第65話 クレーンゲームに挑戦した
アユミは魔力クラスなので、代わりに技力のセレナが私と一緒に出ることになった。ぬいぐるみを浮かせる人は魔力、アームを操作する人は技力、というふうに役割分担することになっている。ゲームは3回までトライ可能だ。
すでに先のチームがステージにあがって、順番にアームを操作し始めた。ぬいぐるみがつかめないチームはまだましなのだが、勢い余って台の下に落とすチーム、熱中するがあまり浮遊の魔法を使ってしまうチーム、いろいろだった。もっとも私は、そのどちらもわざとやるつもりなのだが。
ちなみに審判として、3人の7年生が筐体をそれぞれ別の角度から監視している。
「はぁ、わざと負けるなんて気がすすまないんだけどね」
セレナはジュースを飲みながら、小言を言った。
「えっ、わざと負けるって‥?」
きょどんとした顔のカシスに、セレナは面倒くさそうに言った。
「後で話すよ」
「‥‥」
カシスは不満そうではなかった。ただ驚いている様子だった。
私はセレナと少し相談した。浮遊の魔法を使って、ぬいぐるみを台から落とす。それも、できるだけわざととは思えないような演技をつけてだ。これでマイナス2ポイント、私は6ポイントに逆戻りである。時間もなかったのだが、私は頑張ってその状況をイメージトレーニングした。
直後に4つ前のチームがプレイを終わらせたので、私とセレナはステージにあがった。
ステージにあがって、気付いた。私の前のチームに、ヤストがいる。ヤストは待ってましたとばかりに振り向いて、ぎろりと私を睨んだ。
「な‥何?」
「お前には負けねえからな、このゲスが」
「‥‥謝って」
ぐっと手を握ってヤストを睨み返す私の足を、セレナは踏んだ。
「安い挑発に乗んな、目的忘れんなよって」
「‥‥そ、そうですね」
私は怒りを噛み殺して、感情を押し殺してうなずいた。
セレナはそれだけでなく、ヤストに注意してくれた。
「キミも女にそんなん言うな」
「‥‥ふん!」
ヤストは先輩相手に謝りもせず、ぷいっと顔を背けた。
「はぁ‥」
セレナはため息をついた。ヤストと一緒の先輩がヤストに何か話しかけているようだが、何を話しているかは分からない。
セレナは機嫌悪そうにしていたので、私はもう十分だよということを伝えた。
「ありがとうございます、セレナ先輩」
「‥ん、どういたしまして」
クレーンゲームはかなり難しいようだ。アームはお店のものよりも強く、わりとしっかりぬいぐるみを掴んで離さない。しかし魔法で対象を浮かせる、それも比較的コントロールのいい浮遊の魔法は禁止というのが難しく、風の魔法だけでなく、水、木、金、はては火まで使うチームも現れたが、成功率はかなり低い。10チームのプレイを見てきたが、成功したのは1つだけだ。単純に魔力の強さではなく、精巧さも問われている気がする。
ヤストの順番になった。私はそれをにらみながら眺めていた。魔力クラスのヤストは、技力であろう先輩とは少し距離を置いた。そして、私の方を一瞥して、軽蔑するようにぺろりと舌を出して、笑った。
私は手を強く握った。手や自分の体が震えているのが分かった。
「‥‥‥‥っ」
またセレナが私の足を踏んだ。さっきより少し痛めだ。
「見るな」
セレナにそう言われたので、私は「‥‥はい」と言って、そっぽを向いた。
しかし、声が聞こえなかったわけではなかった。少したって、ヤストの雄叫びが聞こえた。
「いよっしゃあああああ!!!やったあああああ!!!」
私にわざと聞こえるようにしたかはわからないが、ヤストはとにかく大きな声で叫んだ。私はちらとヤストを見たが、ヤストはやはり、私を向いて叫んでいた。
「ヤストのチームに3ポイントを与えます」
「よっしゃ、これで9ポイントだ!」
ヤストだけに安い挑発である。私は何か言いかけたが、こらえた。
しかしヤストは、ステージの出口の階段は向こう側にあるというのに、わざわざ入り口側へ歩いてきた。そして私の近くまで来ると首を突っ込んで一言、しゃべってきた。
「俺を超えられるか?できねえだろ?」
