第72話 歓迎会が終わった
カタリナによる締めの挨拶も終わり、歓迎会は解散になった。さすがに夜遅いので、後片付けは明日先輩たちがおこなうそうだ。といっても雑用を先輩たちに任せるのも後ろめたいと言って、何人かの同級生は参加すると宣言していた。殊勝だ。
同級生たちにもみくちゃにされながらレストランから女子寮へ戻る道中で、ハンナが尋ねてきた。
「ユマさまは、明日どうなさいますか?」
「うーん、おねえ‥‥生徒会長からのメールが来ないと何とも言えないけど、今日は本当にもう疲れたけどあさって始業式だし、明日はじっとしているに越したことはないかな」
カタリナは、今日中にメールを確認しろと言ってきた。23時を過ぎてまもなく今日が終わるというこのタイミングだ。デートなのか分からないけど、おそらく私は明日の大部分をカタリナに付き合うことになるかもしれない。
「‥‥明日は生徒会長とデートですか」
「あ、ハンナ、人前でその表現は‥お出かけって言ったほうがいいよ」
「あっ」
人気のある生徒会長がデートしたという変な情報が広まると、たちまちスキャンダル騒動に発展するかもしれない。こちらも気を使うのだ。
「‥‥申し訳ございません」
「いいよ、ハンナ」
私はちらりと周りを見た。何人かの同級生が、話しながらちらちらと私に視線を送っているようだった。やはり先程のカタリナの発表で、変な誤解が広まり始めている可能性は否定できない。どうごまかそうかと、私は思い悩んだ。
◆ ◆ ◆
206の部屋には、レイナが先に帰っていた。レイナは自分の机が定位置なのだが、この時はマーガレットのスペースを覗き込んでいた。
「ただいま、レイナ、大丈夫?」
「‥‥大丈夫じゃないわ」
そうレイナが言い出したので、私はハンナを部屋に入れて、ドアを閉めた。
レイナの顔は見えないのだが、感情的になって肩を震わせているように見えた。
「あたし、いつもマーガレットを怒っているから、それで逃げ出したんじゃないかと‥‥」
そう話すレイナは、うつむいていた。その背中を、ハンナが優しくなでた。
「大丈夫でございます。マーガレットさまは、そのような人ではありません」
「そうだよ、いつも図太くて、レイナのことなんて気にしてないんじゃないかな」
私もハンナを手伝うように、レイナの肩を威勢よく叩いた。レイナはゆっくり顔を上げたが、振り返らないところを見ると本当に泣いているのだろう。レイナの獣耳がしゅんとしおれているし、しっぽもほとんど垂れている。
「‥‥それもそうね」
「始業式までには帰ってくるんじゃないかな」
「‥‥ありがとう、ユマ」
私がもう一回肩を叩くとレイナは弱々しくうなずいて、ゆっくり歩いて自分のスペースに戻った。
私はずっとレイナを眺めていたかったが、そうはいかないようだ。同時に私のポケットの中のスマートコンが鳴ったので、ハンナがじっと私を見始めた。
「まあまあ、ベッドで読もう」
「‥‥はい」
私とハンナは、私のベッドに座った。ハンナは両手をグーの形に硬く握ったまま、私のスマートコンを横から覗き込んでいる。
やはりカタリナからのメールだった。
「どれどれ‥‥」
◆ ◆ ◆
カタリナの部屋512は、他と同じ4人部屋だ。いくら生徒会長とはいえ、特別扱いはない。カタリナ、セレナのほかの2人は、歓迎会には不参加だった。そもそも、まだ顔を出していない。
「あの2人は明日帰ってくる予定だよね、ほんとギリギリだわ」
セレナが呆れたように、自分のベッドに座ってスマートコンをいじった。
「今夜だけだからね。明日からはもうこの手は使えないから」
「善処するわ」
「でもユマもよく承諾してくれたね、カタリナに抱かれたくないってうちに相談来てたよ」
「それは何回も聞いたわ、だから拒否してもいいってわざわざメールに書いたじゃない」
「ユマへのアプローチは常識の範囲内でってさっき言ったばかりだけど」
「姉妹が一緒に寝るのは常識がないのかしら?」
「‥‥」
向こうのスペースに居るカタリナはもう、パジャマに着替えていた。落ち着いたラベンダー色単色塗りのパジャマは、カタリナの大人の色気を引き出している。
「そのパジャマ、初めて見た」
「ええ、いつかこの日が来ると思って、丁寧に洗濯してとっておいてたのよ」
「妹離れしろ」
「ふふ」
カタリナは笑って、ぽすんとベッドに寝転がってスマートコンをいじり始めた。直後にドアのノックがしたので、カタリナは反射するように姿勢を正して、背筋を伸ばしてベッドに座った。それが滑稽だったのか、セレナは口を手で覆い隠した。
