06話 新月の審判③
「女王の姪で法律を勉強中なんです!」
そんなどこかで誰かが言ったようなデマカセを、今度は逆に利用させて貰った。
私ひとりなら門前払いだっただろうに、騎士団長というのはちょっとした有名人のようで、ウィルの口添えで私の嘘もアッサリ信用された。
ウィルと二人で訪れた例の四人目、ガイが働いていたロックフォード家の屋敷は、二階建てのアパート一棟くらいの大きさだったけど、足を踏み入れた瞬間床が軋み、かなり老朽化が進んでいるようだ。
「申し訳ありませんが、これから仕事のため、私は不在となりますが、何かあればメイドのライラにお尋ねください」
主人であるインテリ眼鏡なハイネ・ロックフォード男爵はそう言って忙しなく家を後にした。
「なにかわからねことあったらなんでも聞いてください。わたしは坊ちゃんの食事の準備してますんで」
「あ、どうぞお構いなく〜」
メイドのライラさんは相当なお年だ。
そのため、この家の掃除や力仕事は全部ガイがやっていたらしい。
大きさだけなら王宮のとさほど変わらない、見上げるほど立派な中央階段を上る。
急に家の手入れが行き届かなくなったのだろう。
書斎のある2階の事件現場の窓枠には、埃が積もっていた。
(に、しても廊下と比べてここだけ埃が厚い。床に平積みの本の山も埃だらけだし、元々ここには誰も入れてなかった……?ん?この本だけなんで……)
「何か発見できましたか?探偵さん?」
ウィルが面白がって聞いてくる。
床で割れたままのティーカップと、平積みの埃を被った本、ガラス戸にはかろうじて難を逃れたティーカップ。
戸棚は左右に開くタイプで、とくに右側の被害が大きい。
「うわ、懐かしいな。これ俺が小さい時読んだ昆虫図鑑ですよ」
今度はウィルが平積みにされた本をひょいと手に取る。こういうところは意外と子供っぽい。
「あ!だーめだめ、現場はなるべく勝手に触らな……ん?」
私が床に重ねられた本に注目をした、その時だった。
――キィ
と、軋む音がして入り口の扉に振り向くと、小学校低学年くらいだろうか。
随分可愛い男の子がこちらを扉の陰から覗いていた。
この家の一人息子のリュミエールだとすぐ察しがついたが、どこか怯えている風にも見える。
こっちが声を掛けるより前に、パタパタと走り去ってしまった。
「あ、ちょっと!」
反射的に年端も行かぬ子供を追いかける形になってるけど、これってセーフだよね?
階段を勢いよく降り始めた少年を先回ろうと、手すりに腰掛け、滑り台の要領で一階に華麗に着地した。
くぅーこういうの久々……!
ドヤ顔を決め、下で待ち構えていると、呆気にとられた表情の少年は、残り数段というところで足を踏み外して落下。私の真上に。
派手に尻餅をついたけど、丁度いいところに私がいて良かった、本当に。
「急に追いかけてごめんね。怪我はない?」
頭や肩を順番に確認していくと、バシッと手を弾かれた。
その瞬間、私のこの世界での能力が確信に変わる。
何かを心に秘めた相手の手に触れると、それを【追体験】できる力。
三度目の【追体験】は、この事件の真相を解き明かすものだった。
◆◆◆◆◆
それから更に数日後。
“新月の審判”が行われる王立裁判所へ向かう馬車の中、護衛として同乗したウィルが今日の審判官についてざっくり教えてくれた。
今日参加する審判官は全部で5人。
女神である私と、クレア女王、それから王宮のある王土以外の主たる3つの領地を管理する、通称“御三家”と呼ばれる貴族の代表者が出席するのが通例らしい。
考え事をしてて話半分でしか聞いてなかったけど、きっと偉そうなおじさん達が来るのだろう。
一回大きなヤマでポカやって、本庁の査問委員会に呼ばれたことがあるけど、あんな雰囲気だったら嫌だな〜。まぁ、今回私が査問する側なんだけど。
「着きましたよ」
ウィルが先に馬車から降りてエスコートしてくれる。
なんてほっとする笑顔だろう。
