最終章⑤

「椿……?どうして彼が共通点になるんですか」

「理由か?本人に聞いてみろよ、自分も自分の周りが狙われる理由を……」

 そういうと彼は、見えないはずの椿を見た。

 ミラー越しに椿もまた、吉川を見る。一触即発……と言ったところか。

 椿はこの時、はっきりと感じた。だと。そして鷹斗に伝えた。

『鷹斗、彼……俺と同じ人間だ……。今、術を飛ばしてきた。間違いない。彼は今、俺に言ってきたんだ。“ここにこい。そうすれば過去のことは忘れて、おとなしくしてやる”って。念かと思ったけど、どうやら違うみたいだ。今、目の前に立ってるんだ……彼が……』

 鷹斗は椿のその言葉を聞いた瞬間、目の前に座る吉川に目が釘付けになった。確かに彼の目は虚ろだ。ミラーを見る。自分には視えないが、椿には視えるのだろう。

『今お前が見てるもう少し右側に立ってる。お前の考え通り、その目が虚ろなのは、からだ』

  彼の言う抜けてる……それは文字通り、魂が抜けているということだった。俗に言う幽体離脱というやつだ。それを吉川が使う。それも自分の意志でだ。この“飛ばしの術”は過去に椿も使っていた。かなり体力が削られると椿は言った。ということは、本当に……。

「くっ……はぁ……」

 目が戻った。

「吉川さん……あなたも使うんですね……」

 扉を開けるや否や、椿がそう言った。ドアを背に、椿は立ったまま続ける。

「あなたは言った。共通点は俺だと。でも、俺には思い当たる節がないんです。説明してもらえませんか?」

 そういう椿に対し、吉川の顔には苛立ちの色が見えた。

「本当に分からないのか?いいだろう。説明してやるよ、俺の話を理解できないやつもいるだろうから、砕きながら話してやる。事の発端は、二十年前さ……」

 吉川はどこか懐かしそうに話し始めた。その顔は心なしか穏やかで、神隠し事件の犯人だとは思えない表情だった―――。



「よし、やってみなさい」

「はい!」

 青年は男性の目を見ながらそう返事した。その視線は真剣そのもので、周りの声など聞こえていないように思えた。

 青年の名は、吉川翔平……若かりし頃の彼だった。まだどこか子供のような雰囲気を残している。そんな彼に何かを教えているのは、陽行であった。

「師匠……やっぱり僕には才能はないんですよ……」

「そんなことはないさ。いいかい?確かに術を使うのも、心を読むのも、才能は大切かもしれない。素質も必要だろう。でもな、何より大切なのは“自分にできる、やれる”という気持ちと、集中力、そして気持ちなんだ。君にもできるさ」

 陽行はそう言いながら、ゆっくり丁寧に教えていく。

 彼が教えているのは、紙から作る形代かたしろだった。

「翔平、君は形代が何か説明できるか?」

 陽行にそう言われ、彼は説明した。

「形代とは、陰陽師が最初に使ったと言われていて、精霊や霊的エネルギーの代わりに祭祀などで使用されるもの、そしてこれに病気や災いを移して水に流して清めるもの……除霊や祓えの一種……ですよね」

「そうだ。よく勉強しているな。つまり、今、翔平が作ろうとしているのは“誰かの代わりに災いとなるものを連れ去ってくれるもの”なんだ。だから、あと少しだけ気持ちを込めてみないか?」

 翔平は陽行のアドバイスを念頭にもう一度、形代を作った。

 すると今度は、彼が纏う空気が変わった。気の入り方が違うことが、素人目でも分かるほどだった。

「師匠!できましたよ!」

 そう言って彼は、手のひらに乗る形代を陽行に見せた。それはきちんと気が入り、陽行が創った“偽の人間”の病を形代へと移した。

「父さ~ん!これ見てくれよ!」

 声が聞こえた。

 声のする方を振り返る。小さな子供が走ってきた。手には白い紙で折られた鶴が載せられてある。

「ん?おりがみか?」

「違うよ~!父さんが言ってたじゃないか!俺にはまだ分からないけど、父さんが言う陰陽師っての、式神を使うんだろ?俺も作ってみたんだ!これ見てくれよ!」

 少年はそう言うと、手のひらに乗せた白い鶴を見つめた。その目はうっすらと紫色にも見える。

 すると、ただの紙だったはずのは、羽を動かし始めた。少年はさらに見つめる。その眼光鋭く、彼の後ろには揺らめくオーラが見えるほどだった。

 白い鶴は少年の手から離れ、ふらふらとよろめきながらも、浮かんだ。少年はそれを自分の意のまま操る。

 吉川にはできない芸当だった。

「椿、もうこんなことまでできるのか!お前は凄いな!私よりも能力が強いんじゃないのか?」

 陽行はそう言って椿の頭を撫でた。

 吉川は嫉妬に燃えた。自分の中にどす黒い感情が芽生えるのが分かる。


 

 昔の出来事を話す吉川。その顔はだんだんと険しくなっていく。

「いや、吉川さん……それって別に椿のせいな訳じゃ……」

「ちがっ……それだけじゃないっ!こいつは、俺の自信まで奪ったんだっ!」

 子供が駄々をこねるように、彼はしつこく話を続けた。


「お兄さん、ここでなにしてるの?」

 椿がそう声を掛けた。その相手は青年時代の吉川だ。

「別に何も」

「それ、俺もこの間やったんだ!霊符でしょ?俺はやっぱり……放っておいてくれっ!お前なんかに教わる気なんてないんだ!」

「俺は別にそんなつもりじゃ……」

 吉川にそう言われた椿は仕方なくその場を後にする。

 彼は懸命に霊符を創ろうと文字を書き、偽人形に使っている。しかし、一向に効力を発揮しなかった。

 原因は気を込めるのを忘れているから。それを椿は伝えようとしたのだが、怒られてしまった。椿は肩を落としながら、教会の中へと戻っていった。


「分かるか!?こいつのせいで、俺は霊符どころか最近では式神ですら作れなくなったんだっ!」

「それ……椿に対しての八つ当たりじゃないですか。しかも相手はまだ子供じゃ……」

 鷹斗がそう言うも、吉川は首を横に振る。どうやら納得いかないらしい。

「吉川さん……あなた、どうしたいんですか?」

「……俺のこと殺してくれよ……消してくれよ……」

 彼はうつむき、そう呟いた。

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