第73話 ベッドに魔法をかけた

パジャマに着替え終わった私とハンナは、カタリナのベッドに座った。


「3人でこのベッドは狭いわ」


カタリナが呆れたようにぼやくが、ハンナはくいくいっと座る位置を私に寄せてきた。やっぱりハンナを別のベッドで寝かすわけには行かないと私は思った。


「‥落ちないように私が魔法で透明の壁を作るって、どう?」

「それはいい案だけど、寝ながら魔法って使えるの‥?」


そうやってカタリナが不思議がったので、私は「うーん」と首をひねった。

そもそも魔法を使うには、集中しなければいけない。慣れれば何かのついでみたいな感覚で魔法を使うことはできるのだが、対象から離れたり、寝たりすれば一般的な魔法は効果を失ってしまう。

しかし私はすぐに「あっ」と何かを思いついた。


「私、ちょっとスマートコンで魔法を調べるから、隅っこに行くね。ちょっと待って」

「分かったわ」


カタリナがそう返事したので私は「ありがとう」と言って、カタリナの机の上に置いた自分の荷物がまとまったボールと、再梱包用のペンライトを持って、誰もいない部屋の隅へ直行した。夜を示す真っ暗な窓ガラスには自分がうつっている。後ろをちらと見るとハンナとカタリナが何やら話している様子だった。喧嘩にならないことを祈ろう。

私は演技のためにいったんボールを解凍した。複数の荷物をまとめて入れた時、一部だけ選んで取り出せないのがこのボールの不便なところだ。着替える前の服がでてきたので、その中から自分のスマートコンを取り出した。

それを電源をつけずいじっているふりをしながら、私は片耳を手で塞いで、後ろに聞こえないように小声で囁いた。


「‥‥いますか?聖女様」

<います>


アリサは魔法がとても上手だったと授業で聞いたから、ここでいったん質問してみるのもありだと思った。


「さっきの会話、聞いていましたか?」

<はい>

「寝ている間にも魔法を発動させることって、できるでしょうか?」

<できます。寝ている間も作動することをしっかりイメージして、多めに魔力を注いでみてください。それで朝までもつと思います>

「えっ、それだけですか‥?」


思ったより簡単な作業だったので、私は拍子抜けした。魔力を必要以上に注ぐことは授業でも頻繁にやるので、私以外にもできる人はかなり多いのだが、それだけで寝ている間も魔法を使い続けることができるとは聞いたことがない。そんなに簡単にできるのなら、私はそもそもこうしてアリサに質問しないし、カタリナも不思議がったりしない。


「そんな簡単にできるんですか‥?」

<他の人にはできません。あなただからできるのです。あなたの魔力は、私が聖女になった時の神の御加護が残っていて、特別なものです。本来必要である特別な訓練は必要ありません>


魔力って肉体につくものだろうか、魂につくものだろうか、そんなことは現代魔法学・科学ではいっさい解明されていないオカルトチックな話だし、聞き返したいことは山ほどあるのだが、ハンナやカタリナと同じ部屋にいるということもあるので後でゆっくり聞くことにしよう。


「‥分かりました、それでやってみます」


私は小声でそう返事して、スマートコンを普段着のポケットにしまい、ペンライトでそれを丸めてカタリナのスペースに戻った。


「どうだった?」


カタリナが不快そうに唇を尖らせている一方で、ハンナは唇を噛んでじっと私を見つめている。私はやれやれと息をついて、ボールとペンライトを机の上に置くと、ゆっくりうなずいた。


「やってみるね。2人とも、ベッドから離れて」

「‥分かったわ」


カタリナは静かに、ハンナは口角を小さく上げてカタリナより早く立ち上がった。


「できんの‥?」


壁にもたれて、すでに下半身を布団の中に入れてしまったセレナが向こうから尋ねると、私は「‥はい」と少しためて返した。

私は無人のベッドに手をかざした。見えない壁を作る魔法は無詠唱でも余裕でできるし、必要以上に多めの魔力を注ぐこともこれくらいの簡単な魔法なら普通は無詠唱だ。しかし、どうしてもアリサの話がピンと来ないので、念には念を入れて詠唱することにした。


