?」


 ウィルがマチアスに白い布に寝かせた鏡を差し出す。


「ああ。間違いない。どこにあったんだ?」

「あ〜なんか大広間の隅に置かれた資材にまぎれてたみたいですよ」

「……そうか」


 これで一件落着……にしておけばいいのに、思い通りにならなかったことがつまらなかったのだろう。

 近くにいたダリオンが、わざとらしい大声でマチアスに話しかける。


「それなら俺たちが気づきますって団長。やっぱり王宮内の誰かが盗んで、怖くなったから戻したとかじゃないのかぁ?そういえばそこのメイドはウチの劇団のファンなんだってな。俺らの目を盗んで、記念品の一つでも、なんて考えてたりして」


 こんのゲス野郎。

 どうしても真実を暴いてほしいようね。


「なんの根拠もなくウチのメイドを疑うと言うのなら、私が今から一つ余興を披露致します」

「余興……?」


 マチアスが訝しむ。


「また何か面白いものを見せてくれるの?」


 このタイミングで女王がレドモンドさんを従えて現れた。

 その場にいた全員が一斉に頭を下げる。


「いいのよ、楽にして。少し早いけれど、リリ様による明日の舞台の前座といったところかしら」


 余興より少しだけハードルが上がった気もするけど、シャルロットに危害を及ぼそうとしたこの男を、とことん懲らしめてやろうじゃない。



 ◆◆◆◆◆



「まず空のグラスを用意します」


 私はシャルロットに用意して貰ったお盆に乗った3つのワイングラスの内、一つの脚を持って、種も仕掛けもないことを周囲に見せた。


「では、何人かにご協力頂きたいの、今からマチアスさん、ダリオンさん、それからシャルロットの三人に、この一口サイズのチーズをお皿から手に取って食べて貰います」


 シャルロット以外は渋々と言った表情だけど、女王の御前で空気を読んだのか、全員チーズを手にして食べてくれた。


「一体何をするつもりなんだ?」


 せっかちなマチアスを黙らせるように、私は三人に空のグラスを渡す。


「まぁ焦らないで。あ、グラスをそこのテーブルに置いてください」


 次に、回収したコップに化粧筆で白粉をはたいていく。

 化粧筆と白粉はシャルロットが持ってきたのを借りた。

 すると、手についたチーズの油分に反応して、グラスにある形が浮かび上がる。


「最後に、見えやすくするため、この黒い炭入りあぶらとり紙を……こうしてグラスに入れたら完成です」

「これは指の跡……か?」


 マチアスの反応を見る限り、やっぱりこの世界じゃ指紋捜査なんてものはないようだ。


「そうです。私のいた世界では“指紋”と言って、犯罪を暴くために使われる手段の一つです」

「おいおい、これが“余興”か?これがなんだって言うんだ」


 ダリオンが私の方に首を前に出して不遜な態度を取る。


「あなただけなんです」


 私はダリオンの指紋が付いたグラスを持ち上げた。


「ここにある、小道具の鏡に付着した指紋と、ピッタリ一致するのが」


「そ、そんなのは言いがかりだろ!」

「いいえ、三人の指紋をよく見比べてみてください」

「一つだけ……特徴的だな」


 マチアスが気づく。


「そう、マチアスさんとシャルロットは“渦状紋”と言われる、一般的な指紋なのに比べ、ダリオンさんは比較的珍しいとされる“弓状紋”と言う指紋なんです。おそらくここにいる人間全員から指紋を取っても、同じタイプの人は一割いるかいないかです。そもそもタイプが同じでも、指紋が完全に合致することはあり得ません。大道具という仕事柄、指に傷もあるようですね?」


 そう、シャルロットが取り出した鏡の鏡面に付着した指紋が珍しく、傷のような欠けがあることに気づいた時、この方法を思いついた。


 何百何千の中から、指紋の合うたった一人を見つけるのは骨の折れる作業だけど、特徴のある個人の指紋を照らし合わせるのは簡単な話だ。


「あなたは昼間シャルロットに無下にされたことを逆恨みして、飲み物を配っていて両手のふさがった彼女のポケットにこっそり鏡を入れた。ただ、あなたの手にはこの鏡は小さ過ぎたようですね。うっかり鏡面に指紋を付けてしまった」

「うっ……デ!デタラメだ!!そ、そうだ、この女が俺に舞台で使う小道具が欲しいって色目使ってきたんだ……!ハハッ」


 見苦しい……いっそのこと一発ぶん殴ってやろうかと思っていたら、シャルロットが男の前に立ちはだかった。


「あ、あなたは何もわかってらっしゃいません!マチアス様の舞台は何一つ欠けてはならないのです!それがたとえ手鏡ひとつでも、マチアス・ブルーノの物語には必要不可欠であり、その細部にまで私達観客は魅入られるのです!!」


 こんな男見るのも嫌だろうに、余程腹に据えかねたのか、シャルロットの感情が爆発した。


「娘。中々わかっているな」


 マチアスが微笑を見せたかと思った刹那、悪魔のような怖ろしい顔つきに変わった。


「ダリオン、これ以上私の劇団に泥を塗るようであれば即刻去れ。さもなくば、お前の下半身から余計なものを切り取って使い物にできなくしてやる」


 さすが劇作家兼俳優。相手をビビらせる演技(?)の腕もお見事。

 大の大人が震え上がり、情けない声を残して逃げて行ってしまった。


 シャルロットは緊張の糸が切れたのか、フラフラと千鳥足だ。

 肩を掴んで抱き止める。

 偉いよ、よく頑張った。


「ま、まちあすさまがこ、こんな近くに……」


 え!?そっち!??

 なにはともあれ、私にとって大切なメイドに汚名を着せることは防げてよかった。

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