第64話 先輩との密談

「ええと、それは‥」


ハンナが手計算で数えだしたので、私は補足した。


「今、8ポイントだよ」

「ええ‥」


ハンナは困ったように口を結んで、ため息をついた。


「あと2ポイントじゃん、やったね」


先程カタリナをピンタしたことは全く覚えてませんとばかりに、セレナがにやついた。正直、この時のセレナには不快感がするのだが、先輩だから何も言えない。

例によって事情を知らないカシスが無防備な発言をした。


「姉妹だよね、ハグしても問題ないと僕は思うな」

「‥‥そうかな」


私はうつむいて、答えを濁した。私の様子に気づいたのか、セレナはカシスのまた隣にいるアユミに目配せした。アユミがうなずいて、立ち上がる。


「ちょっと、人の多いここで話すのもなんだから、外で、どうかな?」

「はい、わかりました。お願いします」


私は椅子から立って、アユミについていった。


「あー、うちもちょっとトイレ」


そう言って、セレナも私の後ろについてきた。


「あっ、あ‥」


ハンナは椅子から立ち上がる素振りを見せたが、小さく首を振って引っ込んでしまった。私からハンナを呼ぼうと少し考えたが、次のゲームが始まるまでそう長くはないので後で謝ることにした。


「行かなくていいのかい?」


カシスがハンナに尋ねるのだが、ハンナは首を振った。


「いえ‥わたくしには関係のない話でございますので‥」

「そう?行きたそうにしてるけど?」

「いえ‥」


ハンナはそう言って、ごまかすようにポケットからスマートコンを取り出して操作し始めた。


◆ ◆ ◆


他にもトイレに行く人がいたので、私たちは2階へ繋がる階段の踊り場で話すことにした。


「‥それで、ハグされたくないん?ただのハグだよ?」


私が「カタリナにハグされたくない」と言った時のセレナの反応がこれだった。アユミも首を傾げた。


「ユマは今まで抱かれても抵抗感はなかったんだよね」

「はい」

「歓迎会の賞品としてだったら、みんなも見ているだろうし普通のハグだと思うよ?何が嫌なの?」

「その‥ハンナが‥」


私はそっぽを向きながら、自分の指をいじって間を作った。


「あー‥‥」


アユミに事情が伝わったみたいで、悩ましそうにため息をついた。


「私と生徒会長がハンナの目の前でハグしたりキスしたりしたら、ハンナも同じことを要求すると思います。ハンナとハグはともかく、キスはちょっと‥‥」

「キス?」


アユミがそこに食いついてきたので、私はごまかすように両手を振った。


「ああ‥宝探しの時のバトルで負けたらキスするって約束になっているんです」

「恋人でもないのにキスって、ユマは嫌じゃないの?」

「姉ですし、そこまで嫌ではないです。今までしたことはないけど」

「それは普通の女の子がやることじゃないよ」


さすがに予想外だったのか、アユミは苦笑いした。セレナが大きな手で顔を覆って笑いをこらえている様子だったので、それを見てアユミははっと気付いて口を手で隠した。

笑われたことは別にいい。私は少しうつむいて、続けた。


「生徒会長とキスしたら自動的にハンナともキスしなければいけないと思うと、恥ずかしくなって‥‥ですから、せめてキスだけはなしにしてほしいです」

「生徒会長とハンナって何が違うのかな?」

「生徒会長とは、血はつながってないけど家族ですので」


カタリナは、家族を失い路頭に迷う私を死から救ってくれた。幼い時からずっと私を見ていてくれた。私のために歌を歌ってくれたし、添い寝してくれたし、お菓子を作ってくれたし、勉強を教えてもらったし、一緒に遊んだりもした。それが姉妹として当たり前だと思っている。恋愛関係なく、カタリナは私の心の一部なのだから。

私は以前から男と恋愛するつもりだったし、今もその気持ちに変わりはない。女に恋など、一生しないと思う。だが、キスは家族当然のカタリナとならともかく、ハンナとするのはちょっと違うと思う。一線を超えているような気がする。

