第59話 キューブに乗った(2)

私もそれは気になった。確かに重いキューブがあれば、人を殺したり、建物を壊したり、結構危ないことができる。そうならないようにキューブにはリミッターがついているはずだし、仮になくても構造上、または技術上の問題で、ある程度の重さを超えることは不可能になっているはずだ。具体的にいくつなのかは私にも分からない。

今の私はただオードリーの宣言する現在重量を聞いていることしか出来ないが、いまのところキューブを浮遊させるための魔力が増えたり、つらくなったりは一切感じない。まるで本当にキューブが故障しているかのようだ。


「65トン。‥‥131トン。‥‥262トン」

「おい!あっ、すみませんオードリー先輩」


ヤストが声を上げた。


「ユマは集中している。後にしろ」


オードリーが止めると、ヤストは舌打ちして黙った。おそらくヤストも私と同じ、キューブの故障を疑っているのだろう。先程はあれほど騒いでいた会場も、少しずつテンションを落としていった。

控室の前でスタッフが集まって何か相談しているのが見えた。スタッフも故障を疑っているのだろう。しかしそれがまだ確定していない今、オードリーはただ数字を読み上げることしかできないのだろうか。


「1キロトン」


キロトンという単位は聞いたことがなかった。会場も少しざわめきついたが、すぐ収まった。


「268キロトン‥‥536キロトン‥‥1メガトン」


キロトンも飛び越えて、メガトンに入った。地球では一般的な高層ビルは5〜800キロトンくらいの重さを持つから、それすら超えたことになる。しかし私はやっぱり、魔力の変化はそれほど感じない。先ほどと比べて浮遊の魔法がきつくなった気がしたし、それはキューブが故障しているという仮説の反論材料にもなりえるかもしれない。しかし、その差はかなり軽微で、なんとなくそう感じるだけにすぎない。

代わりに私は、自分の脚が重くなっているのに気付いた。まるで少し運動した後のように。宝探しでたくさん走ったから、その時の筋肉痛が今来たのだろうかと、私はあまり深く考えないことにした。


「‥‥2メガトン‥‥4メガトン‥‥8メガトン‥‥17メガトン」


筋肉痛が気になってきたので、私はこっそり自分の脚にも浮遊魔法をかけた。もちろん無詠唱だ。足がキューブから離れない程度に弱い魔法で、脚にはたらく月からの引力を弱める程度の差し加減にした。キューブと脚両方に魔法をかけるのも変かもしれないが、脚の疲れはかなり軽減された。


「‥‥ねえ」


ステージにいる選手の誰かが、隣の人に話しかけるように言った。


「なんだか、ステージ傾いてきてない?」

「あ、それ私も思った。傾いてきてるよね。ステージ壊れちゃった?」


それを聞いて私は下を見た。ステージが傾いているようには見えなかったが、それはおそらくステージを真上から見ているためだ。でもステージが壊れても、浮遊している私に影響はないと思う。

ふと、会場の前方にいる生徒が、テーブルに乗っているジュースの入った透明のコップを注意深く観察し始めたのに気付いた。おそらく、みなキューブが故障していると思いこんで飽きてきてるのだろう。実際私は浮遊の魔法が大変だとまだ感じていないし、ずっと前からこうして涼しい顔をしているので、私が魔法を使っているということが会場に伝わらないのだろう。


「‥‥140メガトン」

「あ、あわわ」


ステージに並んでいる選手の1人が立ちながらバランスを崩したらしく前のめりに倒れかけたが、すぐに隣の選手に体を引っ張られて立ち直した。「ありがとう」という声が聞こえた。やっぱり本当にステージが壊れて傾き始めたのか。

