05話 新月の審判②

 それから数日後、女王とのお茶会当日。


 着ていく服はシャルロットとの攻防の末、紺色に金の刺繍、袖がラッパみたいに広がったドレスになった。

 服はある程度同じものをローテーションしているけど、これは初めて着るな。


「着てもらえないドレスとパニエが泣いています」


 と言われたが、胸元の大きなリボンは私にしたらだいぶ攻めてるぞ。


 この姿を撮られようものなら、母親がゲラゲラ笑いながらお見合い写真にでも使いそうだ。

 ……しばらく実家に帰ってなかったけど、元気にしてるといいな。


 そんなノスタルジーに浸りながら、予定時刻よりかなり早く着くと、既に執事長のロイヤーさんを従えた女王が庭のテラス席で花を眺めていた。


 その目は“愛でる”というよりも、“チェック”といったほうがしっくりくる、鋭い眼差しだった。


「ごきげんよう」


 目の端で姿を捉えられ、女王が先に声を掛けてきた。


「ご、ご機嫌麗しゅう、クレア女王」


 シャルロットに教えて貰ったばかりの挨拶を、スカートの裾をつまみながらぎこちなく返す。


「貴女が早く来てくれて良かったわ。今日はお客様がもう一人いるのだけど、二人きりで先にお話したいことがありましたの」


 この人は正直どんな人なのか、未だによくわからない。

 だからこそ今日は知る機会だと思って誘いに乗った。


「二人きりで話したいこととは?」

「“新月の審判”については、もう大体聞いてらっしゃるかしら?」


 テーブルに茶器やお茶菓子が用意されていく。私は「はい」と短く返事をした。


「今回はリリ様にとっては初めての審判。だから特別にヒントをご用意しました」


 ヒント…?テーブルにはそれらしきものは見当たらない。


「それと、わたくしが召喚の儀式でメイドの格好なんて酔狂な真似をした真意を、まだ話してなかったですね。……あら、時間切れだわ。ヒントが来てしまった」


 女王が言う“ヒント”として現れたのは、化粧と香水どちらも濃い目の美魔女風の女性だった。

 実年齢は40代後半にさしかかるかどうかといったところか。

 日焼けをしたら一大事なのだろう。つばの広い帽子に大きな日傘をさして、いそいそとやって来た。


「本日はお日柄もよく、大変ご機嫌麗しゅう。遅れてしまいましたでしょうか?」


 額が汗ばみ、チークが更に赤く高潮したそのご婦人に、女王が私を紹介した。


「いいえ、まだ約束の時間になってませんわ。この娘が私の姪で、近くに嫁いだリリよ。リリ、こちらはアングスター公爵夫人」

「はじめまして、リリで……」


 どぅええええ?危うく変な声を出しそうになった。

 いつから私は女王の姪に!?そしていつ誰に嫁いだの???

 そんな私の動揺はどこ吹く風で、女王は澄ました顔で紅茶を啜り始めた。


「まぁ、クレア女王の姪御さん!?今後とも仲良くしてくださいまし」


 アングスター公爵夫人は、ガシッと私の両手を取り、大袈裟に感激の声を上げた。

 その時、またもや例の現象が起きたのだ。


『お前がちゃんと母親として育てないから、エヴァンがこんなことに…!なんとしても“恩赦”で済ませないと…!!』


 男の人の怒鳴り声。

 私は女王の言った『ヒント』の意味を、それで悟ってしまった。


 アングスター公爵夫人は、“新月の審判”にかけられる罪人の母親だ。



 ◆◆◆◆◆



 お茶会中、私は終始上の空だった。

 いや、普通に考えてだよ?身分を偽って、これから裁くかもしれない人間の母親と仲良くティーパーティーって、どんな心境でやれってのよ?

 女王の“真意”とやらも結局聞けずじまいだった。

 大体“ヒント”ってなんなんだ。

 選ぶ罪人に正解があるってこと……?


 混乱に追い打ちをかけるように、部屋には“新月の審判”の罪人リストと供述調書的な判断材料となる資料が届けられていた。


 一人になった部屋で、その書類に目を通す。


 一人目はトト・グレオリア。31歳。

 罪状は無銭飲食。店での目撃者も多数。過去にも暴行の罪で捕まった経歴がある。町では有名なゴロツキ。つかまってからは終始反省の言葉と、足の悪い聖職者である祖父の面倒を見ていることを訴えていたという。

(うーん……なんとなくだけどこいつはまたやりそうな気がする)


 二人目はジャック・ハーレイ。18歳。

 罪状は高官試験での不正(カンニング)。試験中に見つかり、罪を認めているが、恩赦を貰えなければこの先5年は再受験どころかまともな職にさえつけない前科持ちになることを嘆いていたらしい。

(自業自得だなぁ)


 三人目……エヴァン・アングスター。23歳。

 罪状は婦女暴行未遂およびそれを見咎めた通行人に対する暴行。事件当日は酒に酔って酩酊状態だったとのこと。初犯だが、取調の最中も暴言を吐き、しまいには『俺の家は公爵家だぞ!金ならある!!』との弁。

(……うわっ、サイテー。こりゃ公爵夫人も苦労するわ)


 最後の四人目はガイ。ファミリーネームは不詳。27歳。

 元ストリートファイトのチャンピオン。

 用心棒兼使用人として、約一年前にロックフォード家に雇われる。

 罪状は働いてた屋敷での器物損壊。

 書斎のガラス戸にコレクションとして置かれていた高級ティーカップを複数破壊。

 動機は不明。即日解雇で黙秘したまま今日に至る。


 ……他の三人はともかく、最後の事件がどことなく気になった。

 元ストリートファイターってどのくらい強い……じゃなかった。

 仮に雇い主を恨んでいて、逃げずに大人しく捕まるくらいなら直接本人に何かしそうなもんだけど、わざわざティーカップ?相手が一番ショックを受けるものだった?しかもその後は黙秘……。


 私の中の刑事の血が、久し振りに滾り始めた。


「現場……ダメ元で行ってみるか」

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