15話 危険なお菓子③

「ガイ!」

「リリ様?お一人ですか!?」


 用具入れの扉越しにガイに話し掛けた。


「一人で戻って来ちゃったけど、あのお菓子効力に時間があって、もうさっきみたいにはならないらしいから、出てきて大丈夫だよ」

「……本当ですか?」


 う、疑ってる……。

 大丈夫とは言ったものの、私にも確証はない。


「お姿を見ないよう目を瞑って出るので、ここにあるロープで念のため俺の手足を縛ってください」


 ガイからの提案に、ぎょっとはしたものの、それでガイが安心できるのなら仕方がない。


 まさか人生で手錠をかけることはあっても、成人男性を縛ることになるとは思いもよらなかった……。



 ◆◆◆◆◆



「お前ら何してんだ…?」


 ジュードがマイペースに戻って来た頃には、体育座りで手足を縛られたガイが完成していた。

 これで手も足も出るまい。


「よーし、じゃあ目を開けていいよ」


 そう促すと、猫みたいに切れ長のガイの両目が見開かれた。


「どう?」

「……さっきみたいな衝動的な感情はないです」

「よかった!」

「念のため軽く俺に触って貰ってもいいですか?」

「……腹筋?」

「手にしといてください」


 差し出された両手を、ついうっかり両手で握り返してしまった。

 自分の能力をすっかり忘れて……あれ?


「どうかしましたか?」

「な、なんでもなーい!なんか平気そうだね!よかったよかった!!」


 パッと手を離して、縄を解いていく。


「ところでお二人はどこに行ってらしたんですか?」

「あ、昨日ガイが会ったっていう薬師のイザベラさんのところ!なんか頼まれて作ったアイテムの試作品だったらしいよ、あのお菓子。ジュード……まさかあのお菓子貰ってたんじゃ……」

「バーカ。そんなのに頼んなきゃいけないほど困ってねーよ。それよりお前、昨日栗毛の女に会ったんじゃないか?」


 ジュードが腕組みをしながら、偉そうな態度でガイに尋ねる。


「栗毛……?あぁ、それなら昨日の夜、部屋の鍵が掛からないと住み込みメイドがやって来ました。なので俺の部屋の鍵を代わりに取り付けて戻りましたが……それが何か?」

「……なるほどね、折角取った休みも無駄になったってことか」


 合点のいった表情してるけど、いまいち話が見えない。


 栗毛……?そういえばさっきイザベラさんの家を飛び出していった女の人も……。


「昨日会ったメイドが何か関係してるんですか?」

「すべての元凶は鈍感な犬のせいってこった。あとは自分で考えな」


 思わせぶりな台詞を残して、結局ジュードはその日王宮に戻って来なかった。


 しかしそれとは別に、少し遅い昼食の時間に、今日の出来事の欠けたピースが揃うことになる。



 ◆◆◆◆◆



「今日、休みのメイドの分も仕事があるので、北の宮にいる時間が多くなりそうです」


 昼食の準備をするシャルロットの話によると、メイドは月に数回、ローテーションで休みの日があり、担当している場所をその日は代理で他のメイドが掃除したりするらしい。


 私が普段いるのが東の宮。

 この日休みを申請したのは北の宮を担当しているメイドだと言っていた。


「そのメイドさんって、髪が肩くらいの長さで、栗色だったりする?」

「そうですけど?」

「……なんか最近悩んでた?」

「そうですねぇ。あ、そういえば薬師のイザベラ様に何か薬のようなものを貰っていたのをこの間見ました。体調が思わしくないんでしょうかね?」


 やっぱり、十中八九“惚れさせ薬”の依頼主はそのメイドだろう。


 彼女はあらかじめ休みを取るくらい周到に、意中の相手であるガイを、口実を使って自分の部屋に呼んだ。

 おそらく直前に“惚れさせ薬”入りのチョコを自分で食べてたんだろうけど、なぜかガイには全く効かず、その夜は何も起こらなかった。


 そのまま彼女はイザベラさんのところに行き、薬が効かなかったことなんかを問い質した後、なんやかんや……そうだな、マイルドな表現をすると“慰めて”貰って、あの場で私たちに出くわしてしまった……というのが大筋だろう。


「そう言えば、リリ様お誕生日はいつですか?」


 急な話題の方向転換だな、と思いつつも、


「10月10日だよ。どうして?」


 この世界だと大体一ヶ月前に過ぎ去った日付を答える。


「この間ガイに聞かれたんです。私もすっかり聞くのを忘れていたので、盛大にお祝いしたかったのですが、一ヶ月前だとこちらにいらしてすぐの頃ですね。お祝いしそびれて申し訳ございません」

「ううん、もうお誕生日パーティーっていう年齢でもないし、気にしないで!」

「そうですか……。それにしてもガイって他人に興味なさそうなのに、意外ですよね。私はタイプじゃないんですけど、メイド仲間の中には、こっそり狙ってる子も多いんですよ」


 まーあの腕に守られたい……!ってメイドさん達の気持ちはわからなくもない。


 恐らく王宮に来て、一番見知った人間が私だからという理由で、今日うっかり視えた【追体験】が笑ってる自分の姿だったことは、この胸に閉まっておくとしよう。


 こうして、長いようで短い王宮での騒動は無事解決した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る