第60話 結果を丸められた
カタリナはメアとしばらく相談している様子だったが、少しして、今度はメアがステージに上がった。
「新5年生の皆さん、初めまして。そうでない方はお久しぶりです。生徒会庶務のメアです」
走り書きのメモを見ながら、メアは説明した。
「現在の状況を踏まえて生徒会長と相談した結果、これまでの学園での記録からは、2トンを超えた先輩や卒業生は1人もいないことが分かりました。1メガトン以上を持ち上げたユマさんを1位として扱います。ユマさん本人に2ポイントのほか、ユマさんに投票した人にも1ポイントが付与されます。なお2位と3位の選手は、臨時措置として人気投票の上位から選び、それぞれ1ポイント付与します。以上です」
そう話して、丁寧にマイクをオードリーに返した。
私は結局2ポイントか。私は肩を垂らして、ため息をついてしまった。
「マイクを持つ時、小指を立てるのはやめろ」
「えへっ」
オードリーの小言にメアは片目でぱっちりウィングすると、階段を使わずぴょんとジャンプしてステージから飛び降りた。オードリーはそのまま言葉を続けた。
「‥‥ということだ。選手のみな、異論はあるか?1メガトンを超えられる選手はいるか?」
私の隣に並んでいる人たちは、全員黙ってしまった。ヤストですら言葉を発しない。
◆ ◆ ◆
私はもちろん、1位になった実感が全く無い。強いて言えば最後の最後に天井に激突するのを回避したくらいで、それを除くとキューブを持ち上げるのに少しでもヒヤヒヤした記憶というものがない。まるで日常生活の一部分のように、私はそれを軽々と持ち上げてしまったからだ。ポイントは欲しくないのだが、本当に2ポイントもらってもいいのか、という遠慮したい気持ちも少し持ち合わせている。
ステージを降りて自分のテーブルに向かったが、私は途中で足を止めた。私のテーブルの周りには、これでもかというくらい先輩や同級生が群がっていた。みんな、私に羨望の眼差しを集めていた。正直私は逃げたかったが、その人混みの真ん中にいるハンナとクレアが不憫だったので、突っ込むことにした。
人垣をかき分けたところで、四方八方から質問がとんでくる。
「あの魔法の秘訣は?」
「このレストランの建物浮かせられる?」
「むしろミューザ(商業施設)全部浮かせられるかも」
「1メガトンなんて相当な重さだぜ、あれを涼しい顔で浮かせるもんだから」
「281メガトンだろ」
「俺らからしたら同じだよ」
群衆がわいわい騒ぎ始めた。正直、一度に話す人が多すぎて何を話しているか全く分からない。私は人混みを無理矢理かき分けた。嵐のように質問が来たが、全て無視してクレアが空けた椅子に腰掛けた。
「‥お疲れ様でございます、ユマさま」
もはや騒音と化した魑魅魍魎の質問が飛び交う中、ハンナは私をねぎらってくれた。
「ありがとう、ハンナ」
私がそこまで言ったところで、向こうから怒鳴り声が聞こえた。
「選手は疲れているわ。少しは遠慮しなさい!」
きつい口調だったが、それは間違いなくカタリナの声だった。岩のようになっていた魑魅魍魎の塊が、カタリナの一言で少しずつ剥がれていって、最後には四散した。
最後の集団に声をかけ終わったカタリナは、はぁっとため息をついて持っていたハンカチで頭を拭いた。
「‥ありがとうございます、生徒会長」
私がお礼を言うと、カタリナは先程の剣幕はどこへやら、くすっと笑って返した。
「お疲れ、ユマ」
「えへ、私、勝ちました‥」
カタリナは私の言葉を待たず、私に近づいて身をかがめて、そっと耳元にささやいた。
「キューブがメガトンを出した理由が分かったわ」
「えっ、こんなに早くですか?」
「ええ。でもこの理由は公表しないから注意してね。周りには別の理由を説明するわ。ユマも周りには黙っていて」
「う‥ん?」
カタリナは、私とハンナの間に割り込むように入ってきて、私の耳に口をくいっと近づけて、音がもれないように耳に手を当てた。
「‥‥えっ」
カタリナの呼吸が、私の耳にもろに当たってくる。体温、そしてカタリナの香り。みるみるうちに体が硬直するが、話だけは聞かないといけないと思って、聴覚に神経を集中させた。
