第71話 表彰された

「それでは、これより成績優良者を発表する。呼ばれた奴はここへ来い」


ステージに立ったオードリーが、用意していたメモを読み上げる。私はカタリナと一緒にステージの脇で待機しているが、他の成績優良者の姿は見えないので、おそらく私だけがカタリナに特別扱いされているのだろう。

ちらりと隣に並ぶカタリナを見る。カタリナはいかにもすましたような顔で、ステージのオードリーをじっと見つめていた。カタリナが隣りにいるだけで、カタリナの匂い、そして立ちながらちょっと体を動かすカタリナの服が目に入ってくる。生身のカタリナの近くにいると思うと、どこかむずがゆくて、心地がいい。

はっと思い出して、私は懸命にぶんぶんと首を振った。私はこれからカタリナに抱かれてしまう。ものすごく不安であった。今までカタリナは何度も私を抱いてきたので、私は慣れていると思っていた。だが、今日カタリナと戦った時‥‥いや、カタリナに告白されたあの日から、私はカタリナを変に意識するようになってしまったかもしれない。抱かれるのが嫌になったわけではないが、こうしてカタリナの隣りにいるだけで興奮するし、幸せな気持ちにもなる。この原因がどうにも掴めない。


「おねえさ‥生徒会長」


私は小声でそっと話しかけた。


「何?」


カタリナはあいも変わらず、にこやかに私に答えてくれた。カタリナとは目を合わせられなかった。


「‥‥キスは勘弁してくれる‥‥?」


私がカタリナを避けるようになった理由は、(ハンナとの)キスが恥ずかしいというものだった。でもハンナと抱くのだけなら告白される前にも頻繁にやってきたことだし、少しだけなら大丈夫かもしれない。せめてキスだけは交渉しておきたかった。


「ほっぺたならどう?」

「それなら‥‥」


だめだ。何でOKしてしまったの。私のバカ。拒否したかったのに。私の頭のどこかがキスを求めているような焦りにも似た感情があった。

そんなことで何度も頭をくるくるさせていると、カタリナが補足した。


「‥‥だけど」

「ん?」

「少しはハンナの見えないところでやるわ」

「‥‥ありがと、お姉さん」


初冬の気温なのに、私の心は何かに満たされたかのように熱くなっていく。それが体をぽかぽか温めてくれる。意味は全く分からなかったけど、それでも今はこの温かさが心地良い。

オードリーがいくらか名簿を読み上げたようで、成績優良者という同級生が次々とステージにあがってきた。ヤストの姿もあった。ヤストもクレーンゲームで勝っていたし、テンガでも勝った記憶があるし、10ポイントを稼いでいたのか。


「そして、最後にユマ」

「はい」


オードリーに呼ばれて、私はカタリナと一緒に、ステージの横にあるスタッフ用の階段を登った。会場からは驚きもあったが、拍手で埋め尽くされた。

ステージに上がった私は、ヤストの隣に並んだ。といっても、私がヤストに勝てたわけではない。同じ表彰台にいる以上、今回は引き分けだ。わざわざヤストを煽ることはないだろうと思っていたが、ヤストのほうから話しかけてきた。


「おい」

「何」

「次は俺が勝つ」

「あっ、そう」


私は聞き流すことにした。ヤストが小さく地団駄を踏んだのが聞こえたが、ステージの上で多くの同級生や先輩たちの注目が集まっていることを意識しているのか、それ以上は自重した。

ついでオードリーが、メモを差し替えて目録を読み上げた。


「まず、宝探しの表彰だ。生徒会長を倒せた人はいなかったが、副賞をもらったチームが2つある。レイナ、アージャ、ルノ」

「はい」


3人が口々に返事して、オードリーの近くにいる、何やら小さい箱を持ったメアの前に並んだ。

レイナたち、5ポイント取ったのか。後で副賞の中身を聞いてみよう、お皿とかだろうけど。

その後も次々と表彰は進んだ。ただ、最初に10ポイント先取したのは私のはずなのに、私の表彰だけは最後のようだ。ヤストが賞をもらった時、私を一瞥(いちべつ)して「ふん!」とぷいっと顔をそむけたのが微妙にいらついた。賞をもらった人はステージの奥の方に並んだ。