突然、腕を組んでいるセレナが私に尋ねた。


「ハグだけならいいん?」

「はい」


私がそう返事すると、セレナは私から目をそらして、鼻でため息をついた。

私の返答が露骨に不満そうな態度なのだが、機嫌が悪い時のセレナの顔が怖い。質問をためらっているうちに、アユミが追加で尋ねた。


「とにかく今は生徒会長とキスのは嫌なんだよね?」

「はい」

「今日、これからどうするの?あと1回でも当ててしまったら、10ポイントにいってしまうかもしれないんだよ?」

「それは‥」


少し考えて、私はアユミに頭を下げた。


「お願いがあります」

「どうしたの?」

「私がこれ以上ポイントをとらないよう、協力してほしいです」

「‥‥分かったよ。セレナ先輩も大丈夫ですか?」

「‥‥‥‥‥‥‥‥」


セレナがなかなか返事しないので、私は顔を上げた。セレナは虚を見ているようで、何かを考え事しているようだった。しかし表情から不快感が伝わってきた。

私は、セレナと初めて会ったときのことを思い出した。セレナは、私がカタリナのことをどう思っているか尋ねてきた。その時に私が答えると、「そういう意味じゃない」と返してきた。うすうす思ってはいたけど、セレナはカタリナの恋のことを知っているんじゃないかと思った。

私は、なかなかアユミに返事しないセレナに尋ねることにした。


「セレナ先輩、私からも1つ質問していいですか?」

「取り込み中だから手短にして」

「先輩は、なぜさっき生徒会長に怒ったんですか?」


セレナは唇をぎゅっと噛んだ。窓からわずかに入ってくる地球の光で、それは分かった。


「ただの個人間のいさかいだよ。ユマには関係ない」


そう返事して、はぁっと長い溜息をついた。


「‥‥分かったよ。うちも協力する」

「ありがとうございます」


私は深く頭を下げた。


◆ ◆ ◆


会場に戻ると、もう次のゲームの説明が始まるようで、ステージの上には何か大きな直方体が置かれていた。私たちは急いで、ステージ近くのテーブルに戻った。


「ハンナ、お待たせ!」

「お帰りなさいませ、ユマさま」


ステージの上のものを間近で見ると、ゲームセンターにあるようなクレーンゲームの筐体によく似ていた。ただ1つ違うとすれば、屋根と窓がない。外から自由にぬいぐるみを取れるようになっていた。しかし、クレーンの支柱とアームだけがむき出しの鉄骨として組み立てられていた。

メアが説明した。


「それぞれのグループには、これからクレーンゲームをやってもらいます!ただし、これは普通のクレーンとは違います。やってみますね」


そう言ってメアはクレーンゲームの筐体を操作し始めた。ウィーンとアームが動いて、止まって、口を広げて下がり始めた。その様子が、背後のスクリーンに大きく投影されている。

下がる、下がるだろう、と思ったのだが、それはぴたりと止まった。アームはぬいぐるみからかなり距離のある高度で止まり、虚を掴んでそのまま元の位置に戻った。


「どうでしょう?このアームは途中までしか下がりません。じゃあどうやってぬいぐるみを取るかと言うと‥ハ・マギオングル!」


呪文を唱えた。これは風の魔法だ。初歩的なもので、私たちでも無詠唱で使える魔法ではあるのだが、説明のためにわざと声に出しているのだろう。

下から風が起こり、ぬいぐるみを浮き上がらせる。


「このように魔法を使ってぬいぐるみを動かしてもらいます!でも、その魔法にも条件があるんです。浮遊の魔法は禁止です!浮遊以外の魔法を使ってください!」


会場から「ええー!」という悲鳴が聞こえた。もともと浮遊の魔法は、ものが浮き上がれれば何でもいいわけで、浮く位置を精密にコントロールするのは難しい。それでも他の魔法よりはコントロールしやすい。それなのに、それすら使ってはいけないということは、浮遊の魔法よりもさらに座標の調整が難しい別の魔法を使わなければいけない。

風の魔法が切れて、ぬいぐるみが台の上に落ちた。


「このゲームでは、減点要素があります。浮遊の魔法を使ったらマイナス1ポイント、取るのに失敗したぬいぐるみが台から落ちたらマイナス1ポイント、成功に関係なくぬいぐるみがアームに触れなかったらマイナス1ポイント。ただし成功したら3ポイントを与えます」

「チャンスだよ、ユマ」


すかさずアユミが私に声をかけた。


「‥はい」


私は、内心カタリナに申し訳ないという気持ちがないわけではなかった。軽く何度かうなずいた。

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