第66話 10ポイント先取した
私はふらふら歩きながら、テーブルに戻った。
周りからの視線は、もはや気にならない。周りの喧騒は、一切耳に入らない。
目の前にあるのは、私が10ポイント取ってしまったという現実である。
「ユマさま‥」
ハンナはさらに落ち込んで、目を閉じてうつむいて手を組んで何かを祈っていた。その顔は何かを諦めたように、とても悲しそうだった。
気圧でつぶれたのか、ぺちゃっと潰れてただの綿の塊と化してしまったぬいぐるみはさすがにスタッフが引き取り、新しいぬいぐるみと交換してもらった。セレナはそれを片手に持っているが、ぽんとアユミに放り投げた。
「‥‥あげる」
「‥ありがとうございます‥」
アユミも複雑そうな表情をして、事務処理のようにそれを受け取って、見つめていた。
私とセレナは椅子に座った。誰も何も言わなかった。カシスも空気を読んで黙っていた。
私たちのチームは勝ったというのに、どんより暗い空気が漂っていた。周りから避けられるくらい、とても重かったらしい。私は頭を真っ白にしたまま、ただただ時間の経過を待った。カタリナのことはできるだけ考えないことにした。
ハンナはもちろんのこととして、アユミは私たちのことが(後輩として)とても好きだから、私の力になれなかったことを落ち込んでいるのだろう。セレナは落ち込んでいるわけではないのだが、この重苦しい空気に耐えきれず不機嫌そうに「ちっ」と舌打ちをした。カシスは余計なことを言わないよう、黙ってステージを見ていた。
◆ ◆ ◆
「‥‥さて、ゲームはもう1つありますが、ここで10ポイントを先取した人がいます。規定により最初に10ポイントに到達した人にのちほど賞品を贈ります。次のゲームに減点要素はありませんので、ここからは2位以下の決定戦になります」
クレーンゲームが終わり、スタッフが筐体を回収するのを背に、メモを片手に持ったメアが話した。なるほど、結果発表は全部終わった後というわけか。それだけに私には時間の経過とともにプレッシャーがかかる。きついパターンだ。早く楽になりたかった。
ふと、隣のハンナを見た。ハンナは少しは立ち直ったようで、私と目が合うとかすかに笑顔を作った。
私も少し笑った。そうだよね、最後のゲームはポイント関係ないから思いっきり楽しまなくちゃ。
会場はどよめいた。主に男子の悲鳴だった。
「ああ、俺は今まで一度も女子にハグしてもらったことはないのに‥」
「どいつだよ、めちゃうらやましいじゃねーか」
こんな話し声が聞こえたので、ゲスなのは男子のほうではないかと私は思った。ただ、悔しがっている女子もいくらかいた。私以外にもカタリナに憧れている人がいるということで、それは妹として嬉しかった。
スマートコンで次第を見ると、次が最後のゲームらしい。最後のゲームを前に、少しの休憩が入った。途端に周りの同級生たちが私の席へ群がった。
「今10ポイントとったのってユマ?」
「クレーンゲームで勝った人って少ないからな」
確かに30チームが3回ずつ挑戦して片手で数えられるほどしかクリアできたものはなかったのだから、私に注目が集まるのは必然だ。
「はは‥どうだろう」
カタリナのことをできるだけ考えたくなかったので、私は笑ってごまかした。
◆ ◆ ◆
時計はもう18時をさしていた。最終ゲームと同時に食事するらしく、もともと食堂だった会場に、脇のキッチンから次々と食べ物が運ばれてきた。
「わあ‥‥!」
私たちのテーブルに運ばれてきたのは、七面鳥の丸焼き、チキン、サラダなどなどだった。どれも熱くほかほかしている。もちろん主食のパンも豪華で、様々な形状をしたパンが大皿の上に置かれている。スープも鍋ごと運ばれてきた。
「わたくしが掬います」
ハンナが5人分の椀(わん)を自分の席近くに寄せて立ち上がったが、アユミが止めた。
