10話 女王の晩餐会<後編>
マルコと名乗った男は、忙しなくその場をぐるぐると歩きながら、眉間に手をやり語りだした。
「んーっ、なんとも悲しい事件が起きてしまいましたな。神の目は欺けても、このマルコの目は誤魔化せませんぞ。先程エミリー様が倒れた際、私は拾ってしまったのです」
「それは……?」
好奇心旺盛なホーエンシュタウン伯爵夫人が尋ねると、マルコは粉薬と思われる包み紙を手にしてこう言った。
「おそらく…毒、かと」
「まぁ……!」
期待通りの反応と言っていいのだろう。
夫人のリアクションに勢いづいたマルコは、完全に調子に乗ってしまった。
「まだ本当の恋も知らぬエミリー様……。親子ほど歳の離れた夫と添い遂げる覚悟が彼女にはなかったのでしょうな。結婚してからも慣れぬ生活で病んでしまった彼女は暴飲暴食に走り、以前よりだいぶふくよかな姿になられました。そんなご自分の心と体、そして将来を悲観して、今日この場で毒をあおり……」
流石にこのままマルコ劇場をやらせるのは良くない気がしてきた。
私は居ても立っても居られず、口を挟んだ。
「でもその薬、飲んだ形跡ありませんよね?」
びっくりして魚みたいな顔をしたマルコが反論をしてくる。
「お、恐らくこれ以外にも毒を用意していたのですよ。万が一のために」
「いいえ、もしかしたら“ただの薬”はまだ持っていらっしゃるかもしれませんが、毒ではありません」
「おや、女神様……では貴女はこの事件の真相がおわかりになると?」
急に強気な態度とってきたけど、だからこれ事件じゃないってば。
こうなったら仕方がない。
「……これは推測ですが、エミリー様のお腹には赤ちゃんがいると思われます」
彼女に手を握られた時、妊娠に関する本と、素直に喜べない複雑な思いが“視えた”。
「まぁ大体は……女の勘、と言っておきますが、あえて根拠を話すのであれば、エミリー様が先程まで食べていた料理でしょうか」
「ムニエルがどうかしたのかしら……?」
女王がテーブルの上を見て質問をする。
「正確にはムニエルではなく、添えられていたレモンの輪切りです。こちらの世界でどうかは知りませんが、私の国では妊娠すると味覚が変わり、梅干しやレモンといった酸っぱいものが欲しくなるんです」
「あら、エミリー様のお皿にあったレモン、ほとんど食べられているわ……」
「コルセットの締め付けもあるでしょうが、目眩や吐き気を我慢する中、少しでも気分を紛らわせたくて口にしたんでしょうね」
「じゃあお持ちになっていたという薬は……」
「胃腸薬か痛み止めかはわかりませんが、妊娠を知らないメイドか誰かが持たせてくれたのでしょう。だけど飲まなかったのは、彼女自身、妊娠に薄々気づいていたから……と、言うのがあくまで私の見解です。なんならその薬、飲んでみても構いませんよ」
少し挑発し過ぎたかな。
マルコは悔しそうにこちらを睨んできた。
まぁ、納得して貰うには確たる証拠もなく弱いかもだけど、毒による自殺なんて後味悪すぎでしょ。
「流石はリリ様。相変わらず素晴らしい洞察力ですね。丁度お誂え向きな魔法を持つ者がいることですし、ついでに答え合わせと参りましょうか」
魔法?答え合わせ?
女王の思いもよらぬ提案に、私の頭の中は疑問符が飛び交った。
◆◆◆◆◆
【
ジュードがそう唱えると、エミリーの身体が一瞬微かに光った。
「間違いないな。いるぜ、赤ん坊」
こっちに来て召喚士のファイさん以外で初めて魔法らしい魔法を見た。
改めてファンタジーだわ、この世界。
「流石はハッサム家のご長男。私も今度隅々まで診てもらいたいものです」
ホーエンシュタウン伯爵があからさまにゴマをすり始めた。
どういうことかと言うと、なんでもジュードの家は代々医療に長けた魔法を使う一族らしく、その力で今の爵位も手に入れたらしい。
病気の早期発見ができるなら、健康志向の強いお金持ちはいくらでもお金払いそうだもんなぁ。
身体に影響のない軽い回復魔法も使えるようで、客間のベッドで休んでいたエミリーの意識が回復した。
「なんで黙ってたのよ」
小声でジュードに詰問すると、
「タダ働きはごめんだし、ほんとに毒ならやってたさ」
やっぱり毒だなんてこれっぽっちも思ってなかったってわけね。
「エミリー……なぜ、そのようなことを黙っていたのだ?」
ディートリッヒがエミリーの手を握りながら優しく問い掛ける。
「申し訳ございません……ディートリッヒ様。わたくし、怖くなってしまったの」
「妊娠したかもしれないことにか?」
エミリーは小さく頭を振った。
「最初はそう思って、こっそり妊娠に関する本を読んだりしていたのですが……この不安な気持ちは、もっと別の理由だと気づいてしまいました。結婚したばかりで、こんなにも早く授かると思っていなかったから、妊娠中気持ちがわたくしから離れていってしまったらどうしよう……と」
なるほど。妊娠中の浮気ってよく聞くもんなぁ。
そりゃあ奥さんとして不安になるのは当然かもしれない。結婚したばかりなら尚更だ。
「馬鹿者……ッ!!」
人目を憚らず、ディートリッヒさんは声を荒らげた。
この人こんなボリュームの声出せたのね……。
「お前と……お前の子だけを、これから我が一生をかけて幸せにしたいのだ。愛している、エミリー」
涙を滲ませるエミリーの手に己の額を寄せて、疑いようのない愛の告白を聞かされることになった。
もう何も心配はいらないことを確認して、私たちは客間を後にした。
ああして見ると結構お似合いの夫婦じゃない。
「あーあ、飯も途中だし、結局タダ働きかよ。せめていい酒飲んでから帰るとするか」
ジュードが大袈裟に不満を漏らす。
「……ほんの少しなら褒めてやってもいいわよ。面白い魔法も見れたし」
気の迷いでこの男に飴をやったのが間違いだった。
急にニヤニヤと身体を近づけ、耳元で囁く。
「俺の魔法、色んな使い道があるんだぜ。試してみる?」
「……最っ低ー」
この男の発言は、悪い意味で私を脱力させる。
ドレスの裾を持ち上げて早歩きをし、その日完全に無視したことは言うまでもない。
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