第二章 最終話

 真犯人、それはまたもや刑事だった。

 吉川翔平、それが今回の事件を企て、大槌をそそのかし実行に移させた真犯人だった。


「吉川さん、どうしてあなたみたいに優秀で真面目な刑事がこんな事件を起こしたんですか?」

「だからだ……優秀で真面目、それが俺に付けられたレッテル……。君たちが言う優秀で真面目、それが俺を苦しめるんだよ。今の状態を崩したとき、周りからどう見られるのか、どんな反応されるのか、そう考えるだけで息が苦しくなる。だから今の自分を壊したかった。優秀で真面目だと思われていた刑事が過去の事件の模倣犯になった、周りの刑事は、上司は気付かなかったのかって問い詰められているのを見たかった……。それにはどうしても優秀で真面目な刑事がもう一人必要になる。俺と似たような人が……」

「それで大槌史也を使ったんだな?」

 大元にそう言われ「すみません……」と頭を下げた。

「あとは松風くん、頼んでも良いかな?」

 鷹斗は頷き、吉川の腕をつかんだ。

「吉川さん、一つだけ聞いても?俺に渡してくれって鷹斗に渡した晴明桔梗、あれは止めて欲しかったからで良いんですよね。もう、終わりにしたいって、それでいいんですよね?」

「……その通りだよ……」

 彼は魂の抜けたような、抜け殻のような表情で、会議室を出て行った。


♢ ♢ ♢


 翌日、由衣のハイテンションな声で起こされる椿。

「由衣~頼むからもう少し寝かせてくれって……」

「え~?こんないい天気なんですから早く起きて、どこか出かけましょうって!ね?」

 カーテンの開かれた大きな窓。そこから差し込む暖かな日差しは、朝が弱い椿の目を傷めつける。

「あ、ちょっと!何でカーテン閉めちゃうんですか!もうっ……」

 せっかく閉めたカーテン、またも彼女の手によって開かれた。

「あのな……俺は光に弱いんだって……」

「そんなこと言ったって、私は明るいほうが好きなんです!ほら、朝ご飯できましたから、食べて、買い物でも行きましょうよ!」

 テーブルに並べられる朝食。こんがりきつね色に染まった食パンに、半熟の目玉焼き、レタスやトマト、キュウリが入ったサラダ。まるで「THE・朝ごはん!」という朝食だ。

「あ、椿さん、そろそろトイレットペーパーが切れそうなんですけど……安い薬局知ってます?」

「だったら駅前のドラッグストアが安い。笹倉さんがいつもそこで溜め買いしてたから」

「笹倉さんって、前の担当さんですよね?どんな人だったんですか?」

「どんなって言われても……鬼……?」

「鬼?そんなに怖い人だったんですか!?」

 二人は朝食の時間、笹倉の話をして楽しんだ。


「じゃあ行ってきますね!何かいるものあったら連絡ください!」

 彼女はそう言って家を出た。

「ん……?」

 今、何かが視えた気が……その時、携帯が鳴った。

「どうした?」

『お前のおかげで事件が全て解決してな。それで事件のこと知りたいかと思って電話を……』

 発信者は鷹斗だった。吉川の取り調べが終え、全ての事件がきれいに片付いたから、報告をという内容だ。鷹斗は聴取した内容を話した。吉川の目的、犯行動機、大槌を使うことになった経緯、話せる範囲全てを彼は椿に話した。吉川は大槌と椿がどこで初めて出会ったのかまで知っていた。おまけに七吉北小学校に通っていた椿と鷹斗の関係、さらには過去に起きた“あの神隠し事件”という出来事まで全て調べ上げた吉川の捜査能力に改めて感服する。

「吉川さん、そこまでの力があるのに何で事件を起こすことに使ってしまったんだろうな……。それでその後は?……ああ……そうか。あ、鷹斗……子供たちは……?」

『全員、カウンセリングを受けているよ。まさか自分が事件に巻き込まれるだなんて思ってないから、被害者になったことを受け入れるのに時間が掛かってる……まだまだカウンセリングは必要だ』

