第2話 本屋
ようやく紅茶を飲み終えました。お手洗いに行くときに厨房からスタッフの会話が聞こえました。
「青の食器もほしいですね」
「寒色系は食欲をなくす色って言われてるからね」
「色だけで見たらきれいなんですけどね」
「そろそろ明日の仕込みしようか」
カフェの次は本屋に行くことにしました。
少し歩いたところに大きな本屋があります。デパートのテナントなのですが市内で一番大きい本屋と言われています。ちなみに本屋は私から誘いました、たまには文化的なところを見せなくちゃと思って。
外は少し暑いけれど風が吹いていたので気持ちがよかったです。
デパートに入った瞬間、涼しくて快適です。エレベーターは怖くて乗りたくないのでエスカレーターで本屋へ向かいます。本屋は六階にあります。服や雑貨のフロアを通りすぎてようやく六階、本屋へ到着しました。わぁ、わくわくする。
さてどんなアプローチをしたらいいでしょう。聖書は狙いすぎでしょうか。詩集はいかにもだし、画集とか小説が無難なところでしょうか。
「画集見たいな」
私は彼にそう告げました。彼は「なんの画集?」と聞いてきたので焦りましたがどうにかうまくかわしました。
さて、画集ってどこにあるのでしょう? いつも漫画しか読まないので売り場を把握していません。でも大丈夫、こんなにたくさんの本のなかから希望の一冊を探しだす検索機があるのですから。
画集、と打って検索をかけたら予想どおり何十件もヒットしました。ふふ、大丈夫よ。知りたいのは売り場ですから。
「あら、雪子さん」
画集売り場の目星をつけて向かおうとした瞬間、嫌な奴に声をかけられました。
「あら、オレンジブラウンのリップ、いいわねえ。流行に乗ってるんだ」
美春は私のリップについてコメントしました。流行に乗っている。つまり、俗。美春はそう言いたいのです。ああ嫌な奴。オレンジブラウンなんて知らないわよ、単に落ち着いたオレンジがいいなって思っただけです。いいなと思った色が流行色だっただけです。つまり私は最先端なのでしょう。こいつ、実は私の流行を感知する力がすごいって言ってるのに気づいていないですね。
けれどオレンジブラウンなんて単語を使ってマウントを取ってくるあたりが美春って感じです。本当に嫌な奴です。一応褒められた感じだったので私も美春のなにかを褒めなくちゃと思って美春の全身をチェックしました。
美春は斜めに流した前髪にフレンチスリーブのワンピースを着ています。
ファッション、色使い、髪型……。どれもさっき読んだファッション誌みたいな服だね、と言ったら失礼でしょうか。
ある意味おしゃれということなのですが。認めたくないという気持ちと、失礼にあたるのか、それに気づくのか、短い時間でそんな
それよりも美春が持っている本に目が止まります。浮世絵画集。それは最大のマウントではないですか。
「あれ? 雪子さんも浮世絵好きだった?」
私の視線に気づいて美春が尋ねてきます。濡れた目元に大きな涙袋、バサバサのまつ毛。美春はがっつりとメイクをしていました。
「ううん、珍しいなと思って」
悔しい。私が見栄で画集を見ようと思っていたらガチで買う奴がよりによって美春だなんて。運よく彼は違うコーナーに行っていました。よかった、それだけが不幸中の幸いでした。
「じゃあ画集重いから会計しちゃうわ、またね」
美春は最後までマウントを取りました。憎たらしい。口を封じてしまいたい。憎たらしい美春の後ろ姿を見送りました。彼と接触しないか見張っていたというのが本音ですが。
そのあとはおざなりに画集コーナーを見てまわりました。大きくて重い本がたくさん売っていました。相応のお値段もするし置き場所も選ぶし、好きなひとじゃないと買えないなと実感しました。
なおさら美春がイケてる気がしてむかむかしてきました。いけない、こんな気持ち。筋違いのただの嫉妬心です、醜いです。振り切って、頭のなか。気持ちを切り替えて彼を探します。
彼は漫画のコーナーで話題作の試し読みを見ていました。
新刊コーナーでは私の好きな漫画家の新作が売っていました。彼は「雪子が好きな漫画だよね」と言ってきたので私は「うちにあるから読みに来る?」と言いました。
私の車で私のアパートに向かいます。アパートには私が停めるスペース分しか駐車場がないので彼はいったん家に車を置いてきました。
「晩ごはん食べてく?」
彼は食べていくと答えたのでスーパーに寄って食材を買いました。いつもは一人分の食材を買うだけなのでカートは使わないのですが、今日は二人分なのでカートを押しました。
彼に「なに食べたい?」と聞いたらカレーと返ってきたのでカレーの材料を買いました。
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