「ル・ド・ファング‥」

<詠唱はいらないです>


声がしたので私は困った顔をして、詠唱をやめた。


「大丈夫でございますか、ユマさま。まだ途中でございます‥」


後ろからハンナが心配そうに声をかけてきたが、私は「大丈夫、ちょっとね」と短く答えて、それからまたベッドを振り向いた。本当に詠唱なしでできるか不安はあるが、こうなったらやるしかない。

手をかざしたベッドをしっかり見て、形状をしっかり把握しておく。そして目を閉じて、頭の中にベッドをイメージする。私が寝ている間も消えない壁。一晩中ずっと、寝転がって落ちないように守ってくれる壁。

‥‥あれ?私は魔力をためながら気付いた。ベッドに入るときや、途中でトイレに行くとき、壁があっては邪魔にならないだろうか。その時のために、目的を持った行動は壁をすり抜けるようにできないだろうか。そこまで器用なことができる自信はないけど、その一部分が失敗しても壁ができないわけではないし。壁といっても落下防止なら高さは10センチで十分だし失敗してもベッドが使えないことはないし、試せるだけ試してみよう。


頭の中に青色のあやしい色をした炎のイメージが出てきた。同時に、私の周囲を微風がつむじのように舞い上がり、そして消えた。


「‥魔法、かかったかな」


目を開けた私がつぶやくと、カタリナがそっとベッドの周囲に手を出した。そして何かを触っているかのように、何もないところを撫でた。


「‥‥本当に壁ができてるわ。これがユマの魔法ね」

「うん」

「でも寝ている間に魔法が解けないって分かるのかしら?どう、ハンナ?」


カタリナはハンナに話を振った。もちろん私もこれで大丈夫なのか不安しかないし、確信を持ってはいとは言えない。ハンナももちろん困った顔をして、透明な壁を手で触ったり叩いたりして壁の高さを確認したあと、そっとひざを壁の上に乗せようとした。


「‥あっ!?」


想定より低い位置まで膝が落ちたので、ハンナは少しバランスを崩した。


「大丈夫、ハンナ?」

「大丈夫でございます。あの、壁がなくて‥」


ハンナのひざは、ベッドの端っこにそのまま乗っていた。


「あ、それなんだけど、ベッドに自分の意志で乗ったり降りたりするときは壁をすり抜けるようにしてみたけど、どうかな」

「えっ‥?」


ハンナは目を丸くして、それからひざの周辺の壁を撫でた。そして、ベッドに乗ったり降りたり壁を手で触ったりを繰り返し始めた。そしてじきに私のすぐ近くまで歩いてきて、興奮気味に話しだした。


「すごいです、ユマさま、こんな魔法、見たことも聞いたこともございません。本当にすごいです!」

「え、ええっ?」


カタリナもあっけに取られた顔をして、ハンナと同じように、ベッドに乗ったり降りたり壁を触ったりをしばらく繰り返した後、「‥やっぱりユマはすごいわ」と言ってきた。


「‥‥えっ?」


私もこういうたぐいの魔法を使うのは初めてだったので、正直失敗しても仕方ないし、失敗したと決め込んでいた。だが2人の様子を見ていると、成功したのだろうか。そもそもこのように道具を使う人の意識によって作動内容が変わる複雑な魔法は、思いつきでかけておいて何なのだがかなり高度な魔法で、使えるのも軍のベテランや研究者・一部の愛好家などに限られる。私はそっとベッドにひざをかけた。確かに2人が言う通り、壁はなかった。


「‥この魔法が使えるレベルなら、寝ている間に魔法が解けることはないと思うわ」


先程まで不快そうにしていたカタリナは、妹の快挙に興奮したのか、笑顔に戻っていた。


「そうでございますね」


不安げだったハンナもすっかり納得して、ベッドに座った。




★第74話には過激な表現が含まれるため、18禁指定としてpixiv小説で公開しています。閲覧にはpixivアカウントが必要になります。ご了承ください。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=15852404


カクヨム上の次話は第75話になります。

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