第63話 ポイントが危ない

会場へ戻る道中で、私ははっと思い出した。

私、さっきカタリナにハグされた。どうしよう、ハグしたくないと思っていたのに、その場と勢いで‥‥。


「‥‥ねえ、お姉さん」

「どうしたの?」


カタリナは、さっきまで泣いていたのはどこへやら、平気そうに返事した。


「‥‥そのね、お姉さん、さっき私を抱いたでしょ?」

「ええ」

「それで‥10ポイント取った時の賞品をチャラにできない?」

「あら、まるで自分が10ポイント取れるみたいな物言いね」


カタリナはくすっと笑った。


「そ、それは‥」

「大丈夫よ。さっきのはノーカウントよ。改めて抱かれてもらうわ」

「え、ええっ‥‥えええええーーーーーっ!!!」


抱かれ損である。

地球に照らされた閑静な森の中で、私の悲鳴がこたました。


◆ ◆ ◆


私とカタリナは目立たないように、会場のドアを小さく開けてこっそり入った。

会場の人たちはステージに釘付けだったので、会長は壁伝いに会場の隅にあるスタッフ用の控室へ、私はテーブルより少し高いくらいに身をかがめて前方のテーブルへ行った。アユミ、セレナが残っていたので、私はアユミの隣にこっそり座った。


「あっ、ユマ」


アユミが私に気付いたようである。


「遅れました、ごめんなさい」

「いいよ、いいよ。それよりハンナがクイズ大会に出てるよ」


そう言われて、私はステージを見た。机が並べられ、その真ん中から少し左寄りの位置にハンナはカシスとともに座っていた。人数が思いの外少ないから、一部のグループしか出ていないことは想像できた。

司会はメアのようだ。先程もキューブの故障説明のためにステージに上がっていた人だが、改めてよく見ると、濃い桃色のツインテールが特徴的で、その私服は背中に大きい半透明のリボンがついている。ふりふりのスカートを身に着けていて、装飾はまるでアイドルのようだ。そして、マイクを持つ手は、小指がきれいに立っている。


「それでは最終問題です。この問題の正解者は得点が2倍になります。ハギスの子でハールメント王国最後の王となったベルギスが自決した山の名前は?」


これはかなりの難問だ。ハールメント王国というのは紀元前3000年ころに興り俊歴738年に滅ぼされた古代魔族国家の1つだ。現存しないものの確認されうる歴史の中では最も長く存続した国であり、いくつものエピソードが今なお伝わっている。伝説の聖女もこの国の王妃だった。

最後の王ベルギスは先代の王ヴァルギスやハギスの教えを受け継いで平和を推進したが、家臣の反対を押して軍縮を強行した結果、隣国から度々攻め込まれるようになり、ついには王都ウェンギスを追われた。同盟国ノスペック王国は、軍事的な見返りが期待できないことを理由に家臣間の議論が長引き支援できないでいたが、ここでようやく援軍を出した。しかし時すでに遅く、ベルギスはある地方都市の郊外の山で敵に囲まれて自刃し、九族は大きな檻に閉じ込められ食事ではなく刃物を与えられ、さらに大量の麻薬をいぶされたため、狂ったように近親相姦と殺し合いをして共喰いしながら果てたといわれる。ただし滅ぼした国はこのあとノスペック王国に滅ぼされ、広大な領土も併合されたため、ノスペック王国が地上最大の国として栄華をきわめるきっかけとなった。ノスペック王国はノスペック連邦王国と名を変え、今も地球最大の国家として君臨している。風聞の噂では、ベルギスの弟と人間の女性の間にできた子の見た目があまりに人間寄りだったため、王族ではないとみなされ処刑を免れそのまま姿を消したという話もあるが、あくまで都市伝説だ。

と、私は授業で習ったのだが、このご時世に過剰な平和主義の他山の石としてこのように仔細に教えられるにもかかわらず、肝心の山の名前はほとんど知られていないのだそうだ。山の名前はそれほど重要ではなかったのだろうし、観光地として整備されているわけでもない。もはや歴史ではなく雑学の領域だ。当然ながら、ステージの上の回答者もみな、頭をひねっている。

ハンナも、困ったようにカシスの顔色をうかがっていた。カシスも頭を捻っていたので、本当にわからないのだろう。

しばらく時間が経過した後、メアがマイクを握って、会場に向かって言った。


「それでは当初に説明したとおり、会場から答えを聞きます。正解したチームに得点が入ります。はい、分かるチームは手を挙げて!」


会場を見回しても、誰も手を挙げていなかった。8年生でもわからないほど難しい問題なのか。


<イレヴュ山>


えっ?

