10年後のオフィスパンデミック

ちびまるフォイ

オフィス建造計画

「ここは……?」


「目が覚めましたか。あなたはもう10年も眠っていたんですよ」


「10年……? そんな……。俺はたしかオフィスで仕事をしていて……」


「そう、倒れたんです。突発性オフィス恐怖症という病気です。

 あなたは過度なストレスを受け続けたことで発症し、

 オフィスを見ると体がおかしくなる病気をわずらったんです」


「そうだったんですね……そろそろ行きます」


「待ってください。行くってどこへ!?」


「仕事にきまってるじゃないですか」


「まだわからないんですか。10年も経っているんですよ。

 あなたの席なんかあるわけないでしょう」


「え……それじゃ俺はどうすれば……」


「まずは10年のブランクを落ち着いて取り戻してください。

 そこから今後を考えるのも遅くはないでしょう」


「そうですね……」


病院服を着替えてベッドを囲むカーテンを開けると、

病室の横にはオフィスが併設されていた。


「うわぁ!? お、オフィス!?」


「落ち着いてください。大丈夫、あなたの働いていたオフィスじゃないんですよ」


「な、なんで病院にオフィスがあるんですか!?」


「あなたの覚えている10年前とは違うんです。

 今はもうどこでも仕事ができるようにと、色んな場所にオフィスがあるんですよ」


「でもここは病院ですよ!?」


「怪我をしていてもやる仕事があるんです」


オフィス恐怖症が出ないように、病院内のオフィスを見ないようにして外へ出た。

外は夏の青空がまぶしく気持ちが良い。


「はぁ、久しぶりの外の空気だ……ん?」


ふと、空から目を下げるとまたオフィスが目に入った。


「ひぃぃ! なんで外にオフィスが!?」


外のオフィスで働いているビジネスマンはクイと眼鏡をあげた。


「青空オフィスも知らないんですか。

 こんなに天気がよくて気持ちい日は、息苦しい屋内で仕事するよりも

 こうして外の光をあびながら仕事をするに限るんですよ」


「そこまでして仕事しなくても……」


「あなたとちがって、私には大事な仕事があるんですよ」


「大事な仕事?」


「機械を監視する仕事です。私達の生活を支えている機械たちが

 ちゃんと正しく動作しているかしっかり監視する必要があるんです」


「そ、そうですか……」


青空オフィスはそこかしこに公衆電話よりも多い頻度で置かれていた。

道の横、駅のホーム、コンビニの前、公園は特に人気のスポットだった。


砂場で遊ぶ子どもたちのその横でママさんたちがオフィスで仕事をしている。


「みんなとりつかれたように仕事をしている……これが10年後なのか……!?」


オフィスから逃げるように自分の家に戻ると、そこはすでに自分の家ではなかった。

見上げても先が見えないほどの高層ビルになっていた。


「な……なんで……俺の家がなくなってる……!?」


「ここずっと空き家だったんでオフィスビルに作り変えたんです。

 新しくてきれいなオフィスはみんなに喜ばれますから」


スーツを来た人たちがゾロゾロとビルへと吸い込まれていく。

もう自分の居場所はどこにもないんだと悟った。


「帰ろう……もう都会じゃもうやっていけない……」


田舎行きの電車にのって実家へ帰ることにした。

帰りの電車の中にもオフィスがあったので、失神した。

実家の駅が終着駅だったので降り過ごすことはなかった。


実家のみかん畑に帰ってきた息子を見ると両親は驚いていた。


「たかし! あんた10年もなんの連絡もよこさずになにやってんたんだい!」


「いろいろあったんだよ」


「まあ、これからはうちの手伝いをしてゆっくりしていくといい」


「そうするよ。ああ、やっぱり実家はいいなぁ……」


大きく羽を伸ばしたとき、畑の中央にあるオフィスに目が入った。

ぞわぞわと鳥肌がたつ。


「お、おふくろ……あのオフィスはいったいなんなんだ……!?」


「ああ、あれかい? 農作業ロボットがちゃんと働いているか監視するための場所だよ」


「そんなことまでしなくちゃいけないのか!? それじゃまるでロボットの奴隷じゃないか!」


「あんたなに言ってるんだい。今じゃ常識だろう。

 それに機械はふとした瞬間に壊れてしまう。監視するのは当然だろうて」


「うわぁぁーー! オフィスなんてもう嫌だーー!!」


「ちょっとどこ行くんだい!!」