「‥あのキューブの動力源には、2つのモードがあるの。1つはキューブ自体に内蔵されている魔力を使うモード。もう1つは、キューブに触れた人間の魔力を吸収して利用するモード。選手が集まってからキューブの設定をいじったでしょ?その時にこっちの設定も変えてしまったみたい」
カタリナの吐息が耳にかかる。心臓がバクバクして太ももに乗せた手が震えるのを押さえながら、私はそれを聞いた。
「ユマの魔力が強すぎてメガトンの重さが出たわ。それは事実。ユマには世界を変えるほどの力があるわ」
「うう‥」
話は分かったし、もうこれ以上の報告はいらない。私はカタリナのおでこを突いて、口から耳を離した。そして見ると、しゃがむカタリナを後ろから見下ろしていたハンナが憔悴しきった様子で、唇を噛みながらカタリナの頭を睨んでいたので、私は慌ててカタリナに提言した。
「‥分かりました、ありがとう、分かった、うん、分かりました」
「質問はないの?」
カタリナは後ろの事情など知らないとでも言いたげに、首を傾げて不敵に微笑んだ。私が「ありません」と言うと、カタリナは「そう、じゃまた後でね」と返して、立ち上がってその場を去ってしまった。
私がその背中を確認しながら、残り香と鼓動に耳を澄ましているところに、隣のハンナがくいっと私の腕を引っ張ってきた。
真っ白の髪からエルフの尖った耳をのぞかせたハンナが、うつむきながら何かぶつぶつ言っていた。
「‥ハンナ」
「その‥あの‥」
ハンナはそれ以上何も言わずに、私の肩に顔をこすりつけてきた。頬のやわらかい感触が、肩にもろに伝わってくる。
「ハンナ、みんなが見てるから‥」
「‥‥あっ」
我に返ったのか、ハンナは私から離れて、顔を赤くして小さい声で謝罪した。
「ご‥ごめんなさい」
「いいよ」
私は許した。
カタリナが離れていったので、私は冷静に考えることにした。そもそもこれまでの自己記録は200キログラムを超えたくらいである。メガトンはあまりにも非現実的な数字で、自分でも信じられないくらいだ。一体自分に何が起こったのだろうか。
やっぱり、宝探しでカタリナと出会った時に聞こえたあの声と関係があるのだろうか。確かにカタリナと戦った時、自分ですら知らない魔法を、私は2つも使った。あの時から私の魔法はおかしくなったかもしれない。次に声が聞こえたら、声の主を問い詰めようと私は思った。
◆ ◆ ◆
少したって、メアが無人のステージにあがって説明を始めた。
「トラブルがあり大変お待たせしました。先程のキューブについて、メガトンクラスの重さが出た現象について生徒会の結論が出たのでお知らせします。キューブの故障でリミッターが外れただけでなく、宇宙からの放射線がキューブを刺激し一時的に魔力が無限大に増大する無敵状態になったと考えられます。さらにキューブ自体が浮遊していました。ユマの魔法による浮力を精査した結果、生徒会としては、ユマが実際に浮遊させていたのは2トンから4トン程度ではないかとの結論に至りました。なおこれでも十分に大きな重量であるため、ポイントの振り分け直しは行いません。詳細についてはこちらから別途メーカーに問い合わせることにします」
なるほど、少々無理はあるが、これならキューブに万有引力が働いたこともうやむやにできる。私の能力が過小に発表されたことに不満がないわけではないが、2トン以上を持ち上げた先輩の記録はないとも説明されたので、2トンでも十分大きな数字だ。
周りもこれに納得している様子だ。なにしろ、浮遊の魔法で出せる力は高々数百キログラム、メガトンなどあまりにも非現実すぎるのだ。誰もがキューブの故障やトラブルを疑って当たり前だ。
私は褒められるのが嫌いではないが、大きな結果が発表されるとリスクもある。会場は「おおー!」と湧き上がった。私への視線が急増している感じを受ける。次の休憩時間でまた生徒たちが集まって質問責めにされるかと思うと、今から肩が痛かった。
「すごいです、ユマさま」
隣のハンナが、にっこり笑って私の功績を称えた。有象無象から嵐のように褒められるのはくたびれるが、親友のハンナは別だ。
「ありがとう」
私は肩をすくめて答えた。
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