そう言って、入り口側の階段からステージを下りてしまった。
「ごめんね、あいつには俺が言って聞かせるからさ」
ヤストに同伴した男の先輩が手を合わせてセレナに謝って、急いでヤストの後を追った。
「はぁ‥‥めんどくさ」
セレナはため息をついて、筐体のボタンに手をかけた。私もその隣まで来たのだが、なぜだか怒りが収まらない。
私はこれまで、ヤストからライバル視されているということには気付いていたが、今日ほどヤストに激しい憎悪を抱いた日はない。結果論でよかったとはいえ私がゴーレムにわざと捕まろうとしたのを邪魔されたのをはじめ、私がゴーレムからヤストを救っても悪態をつかれたし、キューブの勝負でも挑発された。そしてこれである。
あまつさえキューブの時は、途中で中止になったためにヤストが私に負けたところは見ていない。1メガトン、強いて言えば2〜4トンの勝負をヤストが拒否した時点でヤストの負けではあるのだが、ヤストの悔しがる顔を見ていない。それだけで私は、まだヤストに勝てていないような気がした。
「おい、目的忘れんな」
セレナが小声で私に囁いた。しかし私はいらいらしていた。
「‥‥わかりました!わかりましたよ!」
「ユマ」
セレナは私の両肩を掴んで、また囁いた。
「イライラしてると魔力が暴れるぞ、落ち着け、あ、でもせめて台から落とすくらいはできっかな、それで1ポイントだから」
「はい!」
私は小声に対して大声で返答した。そして、台をぱんと叩いた。
「始めてください!」
「‥‥わあったよ」
セレナはやれやれと言って、ボタンを押した。1回目の挑戦だ。アームがゆっくり動き始める。
浮遊の魔法を使うタイミングなのだが、私の頭からはどうしてもヤストのことが離れなかった。私はふんと息をついた。
同時にぬいぐるみがぴょんと、大きく勢いよく、猛スピード、というよりは一瞬、というよりは瞬間移動のように天井にぶつかった。ズンという、大きく低い音が天井を音源に会場全体に鳴り響いて、初めてそれに気付いた。
それだけでは済まなかった。衝撃波が発生してしまったようで、一瞬たった後から耳を切り裂くような大きな音が、嵐のように会場に轟いた。
会場にいる人も、筐体の近くのスタッフ3名も、セレナも、必死で耳をふさぎ終わった後は、言葉を失って天井を見上げた。ぬいぐるみは金属の天井にめり込み、その周辺の天井が乱反射していた。天井の形が変わってしまったようだ。
「‥‥落として」
「は、はい‥」
セレナが冷静を装って言うと、私は魔法を解除した。天井にめりこんでいたぬいぐるみが、落下した。
あれほどの高さなら、台の下どころか会場のテーブルのどこかに落ちるかもしれない、と誰もが思った。
しかしそれは、なぜか私たちに吸い寄せられるように、どすんと鈍い音を立てて落ちた。
クレーンの穴に。
「‥‥えっ?」
私は頭が真っ白になった。
セレナも真っ白のまま、固まった。
会場の人たちも、口をあんくり開けて言葉を失った。
しばらくの沈黙のあと、筐体を囲む3人のスタッフが集まって何やら相談していたが、主審と思しき1人が手を挙げた。
「‥‥2ポイント、2ポイントです‥‥‥‥2ポイント入ります」
「え‥‥ええっ?」
さっきまでヤストのことばかり考えていた私も、さすがに慌てた。
「すみません、わ、私、浮遊の魔法を使っていたので、それで減点になりませんか‥‥?」
スタッフはお互いの顔を一瞬見合わせて、それから1人が答えた。
「あのスピードは浮遊の魔法で出せるものではありません。おそらく浮遊以外の魔法を使ったんだと思います。ぬいぐるみがアームに触れなかったのでマイナス1ポイント、成功時の3ポイントとあわせて2ポイントです。これは私たちの審判としての判断です」
そう答えるスタッフも戸惑っていた。私も戸惑っている。
★多忙によりストックの安定した供給ができないため、8月10日〜13日の更新をお休みします。次回更新は14日(土)です。
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