実家に戻っても田舎に入ってもオフィスの呪縛からは逃れられない。

逃げるように山へと入っていく。おいしげる太い木々の中に、違和感丸出しの現代建築が目に入った。


「こ……ここにもオフィス……!?」


山の中にも立派なオフィスがあった。

どこへ行ってもオフィスが目に入る。


あらゆることが機械に頼りきりになったことで、

機械を監視するための場所がそこかしこに必要になってしまった。


オフィスはすでに世界中に広がりつづけている。


「もうオフィスなんて見たくない!! こんなものーー!!」


落ちていた棒を手に取るとオフィスを壊そうと殴りかかる。

そのとき、オフィスを利用していた人が気づいて後ろから羽交い締めにした。


「おいお前! オフィスに何する気だ!」


「こんなものがあるから人間は自由になれないんだーー!」


「やめろ! 誰かーー! 警察を呼んでくれーー!」


オフィスから通報されて警察に捕まると、自分の希望もあって刑務所へ行くことになった。


「変なやつだ。自分から牢獄に入りたいだなんて」


「外の世界には見たくないものが多すぎるんですよ……」


「ここがお前の房だ。おとなしくしろよ」


鉄格子の向こう側をみた瞬間に息ができなくなった。


「お、オフィス!? ここにも!?」


「何言ってるんだ。当然だろう。刑務活動もデスクワークだからな」


「お願いです! オフィスがない牢獄に入れてください! もうこりごりなんです!」


「そんなものあるわけないだろう!! わがままいうな!!」


オフィスから逃げるはずが、自分でオフィスから逃げられない場所に飛び込んでしまった。

24時間オフィスと同じ場所で過ごすのは拷問に等しい。


「ううう……こんなのもう嫌だ……」


毎日牢獄にあるオフィスが目に入るたびに吐きそうになる。

こんな生活を続けるくらいならいっそ死んだほうがマシだ。


自分のズボンを脱ぐと、斜めに立て掛けたベッドに結んで即席の首吊台を用意する。

早くに死ぬことを両親に謝ってから首を通す。


すると、向かいの牢獄にいる囚人と目があった。


「あんた、死ぬ気かい?」


「ええ……。でも止めたって無駄ですよ。

 俺はもうオフィスだらけのこの世界に留まるきなんてないんです」


「それで死ぬのか。だったら無駄だよ」


「ほっといてください。死ねばこんな地獄からは出られるんです」


「わしも同じように自殺したことがある。臨死体験して見たんだが、

 今じゃ天国にも地獄にもあんたの嫌っているオフィスはあるよ」


「え」


「あんたがオフィスから逃げたくて死ぬつもりなら、

 死んでしまったら死後の世界で延々とオフィスに囲まれて生活することになる」


「そんな!? どうしてそんなことに!?」


「あの世でも死んだ人間を管理するのに、紙とペンじゃ限界がある。

 だからオフィスを作ってデスクワークになったって話だ」


「それじゃ俺はもうどこにも逃げられないじゃないか……」


生きていてもオフィスに囲まれ続け、死んでもオフィスが待っている。

どこにいても心休まる場所などなくなっていた。


そのとき、ドォンと激しく上下に揺れた。


「じ、地震!? いやこれは違う!?」


地震とは明らかにちがうタイプの揺れ。

その正体は刑務所の天井がビームで貫かれてから気づいた。


吹き抜けになった天井には見たことない宇宙船が浮遊し、

小さなUFOが地上をビームで焼き払っていた。


さっきの衝撃は宇宙船による攻撃の揺れだった。


囚人たちが恐怖におびえてパニックになる中、街が壊される光景を見ながら自分だけは顔をゆるませていた。


「いいぞ! もっと壊せ! オフィスごとぶっ壊してしまえーー!」


あらゆるオフィスはビームで瓦礫の山へと変えられていく。

世界を破壊する宇宙人が自分にはヒーローに見えてしかたがなかった。


「ありがとう宇宙人! これでオフィスから解放される!!」


宇宙人による猛攻は何日もつづき、世界は焼け野原にされた。

人間は降伏宣言をした。


それからは宇宙人たちの子分として、

宇宙人の指示に従って、さまざまな仕事を手伝うことになる。


そして宇宙人たちは相談した。


『この惑星にも宇宙人を管理するオフィスを作らなくちゃ』



やがて地球には地球人を監視するためのオフィスがたくさん作られた。

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