「では最後に、ユマ」

「はい」


私は返事をしてステージの前へ向かって歩いた‥‥のだが、なぜかカタリナが横にぴったりくっついてくる。なぜ私だけ?恥ずかしい‥‥と思ったのだが、そういえば10ポイント先取した人には、カタリナからハグされるというおまけつきだった。カタリナは本当に本気でハグするつもりなのだろうか?そもそも、男が先取した場合はどうするつもりだったのだろうか。


「10ポイント先取おめでとう。賞品を与えるが、その前に生徒会長のハグだ」


オードリーがそう言うと、会場は「おおおーー!!」という歓声に包まれた。といっても興奮しているのは主に女子と一部の男子で、それ以外は悔しがったり泣いたりしている様子だった。この童貞が、と私は心の中でつぶやいた。当初はハンナにハグされてもらうつもりだったのだが、少なくとも男子が先取しなかっただけ、とてもよかったかもしれない。


「待って」


それを言ったのは、私ではなくカタリナだった。オードリーも少し驚いたのか、メモから目を離してカタリナを見た。


「‥‥はい?」

「私がいつハグするって言ったの?」

「えっ?」


カタリナのその言葉で、会場が一気に静まり返った。


「えっ?えっ?」


私も驚いて、思わず一歩踏み出した。しかしカタリナは、オードリーからマイクを受け取ると、話し始めた。


「一部で私がハグするという話になっていたようですが、私は『抱く』と言いました」

「それはつまり‥?」


オードリーも訳がわからない様子で尋ねたが、カタリナは少しためた後ふふっと笑った。


「後でユマ個人にメールを送ります。今日中に必ず読んでくださいね。何をされるかはお楽しみですよ」


そう言って、ぱっちり私にウィングした。怖い。カタリナが何を考えているか全く分からない。私は身震いした。

問題はもう1つある。学園中で人気のあるカタリナが、これを大勢の前で言ってしまったことだ。『抱く』なんて、生徒会のことだから健全な内容ではあると思うのだが、捉えようにとっては別の意味とも思われかねない。特にレイナは危険だ。多分カタリナは逃げ口上を代わりに考えてくれると思うのだが、私には大勢に囲まれた時にあらぬ誤解をうまないようにそれを説明する自信がなかった。そういう意味で、かなり緊張する。緊張で手が震えているのがわかる。


「‥‥それでは、気を取り直して、賞品だ。メア庶務」

「はい」


メアはひとつの小さい箱を私に渡した。宝探しの副賞と違って、宝探しも含めた歓迎会全体での獲得ポイントで決まる最大の賞のはずなのに、思ったより小さい箱だった。拍子抜けしそうになったが、私は「ありがとうございます」と言ってそれを受け取った。


◆ ◆ ◆


私たち受賞者はステージを降りて、テーブルに戻った。そろそろ歓迎会の締めの挨拶が始まる。私は椅子に座ったのだが、すぐに隣のハンナがぎゅっと私の服を掴んだ。振り向くと、ハンナが目を大きく見開いて、唇をぎゅっと噛んで、肩をわなわな震わせていた。涙も出ているのか、目の周りがきらりと光っていた。


「‥‥ユマさま」

「ど、どうしたの、ハンナ」

「生徒会長からのメール、わたくしにも見せてください‥‥」

「‥うん、分かった」


ステージの上で発表された事柄である以上、どうせ後で公になることだ。それに、ステージの上でカタリナにも特に口止めされなかった。親友のハンナにも別に見せていいだろう。何より、ハンナが寂しそうに私をみつめているのが気になった。ハンナは本当に私のことが好きで、私に依存してしまっていて、それがとても嬉しく、私の心が多幸感に満たされるのと同時に、申し訳ないとも思った。

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