14話 危険なお菓子②

 執事長のロイヤーさんに、薬師さんの居所を聞きに行くと、なんでも普段は離れの研究所兼自室に籠もっていることが多いらしい。


「王宮ともなると専属の薬師に部屋まで与えるんだな」


 離れに向かう途中、ジュードが呟いた。


「前にメイドのシャルロットが教えてくれたんだけど、王宮には生まれつき呼吸機能の弱い王子様がいて、今の季節は空気の澄んだ山にある保養所で過ごしてるんだって。で、その王子様が飲む薬を処方してるのが、今会いに向ってる王宮薬師のイザベラさん。成長に合わせて処方も変えないとだから、王宮にいて貰ったほうが何かと都合がいいらしいよ。王宮で働いてる人たちも頼めば頭痛薬とか処方して貰えるみたいだし」

「なるほどね」


 そうこう話している内に、王宮の北側の離れに辿り着いた。


 見た目は童話に出てきそうな、レンガで作られた煙突付きの小さな家だ。

 梟のオーナメントに吊り下がった、鉄製の丸い輪っかで扉を数回ノックする。


「……どなた?」


 扉の向こうから気だるげな女性の声がした。


「あのー……リリという者ですが、イザベラさんでしょうか?少々お尋ねしたいことがありまして……」

「リリさん?……ああ!噂の女神様でいらっしゃいますね。少々お待ちくださいまし」


 足音が遠ざかり、代わりに椅子や物を動かす音が聞こえてくる。


 突然人が来たんだからしょうがない。


 田舎から親が急に来た時の私と同じだ、と、まだ会ってもいないイザベラさんに早くも親近感が湧いてしまった。


「生活はだらしなくても、イイ女の予感がする」


 いつものニヤけ顔が戻ってきた。

 なんかイラついたから、とりあえず足でも踏んづけておこう。


「イテッ!妬いてんのか?」

「まさか」


 おめでたい勘違いだ。


「お待たせしました」


 悔しいけどジュードの勘は的中してた。

 まるでビロードのような、前下がりで切り揃えられた深く濃い真紅の髪にまず目を奪われる。

 そして寝起きだったのだろうか。肩に申し訳程度にストールを羽織ってはいるが、胸元が大胆な薄手のネグリジェ姿で彼女は姿を現した。


 しまった。男性が一緒だということを伝えていなかった。

 さぞ恥ずかしい思いをさせて……


「失礼しますっ……!///」


 私より背の高い彼女の後ろを、若い別の女性が着の身着のまま通り去って行った。

 ん??今のは何事??


「さ、片付きましたので中へどうぞ」


 もしやとんでもないタイミングでやって来てしまったのではないかと、グルグルと色んな想像が頭を駆け巡る。

 男性を前に照れる素振りもなく、透明人間扱いの隣の男からは、さっきまでのやる気は全く感じられなくなっていた。


「お忙しいところ突然すみません。先月から王宮に住まわせて貰っている、リリと申します。で、こっちは……」

「ジュードだ」


 駄目だ、こいつ完全にやる気を失ってる。


「わざわざお越し頂いて恐縮ですわ。近頃は薬草研究に没頭していて、挨拶に伺うタイミングもなく……」

「いえいえ!こちらこそ!!」


 透明なティーカップに、ハーブティーのような紅茶を淹れながら、イザベラさんはバツの悪そうな表情を浮かべた


 私よりほんの少し年上っぽい雰囲気だけど、会って早々年齢を聞くのは失礼だろう。


「それで、私に聞きたいことというのは?」


 部屋にある実験室のような一角についてもあれこれ聞きたい気持ちを抑え、本題に入る。


「昨日、庭師としてこの王宮で働いているガイという青年に、何か渡しませんでしたか?」

「昨日?あぁ、あの庭師にしては屈強そうな男性ですね。とある方から依頼で作った“惚れさせ薬”を含有したチョコを、余ってたので差し上げました」

「“惚れさせ薬”!?」

「はい。口にすると、一時的にですが見た者が魅了される魔力のあるお菓子です。限定的にしか効かない上に、効力も数分なので、使いどころは限られてしまいますが……」

「そんな危険なものを配ってたんですか!?」

「犯罪に使うような代物ではございませんのでご安心を。限定的と言いましたでしょ?誰彼構わず惚れさせるわけではなく、両思いの恋人同士で使えば、いつもより情熱的な夜を過ごせるアイテムとして改良中です♡」


 いや、十分危ないでしょ!実際私危ない目に遭ってるわけだし!!

 むしろ食べたのが私でよかったと考えるべきか……。


「それで、あのお菓子がどうかしました?」

「その……詳しい効能について知らなかった私が今朝一つ食べてしまって、ガイの様子がおかしかったので調べに来た、というわけです」

「……なるほど、そういうことですか」


 イザベラさんは唇に指を添えて妖艶に微笑んだ。


「さっきの話だと、効果は一時的なものなんですよね!」

「はい。体質にもよりますが、昨日お渡ししたものだと、長く保って一時間といったところですかね」


 それならもう効力が切れててもおかしくない時間はとうに経過している。


「用具入れに閉じ込めたままなので、今日は失礼しますね!お茶、ご馳走さまでした!!」

「あらそうですか?またいつでも遊びにいらしてください」


 ジュードを置き去りにして、私はイザベラさんの住まう離れから、庭の用具入れに一目散に駆け出した。

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