07話 新月の審判④
思いもよらない真犯人からの告白に、周りはさすがに驚いた様子だった。
リュミエールは一呼吸置いてこう続けた。
「ガイは、父様の留守中にティーカップを割ってしまった僕を庇って辞めさせられたんだ。だから……だから……お願いします。ガイを、助けてあげてください」
少しの間を挟み、一分経ったことをサザムさんが告げ、下がるよう命じる。
よく頑張ったね、リュミエール。
あとはこっちがどうにかする番だ。
「あの、投票の前にちょっと宜しいですか?」
挙手をする私に、明らかにサザムさんは怪訝な顔をする。
「まぁ良いではないですか。真っ白な供述調書になかった事実があるなら興味深い」
「……女王がそこまで仰るなら。手短にお願いします」
女王のアシストでサザムさんは渋々引き下がってくれた。
「私は、先日ここにいる騎士団長殿と、ガイが働いていた屋敷に行ってまいりました。そこで、事件現場とされる書斎で、ある奇妙な点に気づきました」
「奇妙な点?」
女王の問いかけに私は頷き、事件当日のあらましを語った。
「書斎には壁側に、ティーカップがコレクションされた左右に開くガラス戸の棚がありました。しかし、割れていたのはいずれも右側にあったティーカップだけだったのです」
「犯人が扉を右だけ開けて、何個か割ったら気が済んだだけの話では?」
貴族その1のおじさんが早速口を挟んできた。
「もちろん、そういう可能性も考えられましたが、棚のそばには床に平積みされた、分厚いハードカバーの本がいくつも山になっていたんです。だけど、その内ひと山だけ埃がほぼ被ってないものがありました。一番上の本をどかせたところ、すぐ下の本にはうっすら子供サイズのゲソ痕が……」
「ゲソ痕?」
貴族その2のおじさんのオウム返しにハッとして、「子供サイズの靴の跡」と慌てて言い直した。
そっか、ゲソ痕じゃこの世界通じないよね。元の世界でも警察関係者以外あまり口にしない言葉だ。
「つまり、真相はこうです。事件当日、父親が出掛けた昼下がり、息子リュミエールは密かに書斎に入り、平積みの本を踏み台にして戸棚のティーカップを取り出していたんです。しかしこの日はある出来事が不運にも足元のバランスを崩させた」
「地震か」
貴族その3……チャラいお兄ちゃんが初めて喋った。中々察しがいいのね。
「そうです。咄嗟にリュミエールはバランスを取ろうと戸棚に手を伸ばしてしまい、その拍子に手にしたカップを含め、衝撃で他のしまわれていたカップも落としてしまった。
その音を聞いたガイが、何事かと書斎にやって来て、リュミエールの罪を被ることにした……というのが、真相になります」
「だけど、確か事件が起こった時刻は夜、主人が帰った直後となっていたはずでは?」
女王が疑問を問いかける。
「ええ、ですがそれはリュミエールの犯行ではないことを主人に錯覚させるための、ガイによるアリバイ工作です。あの家には他にもう一人、ライラというお年を召したメイドがいますが、彼女は耳が遠いようで、昼間のカップが割れた音には気づいていなかった。実験として、ごみ捨て場にあったお皿を借りて書斎で割らせて貰いましたが、「何も聞こえなかった」と証言も取れています。書斎以外の2階は、ライラに代わってガイが掃除を担当していたので、現場をそのまま保存できたというわけです。主人が帰ってきたタイミングを見計らい、カップを今度は故意に一つだけ、ドアを開けてわざと聞こえるように落とした」
そして激昂したロックフォード氏は、彼を器物損壊の罪で訴えたのである。
リュミエールはそもそもなぜティーカップを棚から取り出していたのか……それは【追体験】が見せてくれた、一年前に亡くなった母親との思い出が、深く関係していた。
「手短に」とあらかじめ言われていたので、私はあえてそれ以上の話はこの場でしなかった。
感情的なやり方は好きではなかったし、なにより勝手に人の心を覗いて知り得たことを、話そうとは思わなかったからだ。
私が“視た”のは、病弱な母親と、二人で選んだティーカップで楽しそうにお茶をするリュミエールの記憶だった。
彼にとって大切な、温かな思い出の日々。
リュミエールの行動は、父親に隠れて、母親の面影を思い出していたことにほかならない。
ティーカップの持ち主の子供が、故意ではなく不幸な事故で割ったのなら、それを庇ったガイは恩赦を受けるに相応しい人物だ……そう、この時は確信していた。
「それでは投票用紙を箱に」
私は投票用紙にガイの名前を書いて提出した。
せめてあと二人、同じ選択をしていると期待して、結果を待つ。
ほどなくして、今回の罪人4人がそれぞれ手に縄をされた状態で横一列に入室してきた。
「お待たせしました。“新月の審判”、今回恩赦を獲得したのは……4票を集めた、エヴァン・アングスターです」
私は耳を疑った。
エヴァン?4票?つまり私以外全員が、アングスター公爵夫人の息子に投票したってこと?