「入って」
「失礼します」という言葉とともにドアがゆっくり開いて、普段着のユマが顔を出した。
「‥あれ、着替えてないの?」
「はい、寮の廊下をパジャマで歩くと目立ちますので‥」
「目立ってもいいのに」
「それはちょっと‥生徒会長の変な噂が立つと、私も困ります」
「そう‥‥」
残念そうにセレナに視線をやったカタリナを見て、私は同行者を部屋に入れて、ドアを閉めた。
「着替えたいのですが、どこかお借りできるところはありませんか?」
「奥の好きなベッドを使って、それとタメでいいわよ」
「うん、お姉さん」
そう言って、私は同行者と一緒に部屋の奥へ歩いた。
「待って」
カタリナが私の同行者をじっと睨んだ。
「ハンナは呼んでないわよ。何で来たの?」
「生徒会長がユマさまに変なことをしないか、監視にまいりました」
ハンナは即答した。胸を張ってしゃべるハンナはめったに見れるものではないから、私はついその横顔に釘付けになってしまった。
「監視って、まさかずっとここにいるつもり?」
「はい」
必死の形相である。普段のハンナからは全く想像できない強めの声で、言葉を続けた。
「『抱く』というのが『生徒会長の抱き枕になる』という意味であったとは、わたくし、想定いたしておりませんでした。一線を越えた、学園の風紀を乱す、あまりにも大胆な行動でございます。わたくしは一晩中、ここで見張らせていただきます。そもそもユマさまに廊下をパジャマで出歩かせることで、既成事実を作ろうとなさっていたのでは?」
無名のハンナと比べてカタリナは学園でも知らぬ人はいないほどの知名度を誇る。立場を利用した既成事実を作られてしまっては、ハンナはかないようがない。
でも、ハンナが思ったより興奮していたので、私はなだめることにした。
「まあまあ、ハンナ、落ち着いて‥」
「ユマさまもユマさまでございます。どうして拒否なさらないんですか?一緒に寝るだけでも十分危険ですが、抱かれながら寝るとは。これが外部に知れたら大変なことになります。生徒会長の思うつぼですよ?ユマさまと生徒会長が肉体関係を持っているという噂が流れますよ?お願いでございます、今でも遅くありません、拒否なさってください!」
「ち、近いよ‥」
ハンナがくいっと私の顔に迫ってくる。あとちょっとでキスされてしまいそうなほどの距離だ。ハンナの呼吸が私の顔にぶつかって熱いし、それになんだか自分の心臓の鼓動も止まらない。
「落ち着いて」
私がハンナの肩を優しく掴むと、ハンナはため息をついて引き下がった。
「あのねハンナ、さっきも言ったけど、私は何度もお姉さんと一緒に寝たことがあるの。私は平気だし、周りも納得してくれると思うよ」
「それは告白される前の話でございます。それに‥今回は、一晩中抱かれるという話ではありませんか」
「うう‥それは私でもさすがに恥ずかしいし、キスもそれもやめてもらうつもりだけど、うん、普通に寝る分には私も久しぶりに一緒に寝たいと思ってたし、あまり触ってこなければそれで」
「ユマさまは危機感がなさすぎます。わたくしは恋愛の話をしているのです!」
やはり206の部屋で話し合ったときと同じ調子だ。レイナに聞こえてしまうのでとりあえずカタリナの部屋の中で改めて意見を陳述してもらうことにしたのだが、平行線だ。
先程ハンナには「デート」という単語を人前で使わないよう注意したのだが、あれは言い方の問題で、「お出かけ」と言えば誰も気にしないと私は思っている。一緒にお出かけするのも、こうして一緒に寝るのも、恋人ではなく姉妹としてやるのなら別に問題はないと思うし、周囲にもそう説明すればいい。所詮、女同士だし同じ家で暮らした家族でもある。さすがに一緒に寝るのも、私がカタリナを意識するようになった以上抵抗感がないことはないが、たとえ命令されたとしてもあまり嫌とは思わない。キスや抱き枕はさすがに拒否したいけど。
私が振り返ると、カタリナは渋い顔をしてこちらを見ていた。私は申し訳なさそうに作り笑いを浮かべて、お願いしてみた。
「あのねお姉さん、ハンナも一緒に寝るってのはどう‥?」
カタリナは呆れて、頭を片手で押さえてため息をついた。
「‥‥分かったわ」
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