幕間

「椿くん、こっちおいでよ。先生たちと遊ばない?」

「いや……いいです。遠慮します……」

 幼少期に経験した、神隠し事件。

 椿は子供たちが集う広場にいた。自分のことを先生と呼ぶ女性。しかし彼女は教師ではない。この教会にいる世話係のシスターだった。

「先生、俺、父さんの所へ行ってきます」

 椿はシスターにそう伝え、その場を離れた。

 教会の二階、廊下の突き当りにある木製の扉。椿はゆっくり開けた。

「父さん……」

「お、おう……どうした椿?」

「俺さ、そろそろ本当のことが知りたいんだ……学校で色々あって、今までも何度も不思議に思って自分で探したけど、見つからなくて。誰かに聞こうにも聞けなくてさ。先生の話聞いて、俺思ったんだ……。父さんに聞けば……いや、神父様に聞けばいいんじゃないかって……」

「椿、父さん……いや、私はお前の言いたいこと、聞きたいこと、知りたいこと、それが何か分かったよ……。いわゆる、自分の出自を知りたいんだな?」

 椿は頷いた。

「よし……お前が自分からそれを聞いてきたと言うことは、その時が来たってことだな……。お前は賢い。これから話すこと、ちゃんと理解できると私は信じてる……」

 神父はそう言った。そして椿を自分の足の上に座らせ、ゆっくり落ち着いた声で話し始めた。 

「十年前、一人の女性が私の元へ助けを求めにやってきた。雨が降り、夏にしてはやけに気温が低かった日だ。女性は“この子を助けてください。お守りください”そう言って私に一人の赤子を渡してきた。それがお前だ。女性は、自分がこの子の母親であることを私に言った。しかし誕生日や名前、お前に関することは何一つ聞けなかった」

「その人が俺の……母さん……?その人は今……」

「残念ながら行方が分からないんだ。お前を教会の中へ連れて入りシスターに預けた後すぐに、女性を探したがもうすでにいなくなっていた。警察に頼んだり、知り合いに頼んだりと、私に出来ることは何でもしたんだが……結局は何も分からないまま十年が経つ」

「じゃあ、今の俺の名前とか誕生日って……」

「私が付けた。お前に合う名前を」

「それが“つばき”なんだね。でも椿って縁起が悪い花じゃ……」

 椿は俯いた。けれど、神父はそんな彼の顎に手をやり、優しく顔を上げてやる。

「椿、お前は賢い。本当の由来を知れば、その名前を気に入るぞ。そしていつか、自分の名前に感謝する日が来る」

 神父はそう前置きした。

「“つばき”の由来、それは邪を祓うんだ。日本では古くから常緑の植物を神聖視する文化がある。例えば、松は正月の門松に、榊は漢字そのままの意味で神事には欠かせない。同様に“つばき”は常緑で、冬でも青々として茂るために神社やお寺に植えられている。これは邪を祓うためにだ。首が落ちるからと“つばき”を嫌う人は昔も今もいる。だがこれは“つばき”の花を守るために武家が噂を流したんだ。そうすることで町民が“つばき”を手にすることを阻止した。どんなに寒い冬でも葉を茂らせ、花を咲かせ、邪を祓う霊木……お前にぴったりだ。私はそう思うぞ。そして医師に頼み、お前の推定月齢を聞いた。すると、恐らく生後六ヶ月から生後八ヶ月頃だというんだ。と言うことは生まれ月は十二月から二月頃になる。“つばき”の開花時期とも重なる。この教会の、私への贈り物として、お前の誕生日は十二月二十五日とした。そして私はお前の父となり、私の名である“四十住”を君に、そして君を“四十住椿”として育ててきた。これがお前の出自だ……」

 椿は涙を流し、神父に抱きついた。神父はそれを優しく受け入れ、そっと抱きしめてやる。何に対しての涙なのかは分からない。しかし、溢れだす涙を止めることは出来なかった。

「しん……父さん……俺、父さんみたいに人を助けられる人間になるよ。いつか、父さんがしたみたいに、誰かを幸せに、笑顔にしてやるんだ。俺が今、幸せなようにね!」

「ったく、本当にお前は生意気だな……」

 神父はそういって椿の頭を撫でた。

 その日から椿は独学で様々な勉強をした。語学はもちろん、医学や科学、自分に必要だと感じた学問はとりあえず、本を読み漁った。もちろん神学も。そんな彼の様子を見ていた神父は、椿に家庭教師を付けることにした。彼の可能性を信じ、あらゆる学問の家庭教師を。

 そして月日は流れ、彼は二十歳になり、教会を出た。

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