11話 湖畔のひととき
晩餐会の日から早数日。
あの日は結局残った人たちで談話室に移り、食べ損ねたデザートとお酒を飲んでお喋りして解散となった。
マルコからは延々なぞなぞ勝負を挑まれるし、楽しさよりも疲れが勝ったな……。
今日はいいお天気だし、どこかに気分転換でもしに行こうかな。
朝食の前にシャルロットへ言伝をお願いする。
そう、この国で遠出するには、王宮騎士団団長、ウィリアム・ブランシェットの協力が必要なのだ。
昼過ぎでいいと行ったのに、午前中にはもう来てくれた。
こういうとこ、真面目だよなぁ。
「遠出ですか?あ、それなら今日娘がピクニックに行くらしいんで、一緒に行きません?」
ピクニック……なんとも懐かしい響きだ。
「いや、でもそれなら家族水入らずで……」
そう言い掛けたところで、
「ミアも本物の女神様に会ってみたいって言ってたんです!喜ぶだろうな〜」
娘の喜ぶさまを想像したのか、目の前の親バカは満面の笑みを向けてきた。
そうか、この国では女神様ってお伽話にされるような存在で、夢の国のプリンセス的なアレなのか。そうまで言われると断りづらい。
まぁウィルの家族にもちょっと興味あるし、お言葉に甘えさせて貰うことにした。
◆◆◆◆◆
「ミア・ブランシェット、3さいです!」
ウィルの娘のミアは、キラキラとしたルビーのような瞳と、細く透き通るプラチナブロンドが天使みたく可愛い女の子だった。
思わず「うっ、まぶし……!」って声をあげそうになる。
この世に蔓延るありとあらゆる悪いものから守ってあげたい。
「はじめまして。リリお姉さんだよ〜」
「女神様ですか!?」
「あ、うん……一応?」
「っ〜〜〜すっごーい!すごい!女神様だー!!」
私に女神のアイデンティティがなさ過ぎてごめんよ……。
でも、これだけ喜んで貰えるなら来た甲斐があったかな。
森っていうかこんな樹海に。
「も〜お兄ちゃん急過ぎるよ。サンドイッチお兄ちゃんの分ないからね」
そしてこちらはと言うと、ウィルの妹さん。
「お目にかかれて光栄です。妹のリーゼと申します」
髪の色がウィルそっくりだ。
背も高くてスレンダーだし、スポーツとか得意そう。
競争だと言って先に森の奥へかけて行ったウィルとミアの後ろ姿を追いながら、気になったことを早速聞いてみた。
「あの……今日ミアちゃんのお母さんは?」
「やだ、お兄ちゃんってば何も説明してないんですね。……実はミアは、お兄ちゃんが遠征先で仕事中に見つけた孤児なんです」
おっと……情報が混乱しているぞ。
ミアちゃんが孤児で、それはつまりウィルと血が繋がっていなくて、奥さんはいない……?
「お兄ちゃんずっと一人だし、私は仕事が踊り子だから、こうして昼間に面倒を見てあげてるんですけど、女神様のお陰で前より一緒の時間が増えて、ミアもとっても喜んでいるんですよ」
屈託のない笑顔は、髪色よりもウィルとそっくりだった。
お仕事が踊り子さんかぁ……納得のスタイルだわ。
そして落ち着くんだ私、ウィルが独身だからと浮かれちゃいけない。
もはや「推し俳優に似てる人が身近にいて眼福眼福」という悟りの境地で接していたのに、急に浮かれていいわけがない。
妹さんが知らないだけでこっそり彼女がいる可能性だって大いにあるわけで。
「おーい、そこの湖の近くでお昼にしよう!」
く〜〜〜っ!笑顔がいつにも増して輝いて見えるのはなぜだろう。
邪な考えに、心穏やかでいられない私のドキドキピクニックは、こうして始まったのであった。
◆◆◆◆◆
「うわぁ」
思わず声をあげてしまうほど、樹海みたいな森を30分ほど歩いた先は、神秘的な美しい湖畔だった。
本物の女神様が金と銀の斧持って今にも出てきそう。
敷布を広げ、リーゼが手に持ってたバスケットの中を開けると、色とりどりのサンドイッチがぎっしり詰まっていた。
「おいしそー!」
こういう手掴みでガッといける食事は王宮ではお菓子以外出てこないから、久々に思い出す。
張り込みで食べてたサンドイッチとあんぱんを。
「こんなものしか用意できなくてごめんなさい」
「そんなことないです!私の方こそ突然やって来といて図々しくご相伴に預かってすみません!あ、これよかったら……」
バツの悪そうなリーゼに、シャルロットが持たせてくれた、焼菓子の詰め合わせを差し出す。
こういうところにまで気が回って、若いのに優秀なメイドだ。
「おいしそ〜!」
ミアが焼菓子を覗き込んで、大きな瞳を更に丸く見開いた。
「ご飯食べたらみんなで食べようね」
「うん!」
普段そんなに子どもに接してこなかったからか、天真爛漫を絵に描いたようなミアの一挙手一投足が可愛く映る。
こんな可愛い子を森に捨てるなんて、ミアを捨てた産みの親はどんな理由であれ許せるものじゃない。
ただ、今この子の幸せそうな笑顔があるのは、ウィルとリーゼがいたからだろう。
そう考えると、今こうしている時間が、沢山の優しさで成り立った奇跡のようなものにも感じられて、心満たされるひとときとなった。
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