13話 危険なお菓子①

「もー!手加減はなしって言ったでしょ?」

「そうは言っても……俺もまだ命は惜しいので」


 すっかり朝の日課になったガイとの軽い運動(王宮内のマラソン+筋トレ+組み手)だけど、こうして回を重ねれば重ねるほど、ガイの強さをひしひしと感じる。


 元々趣味で空手とテコンドーも噛じってたから、それなりに強い相手と手合わせしたこともあるけど、潜在能力の高さはこれまで会った人の中でもピカイチだ。


 まず体幹の良さが人並み外れている。

 それでいて生まれ持った手足の長さ。

 今からルール叩き込んで年末の格闘技イベントに参戦させたいくらいだけど、残念ながらこっちの世界にはそんな催しないのよね。

 セコンドで声援を送る妄想は儚くも散った。


「大体、軽い運動ならわかりますけど、そこまで強くなる必要はないのでは……」

「なんで?私の相手が嫌になった?」

「そうじゃないです。リリ様のいた世界ではどうかは知りませんが、こっちじゃ普通女性は格闘技なんか嗜みません。ましてや女神というお立場なら、周りが守ってくれま……痛ッ」


 ガイが言い終わる前に、渾身の力を込めたデコピンをしてやった。


「少なくとも私は、自分のことは自分で守れる女になりたいの!」


 そうでなきゃ他人を守ることはできない。

 これは元の世界で刑事だった自分の矜持だ。


「……リリ様のそういうところ……」

「そういうところ……?なに?」

「いや、なんでもないです」


 ちょっと笑ってた気もしたけど、相変わらずガイの表情筋は固い。

 ほぼ毎日顔を合わせるようになったけど、驚いた顔とか照れた顔とかもいつか見せてくれるのかしら。


「しっかしホントに綺麗な筋肉してて羨ましい!普段トレーニング何してるの?」


 表情以外にも私の興味は尽きない。

 ガイの鋼のような腹筋を、指先で軽く押すように触る。

 ……ここはダメ元でお願いしてみよう。


「めくって見てもいい?」

「……勘弁してください」


 うっ、やっぱり駄目か。

 実は昔から筋肉フェチなところがある。

 でもよく考えてみればセクハラだよね。自重自重。


「ん?なにこれ」


 ガイのスボンのポケットから、巾着の紐のようなものが垂れ下がっていた。


「あ、なんか昨日庭で仕事してたらここの薬師の人に貰って……」

「何を?」

「えっと……確か『どんな相手もイチコロ』とかなんとか……」

「なにそれ!どんな相手も一撃で殺せる的な!?やばいプロテイン?」

「なんですか、そのプロテインって……。無理矢理押し付けられたんで、後で捨てるつもりでした」

「ええ〜それなら私試してみるよ!すっごく強くなったらガイも本気で相手しなきゃならなくなるだろうし」

「本気ですか……」


 取り出した小さな小袋の中には、コーティングされた一口サイズのチョコみたいなものが三粒入っていた。


「なんかお菓子っぽいし、こんな小さいので効くのかなぁ」


 少々疑いつつも、摘んで一つ口にしてみた。

 ちょっと苦味もあるけど、芳醇な香りのある、とろっとしたチョコだな、これは。


「大丈夫ですか?」


 ガイが不安そうに聞いてくる。


「うん、全然問題なし」


 身体に変化もなさそうだし、ガイってばその薬師に騙されたんじゃない?と、言おうとしたその時だった。


「ガイ……?」

「ちょっ……すみません、俺から離れて貰えますか?」


 ガイが手で顔を覆いながら、反対側の手で距離を取ろうとする。


「でも、」


 更に一歩近づいた瞬間、手首を引き込まれ、いつの間にか芝生に背中を預ける状態になっていた。


 イ、イチコロにされるのは私!?


 アッシュグレーの髪が額に触れそうなほど近づく。


 まさかの事態に、何がなにやら考える暇もなく、私はピンチに立たされ……いや、押し倒されていた。



 ◆◆◆◆◆



 暴漢に押し倒された場合、まず取る行動は何か。


 ①金的

 ②股くぐり

 ③耳を引っ張る


 よ、よしここは③でいこう!

 千切る覚悟でいかないとだから、千切れたらごめん!!


 ガイの耳に手を伸ばしたその時だった。


「リリ〜。今日昼飯一緒に食わない……か?」


 いつもはうざいこの男の存在が、今日だけは天からの蜘蛛の糸のように感じて、縋る思いで目を合わせる。


「ジュード」と名前を呼ぶより先に、ジュードがガイの脇腹を蹴飛ばしていた。


 ガイが勢いよく仰向けに倒れるなり、前髪を掴んでメンチを切る。


「おい、女神サマの番犬が主人に盛ってんじゃねぇよ」

「ちょ、ちょーっと待った!!」


 これでガイがジュードに手を出したら今度は強制労働どころでは済まされない。

 ガイを背に、庇うように間に割って入った。

 な、なんて説明しよう。


「リリ様……お願いがあります……」


 熱い吐息が首筋にかかる。

 何か見えない敵と必死に闘っているような切迫感を、声から感じ取れた。

 左肩にずしりとガイの額の重みと熱が重なる。


「俺に目隠しするか、今すぐ視界に入らない場所へ避難してください……」



 ◆◆◆◆◆



「とりあえず用具入れに放っぽってきたぜ」


 ジュードに中で待つように言われ、庭から一番近い応接室で待つこと数分。


 戻ってきたジュードは、まるで掃除用具を片付けてきたような口ぶりで私に報告をした。


「ガイは何か言ってた!?」

「あーそれだけどな、お前なんか食べただろ」

「あ……!」


 ガイが貰ったと言ってたあのお菓子。

 確かにあれを食べた後からガイの様子がおかしかった。


「でも食べたのは私なのに……」

「薬師に貰ったんだろ。とりあえずその薬師に何作ったか聞きに行くぞ」


 わざわざ付き合ってくれるんだ……なぜかちょっとだけ心強いと思ってしまった。


「?……行かないのか?」

「い、行くわよ!」


 かくして、ジュードと二人、謎のお菓子の正体を探るミッションが始まったのである。





◆◆◆お礼・お願い◆◆◆

最新話まで読んでくださり、ありがとうございます。

「もっと続きを読みたい!」

「リリとイケメンたちのキュンとする展開を見たい!」

と思ってくださいましたら、

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