オードリーが、次の数字を読み上げた。


「‥‥281メガトン」

「やめなさい!」


突然、ステージの横から大きな怒鳴り声が聞こえたので、私も会場の人も全員そちらに視線を集めた。カタリナだった。


「えっ?」


オードリーが戸惑いを見せると、カタリナは早口で叫んだ。いつものカタリナからは想像できない、厳しい剣幕での大きな声だった。


「これ以上は危険よ、やめなさい!」

「は、はい‥?ユマは平気そうにしていますが‥」

「危険なのはそっちじゃないわ。この会場にいる全員よ。説明するから、とにかくキューブを止めなさい。今すぐ!」

「わかりました」


オードリーはカタリナの珍しい気圧におされながら、それでも納得の行かない顔で、首を傾げながら私のキューブにリモコンを向けた。突然、キューブが上へ落ちるように急に飛び上がった。天井にものすごい勢いでぶつかりそうになったので、私は結界で予防線をはりつつ、キューブにかけた浮遊の魔法を一気に弱めた。私の乗ったキューブは、ヘリウムの入っていない風船のようにふわふわと高度を下げて、ステージの上に乗った。


「‥申し訳ない。自分がいきなり重さをリセットしたから、浮遊の魔法が暴走したようだな。怪我はないか?」

「いいえ、お気になさらず」


キューブから下りた私とオードリーのやり取りを見て、キューブの故障を疑う人はなくなったかもしれない。

カタリナがステージにのぼって、オードリーからマイクを受け取るとその場で話し始めた。


「‥まず、選手や会場のみなさん、体調は大丈夫ですか?気分の悪くなった人はいませんか?気分の悪くなった人は、近くのスタッフに申し出てください」


今の魔法のどこに周りの気分を悪くする要素があったのだろうか、と私が不思議がっていると、カタリナはまた続けた。


「今起きたのは、万有引力と呼ばれる現象です。質量を持つ物体は、それ自体がものを引っ張る力を持ちます。地球や月の重力も、万有引力のために発生します」

「‥‥あっ」


オードリーが気付いたように表情を変えた。私も少し分かってきたような気がする。学校の授業で確かに習ったが、それはあくまで机上の計算にすぎず、惑星の重力以外で実際にこの力を目の当たりにした経験が全くなかったので、すぐには頭に浮かんでこなかった。


「通常、これらはとても小さい力なので、気づくことはありません。しかし、今回のように指数関数的に質量が増えると、体感できるほどの引力が発生します。現に、ステージの上にいる選手が地面が傾いたと錯覚したり、コップに入っているジュースの水面が斜めになったりしていました。これ以上放置していたら会場だけでなく月や地球がこのキューブに吸い込まれ、滅亡していたところでした」


会場はどよめいた。万有引力は地球キャンパスの最初の方で学ぶので誰もが知っていることだが、カタリナの導いた結論があまりにも非現実的で、でも授業で学んだことを考えると間違いではないように見えて、混乱してきた。


「皆さんにご迷惑をおかけしたこと、生徒会長として謝罪します」


そう言ってカタリナが頭を下げた。隣に立っていたオードリーも、慌てて頭を下げた。少し経ってカタリナは頭を上げて、弁を続けた。


「‥しかし、このキューブは学園から貸与を受けたもので、高級品とはいえ多くの私立学校にも置かれている普通のものです。キロトンやメガトンクラスの重さを再現するとは考えづらいです。他に要因があるかもしれませんので、こちらは継続調査とさせていただきます。ゲームについては‥」


カタリナはちらとオードリーを見た。オードリーが小さく首を振ったので、カタリナは言葉を続けた。


「原因がわからない状態でキューブを使い続けるのは危険なので、この勝負は中止させていただきます」


よかった。私に2ポイントは入らない。ヤストと決着がつかなかったのは残念だけど、カタリナにハグされずに済んだだけでも良しとしよう。

私がそう一安心したのもつかの間、ステージの下にいる生徒会スタッフの1人が手を挙げた。


「すみません、生徒会長、お言葉でございますが‥」

「何でしょう」

「出し物のゲームはそんなに多くないです。ここでポイントを与えないと、10ポイントに到達できる人がいなくなります」

「えっ。オードリー書紀、ちょっと待って」


カタリナはそう言って、オードリーにマイクを返してステージを下りた。

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