第三章④
目の前に立つのは自分の顔をした化け物だった。
「と、父さん……あれがなんで俺なんだ……っ!あんなのは……」
うろたえる椿とは異なり、陽行は普段と変わらずの声と表情を保っていた。
「間違いなく、あの正体はお前で間違いない。彼女はお前の感情が生み出した化け物に囚われているんだ。そしてこの世へと来てしまったんだ。お前なら分かるだろう……こいつらが、何を餌に成長し、目的は何なのかを……」
椿は目の前に立つそれから目を離せなかった。
陽行の言う通りだ。こいつら化け物は、負の感情や嫉妬、恐怖、そして自己嫌悪を好む。椿は由衣がいなくなったとき、負の感情で失神した。また、もう自分の元に戻らないのではと恐怖を感じた。そして何より、自分のせいで由衣を巻き込んだと自己嫌悪に陥った。これが今、自分の目の前に立つ悪魔の正体だった。
「父さん……俺は……あいつを助けるためにどうしたらいいんだ……」
「戦え。それしかない。彼女を助けたいなら、自分の運命を受け入れろ」
「運命を……?」
「そうだ。自分の周りに誰かを置くということは、自分もその人も巻き込まれる可能性があるということだ。しかしそれを守れるだけの力をつける。それが私たちの運命じゃないのか?自分の名前を信じろ。私が言えるのはそれだけだ……」
消えた—――。
陽行はそういうと、姿を消した。いったい何が起きたんだ……。
「考えるのは後だ……それよりもこいつを何とか……。そうか……っ!俺の名前……。名は一番短い呪……名付けられてから一生、死ぬまでへばりつく。名付けられて初めて人生が始まる。終わるときにも名があり、死んでからも付いて回る。名と言うのは最高の贈り物であり、最悪の贈り物……」
椿の瞳に生気が戻った。
怪しげに、それでいて怖くも美しく輝きを放つ、彼の瞳。
「汝……我の眼前に立つ椿……自らの名と愛する者に誓い、今、お前を祓う……」
彼はそう口を開き、それに向けて
椿は能力を放出した衝撃で、体がよろけた。それが自分に向かってくるのが見える。しかしその瞬間、視界が暗転した。意識を失っていく自分を、それが見つめる……。
「……由……衣……」
彼は意識を完全に失った―――。
*
「父さんっ!椿はまだなんですか!?」
鷹斗は部屋を歩き回っていた。時折立ち止まりながら何度も何度もそう陽行に尋ねる。しかし彼は何も返事はしなかった。
「聞いてます!?」
「……ちゃんと聞いているさ。でも今ちょっと待ってくれないか……」
陽行はそう言い、再び目を閉じた。
いったい何をしているというのか。能力のない自分には彼の意図が分からず、ただやきもきしながら、椿の帰りを待つしかなかった。
「……鷹斗、車を出しなさい……二人を迎えに行くぞ」
彼はそう呟き、立った。鷹斗もまた急いで準備する。
車を走らせて約五分ほど。駅前のドラッグストアに着いた。時間は深夜二時半。あたりは闇に包まれ、静寂な世界が広がっていた。
「父さん、着きましたけど……どうするんですか?」
「彼女が戻った。もちろん椿もだ……」
鷹斗は驚いた顔で陽行を見る。鷹斗の目は丸く、大きく見開かれている。
「え、ほ……本当に!?どこです!?椿たちはどこに……」
「さあ、結界を破ろうか……」
陽行はそう言って車を降りた。何のためらいもなくドラッグストアに存在する鳥居をくぐる。くぐる瞬間、彼は何もないはずなのに、両手で扉を開ける素振りを見せた。今の、結界を破ったのか……?鷹斗は能力がない自分を不甲斐なく感じていた。
そして山を登り、椿が術を放出したであろう場所を探る。鷹斗はあくまでも、場所を探る陽行の足元をライトで照らすだけしかなかった。
「いたぞっ!」
陽行は、走り出した。鷹斗も慌てて後を追う。照らせと言われ、彼が指示した場所を照らすと、そこには折り重なるように二人が倒れていた。
由衣は椿の腹部に頭を置き、椿もまた彼女を抱きしめるかのように、二人はそこにいた。
「おい!聞こえるか!?」
陽行が声を掛けるも、二人の反応はない。鷹斗は自分が羽織っていた上着を由衣にかけてやり、「二人を病院に……」と陽行に言う。
しかし陽行は「この状態の二人を連れて行ったところで説明ができない。うちの教会にいい医者がいるから、それに診せよう」と彼は言った。二人は椿と由衣を車に乗せ、毛布を掛けてやり、急いで教会へと車を走らせた。
車の中でも二人に声を掛け続けている鷹斗。しかし、未だに反応はなく、びくともしなかった。
「父さん、椿……大丈夫なんですか……?」
「こればかりは何とも言えないな……身体的ダメージは腹部のケガのみだが……精神的ダメージや能力を使いすぎてのダメージは……測り知れんだろうな」
「そんな……あいつ、ちゃんと目を覚ましますよね」
「そう願うよ……」
そう口にする彼の顔は、悲しげで、不安に苛まれているようだった。
「ん……」
「由衣ちゃん!?おい!気づいたか!?」
顔を少し動かした由衣の一瞬の様子を、鷹斗は見逃さなかった。声を掛ける。由衣は少しずつ、意識を取り戻しているように見えた。
「由衣ちゃん!分かる!?俺だよ、鷹斗だ。分かるかい!?」
「……たか……と……さん……」
「そうだ!分かるかい?」
鷹斗がそう声を掛けると、由衣はしっかりと頷いた。それを見た二人は安堵する。これなら大丈夫そうだと。
「久しぶりだね。無事でよかったよ。あ……隣にいるよ、椿。ちゃんと、君のこと助けた。声、掛けてやって?」
促された由衣は、隣を見る。そこには初めて見る椿の寝顔があった。
「椿……さん……。来てくれたんですね……ありがとうございます……待ってましたよ、きっと来てくれるって……。ねえ、起きないんですか……?いつまで寝てるんですか……」
由衣はそう声を掛けながら、再び目を閉じた。今度は意識を失ったのではなく、眠ったようだった。隣に椿がいると知り、安心したのだろうか……。
その寝顔は、安心した子どものようだった。
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