喋る女

青山えむ

第1話 キウイカフェ

雪子ゆきこさん、僕とデートしませんか」


 しつこい男、ああいうのをストーカーっていうのかしら。私はきっぱりと断りました。私には彼がいるのですから。




「じゃあ三時にキウイカフェにね」

 高校を卒業して就職した時に新車で買った車は九年目。カラフルなピンクが可愛いでしょ。四角い車体にうさぎのマークがついているこの軽自動車は「可愛い子が乗っている」とCMで言っています。

 可愛いの代名詞、なんてネットでささやかれていたこともあります。まぁそれはいいのですが、目の前でこの車の話題になると少し辟易へきえきしてしまいますよね。

 ディーラーに行くと「次は車検をとるか買い替えか」なんて話題になるし。ディーラーからしたら新車を買ってほしいのでしょうね。まぁ、その時になってみないと分かりません。なんせこの車は気に入っていますもの、形も色も。車はすぐにデザインが変わるのですから。次に買う時も可愛いデザインがあるといいのですが。

 そんなお気に入りの車で彼とハンズフリーで通話して、カフェに行く約束をしました。さっきのストーカーなんて忘れてしまいましょう。



 キウイカフェに到着しました。ガラス張りの入り口には今月のスケジュールが書いてあります。定休日は飲食店によくある水曜日のようです。私は土日が休みなので定休日に当たったことはありませんが。

 そんなおしゃれな入り口を手動で開けます。店内に入るとすぐに観葉植物が目に入ります。BGMも川のせせらぎでヒーリング効果抜群です。テーブル席がいくつかありますが、席と席の間隔は、どれも広いです。ゆったりと過ごせる気配りを感じます。ここはお気に入りのカフェです。

 店内を少し見渡すと、彼が私を見つけて微笑みます。私は彼の座っている席を目指します。


「お先にご注文をお願いいたします」


 ああそうでした、ここは先に注文するシステムでした。紅茶とスイーツにしようと思います。本日のスイーツから「ぶどうのケーキ」にしました。

 注文と会計をすませて彼が座る席に向かいます。今日は土曜日なのでお店が混んでいます。私はカウンター席に案内されました。カウンター席もゆったりとしたスペースがあります。二人で座っても荷物を置く場所もあるし、本当に気が利くお店です。


 彼と顔を合わせます。待たせちゃったね、ごめん。彼は「気にしないで」と言ってくれます。彼は優しいです。彼はコーヒーを飲んでいました。スイーツはシェアすることにしました。

 そろそろ暑くなってきたねとか、そんな他愛たあいない話をしていたら紅茶が来ました。紅茶はティーポットに入っています。ティーポットと同じ色をしたマグカップに受け皿。三点セットです、全部揃っているっていいなぁ。

 カップの色はオレンジでした。ここカフェスタッフはお客のイメージに合わせた色の食器を提供すると聞いたことがあります。私にはオレンジが選ばれました。元気ということでしょうか。彼のコーヒーが入ってあるカップは青でした。青、王子様の色です。彼にぴったりです、ナイスセレクト、店員さん。


「お待たせいたしました、ぶどうのケーキです」


 ぶどうのケーキって、想像がつきませんでした。

 実物は……下の部分はスポンジで上はヨーグルトムース、ケーキのなかには様々なぶどうが入っていました。

 驚いたのはぶどうの大きさと種類です。三センチくらいあるぶどうが丸ごと入っています。色も紫や黄緑きみどりのぶどうがたくさん入っています。

 ケーキの断面図にはきれいに満月みたいなぶどうが表れています。上から見ても横から見ても、どこから見ても満月がいました。つまりこれって、ケーキのなかにぎっしりとぶどうをきつめたってことですよね? すごい、採算度外視どがいしというやつでしょうか。

 それにしてもケーキにぶどうって、水っぽくならないかな?

 心配ご無用でした、とっても甘くて濃厚です。それにムース部分も負けていませんでした。おいしくてどんどん食べてしまいます。あ、紅茶がポットで来てるから二杯分はあるのでした。配分を考えなくっちゃ。

 紅茶をストレートで飲んでみました、砂糖を入れなくてもおいしいです。なんの茶葉を使っているのでしょう。それになかなか冷めないのです。ちゃんとティーポットもカップも温めているのだと分かります。

 紅茶を冷ます目的も含めて雑誌を読むことにしました。彼はスマホを見ています。こんな風にお互いの時間を尊重している関係、いいですよね。

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