「ケアだけはしっかりしてやってくれ。幼い心に傷が残るのは可哀そうだ……」

 椿はそう言った。電話越しに鷹斗が悲しい顔をしているのが分かる。

『ああ。もちろんだ……』

 彼はそう言うしかなかった

『ところで、由衣ちゃんは?』

「おい、まさかそれが知りたいから俺に事件解決の連絡をしてきたんじゃないだろうな。それに何でお前があいつのこと気にするんだよ」

『いや、別に意味はないけどさ……。ちょっと話したいな~とかあるじゃん』

「それが目的かよ。あいつなら今買い物に出かけてるぞ」

 笑って言う椿に対し、電話の奥では鷹斗がため息を吐き出すのが聞こえる。

「お前、今……“残念だ。しゃべりたいと思ったのに”って思っただろ。電話越しにそう感じたんだけど」

『ちょ……そ、そんなこと思ってないって。言いがかり止めろよな』

 図星だな……。

「あいつが帰ってきたら電話、かけるように言ってやるから。待ってろよ」 

『そ、そうか!うん、頼むな。じゃあ、何かあったら連絡しろよ!』

 切れた……。現金な奴だな。

 それにしても、由衣が家出るときの……何だったんだ……。

 椿は記憶を辿った。

『じゃあ行ってきますね!何かいるものあったら連絡ください!』

 由衣はそう言って家を出た。あの時、由衣の背後に何か視えた気が……「くそっ……それが視たいんだよ俺は……」

 椿は電話を掛ける。

「あ、由衣か?実はな……」

〈おかけになった番号は、現在、電波の届かない場所にあるか電源が入って……〉

「は……?電波のって……」

 また掛けてみる。

〈おかけになった番号は……〉

「何で……まさか……」

 嫌な予感がした。あの時、引き留めてが何なのか視てから、家を出せば……。自責の念に駆られる。

 彼は由衣を探しに行くために必要最低限の荷物を持ち、朝のまばゆい光の中へ向かって行った。


♢ ♢ ♢


「由衣~!」

 人目を気にすることなく、椿は彼女の名前を口に出す。けれど彼女の反応は感じられない。念を送るも返事もない。

「一体どこに……あれはなんだったんだ……。そうか……」

 椿は立ち止まり、鷹斗に電話を掛けた。

『どうした?何かあったか?』

「頼みたいことがある!今から言う番号、GPS検索してくれ!」

 切羽詰まった椿の声に、鷹斗は何も言わず従った。

『あいつに頼むからちょっと待てよ。すぐしてやるから……あ、御村!ちょっと来てくれ!』

 御村……?ああ、鷹斗とペアを組んでる人か。確かに彼なら口も堅いし、信頼できるな。……人のお菓子は取るけど……。椿は鷹斗が口にした名前を聞いて、少しほっとした。

『よし、準備できたぞ。椿、番号は?』

「〇九〇の……」

『椿、番号合ってるか?ヒットしないぞ?』

「そんなはずない!だってその番号、由衣のなんだ……俺が間違えて覚えるわけ……」

『は?どういうことだ!?由衣ちゃんに何か……』

 椿は事情を説明した。

『いや、そんな……嘘だろ……。椿……番号、もう一回確認して、ゆっくり言ってくれ。こっちももう一回、確認しながら入れてみるから……』

 電話の向こうにいる鷹斗の声、落ち着きの中に焦りが見える。

 再び入力するも、検索結果に引っ掛からない。

『椿、ダメだ。何回やってもヒットしないぞ……』

「鷹斗……俺さ、初めて怖いって思ってる……。だから嫌なんだ……俺の周りにいると、誰かがこうやって……」

『椿、お前……今どこにいるんだ?』

 鷹斗の声に返事もせず、電話を切った。

 椿は放心状態で街をうろつく。歩く女性をじっと見ては、由衣に似ている女性を見つけて声を掛け、落胆して。その繰り返しだった。

 家を出てから何時間経ったのだろうか。どれくらい彷徨い続けていたのだろうか。足が疲れ、痛みにも似た感覚が両足を襲っていた。

「椿っ!」

 声のするほうへと顔を向ける。交差点を挟んで信号待ちをしている鷹斗と目が合う。

 信号が青に変わるや否や、鷹斗は走ってきた。

「椿!おい、大丈夫か?」

「鷹斗……俺さ、由衣を助手にしたこと後悔してるよ……こんなことになるんなら……あの時、あいつの事件に関わらなかったら……こんな俺、初めてで……」

「ああ、そうだな。他人のことでこんなになってるお前見たの、俺も初めてだ。とりあえず、一回帰ろう」

 首を横に振る椿。

「まだ探してない所が……」

 そう言いながらも足元はおぼつかず、ふらふらと立っていた。

「そんなんじゃ、ろくに探せないって」

「俺が……俺があいつを巻き込んだんだっ!俺が事件を受けなかったら会うことも無かった……買い物だって一人で行かせなかったら……俺が一緒に出れば……光が何だよっ!ちょっとくらい我慢すれば……サングラスだって、光を遮ることなんて簡単じゃないかっ!何ならネットでも頼める……あいつに行かせた俺が……あの時、引き留めれば……」

 人目を気にせず、椿はそう泣き叫んだ。頭を抱え、屈みかがみこんでは地面を叩き、自分を責める。

 今まで見たことのない親友の姿に、鷹斗は悲しみ、何もしてやれない自分の不甲斐なさを噛み締めた。

「こんな能力ちから……なくなれば……」

「椿っ!?おい、どうしたんだ!」

 突然地面に倒れ込む椿を、せめて頭は打たないようにと支えた鷹斗。声を掛けても、体を揺すっても目を開けない。声にすら反応しない。

 その時、一人の男性が現れた。まるで「いつものことだ」と言わんばかりの落ち着きで、椿の体を抱えるよう鷹斗に指示する。二人は意識を失った椿と共に、椿の家に帰ることにした。それにしてもこの顔……どこかで……。記憶の中に懐かしさを感じる。温かい気持ちが胸に。鷹斗ははっとした。