喧騒する会場の中で、私は片耳を手で塞いだ。


<正解はイレヴュ山>


またあの声だ。頭に直接響いてくる声だ。私は誰ですかと言いたくなったが、ここはさっきの廊下と違って人がいる。私は静かに手を挙げた。


「えっ、わかるの、ユマ」

「うん、はい」


アユミが目を丸くしていた。それだけ、この質問の答えが分かる人は貴重ということだろう。

メアが私を指差したので、私は立ち上がった。


「イレヴュ山です」

「正解!」


途端に周りから大きな拍手が鳴り響いた。アユミもセレナも、驚いたように拍手していた。しかし、一番驚いたのは私だ。頭の中に鳴り響いた声が正解を告げていた。私は山の名前を聞いた記憶はないし、イレヴュ山が正解だということはおぼろげにも思ったことがない。これは絶対に幻聴ではないと、私は確信した。


「ハンナ、カシスのチームに得点が入ります!」


メアのナレーションに、ステージの人たちも私とハンナたちに拍手を送った。


「1位のチームはマチルダです。このチームには3ポイントが入ります!」


ステージを見回してもマチルダはいなかったので、おそらくチームが交代して最後に集計するシステムだろう。私はルールを聞いていなかったので推測だが、新5年生は60人で、チームは30できているはずで、ステージの上にある机の数は10だから、30チームを3つに分けて3回交代でのクイズだろう。


「2位のチームはハンナです。このチームには2ポイントが入ります!最終問題で3位と逆転しました」

「‥‥えっ?」


私は一気に顔が青ざめた。私はスキー予想で最低人気予想を当てて、キューブ浮遊勝負で1位になって、そしてクイズ大会で2位になった。宝探しとあわせると8ポイントだ。あと1回、2ポイント入ろうものなら、カタリナにハグさるのは私になってしまう。最初はハンナをハグしてもらうつもりだったのだが、私がハンナと同じチームになった時点で計画が破綻してしまったように思える。なんで最後の問題で答えてしまったのだろうと、私は激しく後悔した。沸き起こる歓声の中、私はただ1人、膝の上に硬く握った手を置いて、うつむいて固まっていた。


◆ ◆ ◆


クイズ大会が終わり、ハンナとカシスが一緒にステージから戻ってきた。


「ハンナ、おつかれ!」


私ではなくアユミが、ハンナをねぎらった。


「ありがとうございます。ひとえにカシス先輩のおかげでございます」

「あはは、いつもカシス先輩が横から教えてくれたもんね」

「そんな、僕はただ‥」


そうやって3人が談笑するのも、ろくに耳に入らなかった。私は顔を真っ青にして、ただうつむいて震えていた。


「どうしたん?」


私の向かいに座っているセレナが、腕を組んで尋ねてきた。ハンナたちも私の異変に気付いたらしく、隣りに座って尋ねてきた。


「ユマさま、大丈夫でございますか?」

「あ‥‥うん、ハンナ」

「10ポイントの賞品のこと?」


セレナが単刀直入に切り出した。ハンナも気付いたのか、「あっ‥」と口を手で塞いだ。

10ポイント先取した人には、賞品としてカタリナがハグしてくれることになっているのだ。


「‥そういえば、ユマさまはわたくしと同じチームでございます」

「でも、チームを組む前は個人戦だったんでしょ、スキーはどうだっけ?合計いくつ?あ、スキーは外れてるよね、当たったの1人しかいなかったし」


セレナがテーブルから身を乗り出して尋ねた。

そういえば私はスキーレースでクィオデールに投票したことはハンナには言っていない。私は気まずそうに全てから目をそらし、肩を小さく丸めた。


「‥‥‥‥スキー正解」

「え?聞こえなかった、もうちょっと大きな声で」

「‥‥スキー正解しました」

「えっ?」


セレナもさすがに想定外だったようで、体が硬直した。


「‥もしかして、クィオデールに入れたの?」

「はい」


私以外の4人が全員驚いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る