手の縄を解かれたエヴァンは、やれやれといった表情で、他の3人を見て鼻で笑った。
「どうして!」
居ても立っても居られず、私は審判官の4人に問いかけた。
「リリ様、ここに居る者は皆自分の意思で誰に投票するか決めたのです。異議を唱えたところで結果は覆りません」
女王が淡々と言ってのける。
「でも、ガイはリュミエールを庇っただけで無実です!」
「あーリリさん?あんた一つだけ見落としてねぇか?」
一番若い、察しのいい審判官が続けてこう言った。
「確かにガイはお坊ちゃんを庇ったんだろうが、あんたの推理でも言ってただろ?主人の帰りを待って、音を立てるためにカップを割った、って。器物損壊の罪でこの場にいるなら、無実とは言えないんじゃないか?」
「あっ……」
確かにこの男の言っていることは正しい。
どんな理由であれ、ガイが故意にあの家のティーカップを割った事実は消えない。
だけど、頭ではわかっても、心が納得できない。
「皆さんそう思って、エヴァンに投票されたんですか…?」
震えそうな声を抑えて聞くと、女王と若い審判官以外の貴族の目があてどなく泳ぐ。
私は、リュミエールとの約束を思い出して唇を噛んだ。
必ずまた、あなたと会えるようにするって……。だから、ガイに会えなくなって後悔する前に本当のことを、証言してほしい、と。
「サザム、ガイとやらの処罰について教えて頂戴」
何を思ったか、女王が手に持ってた扇子を畳み、その先端でガイを指した。
「はっ。被害額の算定が決まり次第、辺境での強制労働を予定しております」
強制労働……!?それって腰縄付けられて重い石を運んだり、はたまた地下の採掘場で落盤の恐怖と闘いながら倒れるまでツルハシで岩を削ったりする……!?
どうにか罪を軽くする方法はないかと、言葉を探すが何も出てこない。なんて情けない……。
「そういえば、王宮で今人手が足りてませんね」
突然ウィルが顎に手をやりながら、世間話でもするかのようなトーンで呟いた。
「庭師の仕事は中々の力仕事だし、その他にも男手が足りてないって王宮メイドが噂してたなぁ」
「突然どうしたの?ウィリアム騎士団長?」
女王が呆れたような声でウィルを問いただした。
「いやいや、ここにいるリリ様も『その辺にいる男なんて弱すぎて鍛錬の相手にもなりはしないわっ!』ってこの間仰っていたので。ね!リリ様?」
そんなことは一言も言った記憶はないけれど、今はウィルの発言に全力で乗っかるしかない。
よし!女神の特権をこの際フル活用だ!!
「女神は生活に足りないものを取り寄せて構わないんですよね?……私は彼を、ガイを鍛錬の手合わせ相手として、所望します!!」
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