「と、父さん……」

「父親の顔を忘れるなんて、私の息子は一体どういう成長を遂げたのかな?」

「い、いや……申し訳ありません。言い訳をすると最後に会ってから年数が……」

「確かにそうだな。あれから何年経ったかな。お前がことを決めたその日から、もう一八年か……」

「はい……。父さんのおかげで良い両親に育てられました。本当に感謝しています……。でも結局……椿に家族は……」

「現れなかったよ。だからこそ、私がこの子の親として生きていくことを神に誓った。そしてこの子を最後まで、命ある限り守ると決めたんだ。この子を育ててくれる親が現れないことは何となく分かっていたからね……」

 男性はそう言った。椿を背負い、鷹斗は男性の話に耳を傾けていた。

「それは……椿の力のせい……ですか?」

「ああ。それもある……けれど一番は、椿の運命だな……この子を抱いたとき、人の愛情を受けにくい……人には恵まれない子だと思ったんだ。だから私はこの子を自分の子供にした。まあ、この子に愛情を注いでくれる家族が現れてもいいように、その時はまだ養子縁組はしていなかったからね……けどまさか、本当に親がいない子供に育ってしまうとは……」

「俺も椿も、初めは父さんやシスターに育てられて、俺は松風として椿は四十住として生きて、今は良かったと思ってます。椿もきっとそう思ってる。目が覚めたら、こいつも驚くんじゃないですか?椿のことだから“と、父さん……どうしてここに……”って言いますよ」

 鷹斗がそう言うと、男性は口元に生える白ひげを撫でながら笑った。

 自宅に着き、椿をソファへと寝かせる。

「そう言えば、父さんは今もまだ教会に?」

「ああ。これ、良かったら」

 彼がそう言って手渡してきたのは名刺だった。

「“神父・四十住陽行あいずみはるゆき、どんな些細な相談でも気兼ねなくどうぞ……”こ、これ……神父様が名刺ってそういないですよ」

 名刺に書かれた文言を読み、鷹斗は笑った。

「これを見てどう思う?」

「そりゃ、これを渡されたら緊張が解けるって言うか、親しみやすいのかなぁって期待すると言うか……」

「それが私の目的だよ」

 陽行はソファに置いてあったブランケットを手に、椿に優しく掛ける。

「そう言えば、父さんはどうしてあそこに?」

「椿に呼ばれてね……あ、正確には念で……って感じかな。“助けてくれ”って椿が呼ぶものだから、どんな魔物を相手にしてるのかと思えば、路上に君と倒れてるからね……驚いたよ」

「椿が助けてくれって……?」

「ああ。珍しいよね……この子が助けを求めるなんて。一体何があったんだ……?」

 鷹斗は話してもいいものかと悩んだが、この人には敵わないと悟り、全てを話した。

 由衣との出会い、神隠しに見せかけた連続児童誘拐事件、そして今回の由衣の行方不明……全てを陽行に。

「なるほど……それで椿はこうなってるんだね……。その由衣という女性が消える前、椿は何を見たんだ?」

「分かりません……それすら話す前に意識を失いましたから……」

「そうか……。その隠し扉の向こうはどうなってるんだ?」

 陽行のその言葉に、鷹斗は目を見開く。

「隠し扉……?」

「知らないのか?そこに隠すように……あ、そういうことか。普通の人間には見えないように椿は術を張ってるのか……」

 陽行はそう言いながらその扉へと向かった。普通の人間……そう言われた鷹斗は分かりやすく肩を落とす。

「ここ、鍵があるんだな……ほれ、鷹斗。一緒に鍵でも探そうか」

「……そんな必要ねえよ……」

「やっと起きたか」

 鷹斗は椿を見た。

 疲れ切った椿の表情からは感情が読み取れないでいた。

「と、父さん……どうしてここに……」

 陽行と鷹斗は顔を見合わせて声を出して笑った。

「ね?俺の言ったとおりでしょ」 

 鷹斗は自慢げに陽行に言った。

「ああ、お前の勝ちだね」

 大の大人、しかも男の頭を撫でながら陽行はそう言う。

「椿、久しぶりだね。お前が助けてくれって言うから、飛んできた。もちろん、タクシーを使ってね。実際飛べはしないから……。それにしても、お前が他人のことでこんなに悩むのは初めてだな……。申し訳ないけど、鷹斗から全部聞いたよ。そうじゃないとお前を助けられないと思ったからね。それで……結論から言おう。彼女は神隠しに遭っている―――」

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