16話 劇団☆ぶるーの①

今日は朝からシャルロットがやけに上機嫌だ。

本人は気づいていないかもしれないけど、私の部屋の窓を開けながら鼻歌を唄っている。


「……随分嬉しそうだけど、何かあるの?」


ハッ!と自分の浮かれ具合を認識し、キョロキョロとあたりに他の人間がいないことを確認してから、こっそり私に耳打ちする。


「実は今日から、私の憧れの方が王宮に滞在されるんです……!」


シャルロットの憧れの人!?

それは是非ともお目にかかりたい。


一体どんな人物なのか尋ねると、シャルロットは早口で捲し立てた。


「王国一の劇作家にして俳優の、マチアス・ブルーノ様です!!“神の創りし最高傑作”と謳われる麗しき容貌に加え、その多彩な才能から作曲・学術・馬術、とにかくありとあらゆる分野で一流と評されながらも、十五の時ご両親の反対を押し切って劇作家としてデビューされました。それから二十年経った今も、観る者を魅了してやまない、演劇界の頂点に君臨される御方です!!」


……すごい熱量。とにかく凄い人なのは十分伝わった。


「その……マチアスさん?はなんで王宮に?」

「リリ様はそういえば初めてでしたね。マチアス様の率いる劇団は、普段他の土地で巡業公演を行っているんですが、年に一度、新作発表の初演は、王宮で披露するのが慣例なんです」

「へー。それで王宮に前乗りってことね」

「お客様をお迎えする西の宮は私の担当ではありませんが、マチアス様と同じ空気を数日間吸えるだけでなく、初演が観れるのはここで働く者にとっての特権です……!!」


前にシャルロットは王宮で働くことが好きだと言っていたけど、そういう理由もあったのか。


元の世界で部下だった田所も、休みの日はアイドル追っかけてたみたいだから、自分の推しが一日警察署長やるのを仕事しつつ間近で見れるのと感覚的には似てるのかな?


何はともあれ、娯楽が増えるのは歓迎だ。


「今日は長旅の疲れがあると思われるので、食事はゲストルームで召し上がって頂く予定ですが、明日は立食形式の歓迎会が開かれると思いますよ」

「それって……」

「もちろん!劇の成功を疑う余地はございませんが、女神であるリリ様にも是非出席して頂きます!!」


あ、圧がいつも以上に強い……。

ここは大人しく従って、当日静かに隅っこでやり過ごそう……。



◆◆◆◆◆



翌日。

ガイとの朝の日課を終え、大広間の前を通ると、いつもより賑やかな声が聞こえる。


そういえば本番は大広間に設営された舞台で披露されるってシャルロットが言ってたから、その準備とリハーサルをしているのだろう。

にしても、扉の外にいる人もいつもより多いような。

そう思っていると、見慣れた顔が姿を現した。


「ウィル!」


同じ制服を着た隣の男性と何やら話していたところを、思わず声を掛けてしまった。


「リリ様、おはようございます!」


例えるなら、“爽やかが服着て歩いている”だろう。

なのに私ってば運動後で汗かいてるだろうし、髪もぐしゃぐしゃで、今更ながら後悔してきた……。

それでも偶然会ってしまったなら仕方がない。


「今日は王宮内で仕事?」

「はい。正確には昨日からなんですが、“劇団☆ぶるーの”の皆さんの護衛と、舞台セットに万が一のことがないよう、王宮騎士団の団員で警備を強化しているんです。なにせ初演を観たいというファンは国中にいますからね。侵入者等が現れないとも言い切れないんですよ」

「たかが劇にそこまで……」

「女。聞き捨てならない台詞だ」


芸術にてんで疎い私のうっかり発言を、咎める声が響き渡る。


誇張じゃなく、“響く”という表現がぴったりなほど、大広間から姿を見せたその人物の声は、張りのある美声だった。


それでいて容姿は片側に寄せて結わえられた銀髪も相まって、中性的な天女のような美しさだ。イケメンを見慣れた私ですら驚愕して言葉を一瞬失ってしまった。


ああ。間違いなくこの人が“マチアス・ブルーノ”その人だろう。


「あっ……大変失礼なことを申し上げてすみません!王宮に住まわせて貰っているリリと申します」

「フンっ。噂の女神というのがお前か。大したことないな」


下げた頭の上から容赦ない言葉が降ってくる。


「この私を刺激するほどの女神であるなら敬意を払うに値するが、身だしなみも人並み以下で、芸術に理解のないただのお飾りのようだな。忙しいので私はこれにて失礼する」


そこまで言う必要ある!?ってくらいこき下ろされ、見た目はともかく、マチアスに対する私の中の第一印象は最悪なものになった。



◆◆◆◆◆



「偏屈で有名なんで、あんまり気にしないほうがいいですよ」


怪我の功名と言うべきか……マチアスが去った後、警備の確認を済ませたウィルがランチに誘ってくれた。


着替えを素早く済ませ、連れて来られた店は、ログハウス風の見た目で、壁には木で作られたボックス席、中央には大きな酒樽のようなテーブルがいくつもあり、西部劇の酒場として出てくるサルーンのような場所だった。


「そうだ、ミアは元気?」

「おかげさまで。あの時のことはよく覚えてないみたいで、毎日元気すぎるくらいです」

「そっかぁ。また一緒に遊び……」

「うぉーい!注文いいかー?」


私の頭を飛び越えるかのような声量で、後ろの席のガラガラ声のおじさんが店員を呼ぶ。

その後もひっきりなしに注文が飛び交い、威勢のいい店員の声がその注文を奥のキッチンへ通す。


「おやウィル坊!彼女連れかい?」

「坊はよしてください。それに彼女じゃありません。これでも仕事中なんです」


女将さんのような店のおばちゃんに、ウィルが即答する。


……地味に今日二度目のダメージ。


まぁそうなんたけど、こうもはっきり否定されると意外と傷つくもんだ。


「店選び失敗したかもしれません……。料理は美味いんですけど、落ち着かないですよね。すみません」

「ううん!気分転換にもなるし、こういうあったかい雰囲気のお店好きだよ。今日はまだ明るいし、ウィルも仕事あるだろうからお酒は飲めないけど、次は夜お酒飲みに来たりしたいな」

「いいですね。酔わない程度に付き合いますよ。それと……」

「それと?」

「下ろした髪、お似合いです」

「!」

「……道中言いそびれました」


ほんのちょっとだけ期待してた言葉が貰えて、それまでのダメージなんて嘘みたいに回復してしまった。


照れ笑いするウィルにつられて、私も笑い返す。


私がどんな人間か、知らないから知りたいと言ってくれたこの人に、ありのままの自分をもっと知ってほしいと、改めて強く思った。

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