「待って待って、これはユマやハンナの歓迎会だから、私が入れるよー」
「あっ、申し訳ございません、よろしくお願いします」
そう言ってハンナは椀をアユミに渡した。アユミが次々とスープを入れていき、最初にハンナに、次に私に配った。ありがとうございます。
1日中ゲームをやってきたから疲れていただけに、ほかほかのスープとパン、肉料理は私の腹によく入る。とてもうまい。
「食べながらでいいので聞いてください」
ステージにメアが立ち、数人のスタッフが巨大なタワーを魔法で運んでいた。
「あれは‥テンガ?」
「そのようでございますね」
私はその6メートルはありそうな巨大なタワーを見上げた。テンガとは、直方体の木片を積み上げてタワー状にして、それを1個ずつ抜いていき、タワーを崩したほうが負けという遊びだ。本来ならタワーの高さは30〜50センチくらいなものだが、このタワーは大きい。全長が6メートルあるだけでなく、木片1つ1つがとても大きい。
「5人全員で挑戦してもらいます。グループ同士の対戦になり、勝った方のグループに2ポイント入ります」
メアが明るい顔でツインテールを揺らして、紙を持ちながら説明した。
「とても大きいので、上の方にある木片には手が届きませんよね。技力クラスの人が抜く木片と抜き方を指示し、魔力クラスの人が実際に抜くプレイを想定していますが、技力クラスの人でも簡単な魔法なら使えますし、遊び方は自由です。ただし全員が参加するようにしてください。木片を両チーム併せて10個以上抜いた状態でタワーが崩れた時、参加していない人がいたチームは失格になります」
なるほど、そこはちゃんとしている。今までのゲームと違ってフリースタイルで遊べるというのは面白いが、私に仕事が集中しそうなルールでもある。実際問題、私と同じ魔力クラスのハンナは成績があまりよくない。他に魔力の人と言えば、アユミ、そしてカシスだ。
「‥‥ん?」
このグループで技力クラスの人は1人しかいない。セレナだ。ということはセレナを軸に、私たち4人が交代で木片を抜くことになるのか。ちらりとセレナを見ると、セレナもそれに気付いているのか、露骨に嫌そうな顔をしていた。
「そして‥‥えっ?」
ステージで紙を見ながら説明しているメアが何かに気付いたらしく、その紙を少し読み込んでから言葉を続けた。
「‥‥失礼しました。ゲームの最後にサプライズとしてエキストラマッチがあるようです。それから注意事項として、食事休憩を行うため、このゲームの司会は前半はこのメアが、後半はオードリーがつとめます」
何事もなかったかのようにメアは紙を読み上げ終わった。
ついで何人かのスタッフが箱を持ってきて、中から2枚の紙を取り出した。
「組み合わせは抽選で決めます。最初の対戦の組み合わせは‥‥」
◆ ◆ ◆
このゲームを食事と一緒にして正解だった。1つのゲームが長いのだ。大体15〜20分はかかる。試合数は全部で15、エキストラマッチを含めると16だから、大体5時間かかる。終わる頃には23時だ。時間配分を考えてほしくないこともないのだが、入浴の時間が限られる。そこは別途説明があって、生徒たちが次々と入浴のために一時離脱した。あとは、別のグループのテーブルへ行って友達と話す人も多かった。疲れていてあくびをする人もいた。歓迎会は始業式の前日ではなく2日前で正解だったと思う。
このような雰囲気であったので、テンガも真剣勝負というよりは余興の意味合いが強かった。むしろ食事休憩や先輩との歓談がメインで、テンガは宴会の余興に近い。みな、楽しんで先輩と話したり、木片を抜いている感じがした。それでも拘束時間であることには変わりないから、贅沢を言えばもっと短くしてほしかった。
20時過ぎになって、私たちの番が回ってきた。
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