シャルロットをこっそり実験台に試してみてわかったことだけど、どうやら私の不思議な能力【追体験】は、左手だと発動しないようだ。
今は安心して自分の左手を彼の大きな掌に預けた。
嗚呼これが舞踏会だったら……いや、踊れないから無理か。
それに人様の旦那にときめいちゃ駄目だろ自分。
「ここが、王立裁判所……」
鋼鉄の外門を潜り、石造りの入り口に足を踏み入れる。
歴史を感じる長い廊下の突き当りの部屋が、本日審判を行う“月殿の間”だ。
フロアは壁5面のペンタゴンになっていて、水晶石のような円錐形の天窓からは、まだ明るい空と白い新月が見えた。
「審判官の方はあちらへ」
背もたれが高く掘られた、固そうな木製の椅子に腰掛けるよう促される。
どうやら私が最後の一人だったようで、既に書記官のレドモンドさんを背後に従えた女王を始め、貴族然としたおじさん二人と、褐色肌のチャラそうな青年が長い脚を組んで等間隔に座っていた。
視線がこちらに集中して気まずい。遅刻したわけでもないのに。
「コホン、ではお揃いのようなので始めさせて頂きます。本日の進行を行う王立裁判所事務官のサザム・ピチケットです。これより罪人4人の関係者による情状証言が一人一分間の制限時間内で行われます。その後、投票用紙に恩赦を与える者の名前をご記入頂き、即日開票にて恩赦を決定。閉会となります」
牧師みたいなチャコールの服を纏った、ひょろっと体型の事務官・サザムさんが目配せをすると、サザムさんの背後に白い布の衝立が用意された。
すぐ後ろのウィルに小声であれが何か尋ねると、平民も含まれる証人が、普段お目にかかることのない領主や女王を前に緊張しないよう、配慮なんだそうだ。
「ではトト・グレオリアの情状証人、入りなさい」
最初の証人は、足音の代わりにカラカラと車輪の音を響かせ、布の向こうに表れた。
「あの子は私の可愛い孫です。そりゃあ傍に居てくれたら嬉しいが……」
トトの供述調書にあった、彼が面倒を見ている年老いた祖父のようだ。
咳込みながら男はこう続けた。
「それよりも、自ら犯した罪を償うことを私は望みます」
その後は沈黙が続き、一分が経過した。
「時間になりました。証人は退出してください。では次、ジャック・ハーレイの情状証人、入りなさい」
淡々とサザムさんが進める。
二人目の証人はジャックの父親のようだった。
先程の落ち着いた老爺とは対象的に、制限時間で発言を止められるまで、自分の優秀さと、それを息子にも求めてしまった故の悲劇だ!ということを力強く熱弁していた。
この父親からのプレッシャーで、不正を働いてしまったことは容易に想像がつく。
そう考えると同情の余地はあるのかもしれない。
そして三人目として通された証人は、聞き覚えのある声の持ち主だった。
お茶会で共にテーブルを囲んだアングスター公爵夫人だ。
夫人は緊張の伝わる声で、切々と息子・エヴァンへの恩赦を懇願した。
「今回のことは、お酒を飲みすぎてしまった故の過ちです!どうか、どうか息子に恩赦をお与えください……!」
子を想う母親の心からの願いだ。
だけどこの親子に、被害者への贖罪の気持ちはきっとないのだろう。
最後はワッと感情も露わに泣き出し、同情を誘っていたが、横に並ぶ審判官の誰一人として表情を変えることはなかった。
そして……。
「では四人目、ガイの情状証人、入りなさい」
小さな足音が徐々に聞こえてきた。
匿名が許されている証人だが、自分から身分を明かすことは禁止されていない。
蚊の鳴くような声で
「リュミエール・ロックフォード……です」
と、屋敷で会ったまだあどけない少年は自己紹介をした。
「ガイは僕の家の使用人です……その、ガイは……悪くありません……なぜなら」
心の中から目一杯のエールを送る。
「ティーカップを割った犯人は僕だからです」
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