第2章 新5年生歓迎会

第38話 マーガレットの最期

空から地球が見えるという奇妙な感覚も、夜が来てから1週間弱で慣れた。

今日は、5年生1学期始業式の前々日にある、月キャンパス先輩による歓迎会である。外はすっかり深夜だが、時計は午前10時をさしているし、窓も昼のように輝いている。

私たちは手持ちの服の中で一番立派な服を着た。月に来たばかりの時は8月中旬だったので夏の暑さだったが、夜が始まって1週間経った今は気温も下がって、晩秋のようになっている。私たちもみな長袖だ。

レイナは、始業式の服は始業式に着るべきよと言って、2番目に立派だという服を取り出した。それがおしゃれで上品な紫のドレスであったので、1番目の服はどのようなものだろうとハンナと話した。


「‥あれ、マーガレットは?」


私はきょろきょろ部屋を見回した。この部屋には、私、ハンナ、レイナの3人しかいないのだ。


「先に行ってるんじゃない?」


レイナは手鏡を見て前髪にくしをあてながら、ぶっきらぼうに言った。確かにマーガレットは元気が有り余るほどあるのだから、それもありえる。


「確かにベッドに荷物もないみたいだし、先に行ったかもね。私たちだけでも行こう」


そう言って、私たちは部屋を出ていった。


◆ ◆ ◆


512の部屋を、輝くような髪の色をしたその魔族の少女がノックした。


「誰?」


中から、その人の声がした。


「4年生のマーガレットです。生徒会長、話があります」

「入って。歓迎会前だから手短にね」


許可をもらってドアを開けたマーガレットは、「どうしたの?」と椅子を回転させて尋ねるカタリナを、鋭い目で見つめていた。

部屋には他に誰もいない。みな、先に歓迎会に行ったのだろう。マーガレットは丁寧にドアを閉めて、そしてアームパネルの画面を開いた。


「マーガレットは、ここ数日生徒会長の動向を調べていました」

「あら、気持ち悪いことをするのね」

「そして、その調査結果がまとまりました」


マーガレットの鋭い瞳に負けないように、カタリナも眉間にしわを寄せた。


「あら、どのような発表かしらね、楽しみにしてるわ」


それを聞いてマーガレットは、悠然としているカタリナを睨みつつ、黙って画面を操作した。

録音された音声が流れた。


『元帥、初めまして』


医務室の医師の声だった。それを耳にした瞬間、カタリナは唇をまっすぐ一直線に結んだ。


『生徒会長とお呼びください』

『失礼しました、生徒会長。あなたにお会いできて嬉しいです』

『わたしも、まさかあなたが同志だとは思いませんでした』


この会話を、マーガレットのアームパネルは克明に記録していた。


『私はオルガ共和国ルビア地区のの貧しい家で生まれ、つらい人生を送ってきました。私を苦しめたのは地球軍です。地球軍が憎いのです。この一心で生徒会長にお力添えするために組織に入りました。私にできることがあれば、何なりとおっしゃってください』


ここで、マーガレットは音声の再生を止めた。


「オルガ共和国は、今現在存在しない国なのだ。地図を探しても、どこにもなかったのだ。‥‥これから新しく作る国家なのか?生徒会長」


マーガレットは、敬語ではなくなっていた。

真相を求める鋭い瞳が、カタリナの少し白くなった肌を容赦なく貫いていた。

カタリナはくすっと笑いながら、椅子の肘掛けに肘を置いて、頬杖をした。


「‥もし、国家ごっこ遊びだったらどうするの?新入生が授業でやる最初の模擬戦闘のために、私や教官たちも巻き込んだ敵国ごっこだったら?」

「そうでない証拠もちゃんとあるのだ」


そう言って、マーガレットはまたアームパネルを操作した。カタリナの眉毛がぴくぴく動いているのに、マーガレットは気づかなかった。

ほどなくして、アームパネルから音声が流れた。ある日のセレナとカタリナの会話だった。


『で、ユマはどーすんの?』


セレナの声だ。ベッドの上で脚をバタバタさせているのか、何かがやわらかいものにぶつかる音がかすかに聞こえてくる。

そして、カタリナの声が入ってくる。


『わたしの同志になってもらうわ。そして、ともに地球軍と戦うの』

『ふーん、簡単にいけるかな』

『わからない。今、ハンナと取り合っているから』


この音声を再生しているマーガレットを見つめるカタリナの視線が、少しずつ鋭くなってきた。カタリナが唇を噛むときのぷちっとした圧迫音は、マーガレットの耳には入らなかった。


「‥‥それで?」


一通り再生が終わると間髪(かんはつ)をいれず、カタリナは尋ねた。


「これを、どうするわけ?」


物的証拠があるわけでもなく、これだけで100%立証することはできない。しかし、これ以上身の回りを調べられるとそのうち証拠が出てくるだろう。それだけではない。このことが地球軍の耳に入ると、疑惑の段階であっても調査される。


「もう誰かに言ったの?」

「これから言うのだ」

「そう」


そして、カタリナは椅子にもたれた。

顔の向きを変えずちらりとドアを見ると、素早くまばたきした。

同時にドアが静かに開いて、セレナが顔を出した。


「‥!!」


マーガレットは思わず後ずさりした。セレナの手には、銃が握られていた。


「あなたは死に時を間違えたようね」


そう言うカタリナの手にも、銃が握られている。


「まさか何の用意もせず、のこのことやって来たわけではないでしょうね?」

「用意って‥何のことなのだ?」

「あなたの味方はここにいるか聞いてるの」


カタリナからそう言われて、マーガレットは質問の意味を察した。

同時に自分の最大の失敗にも気づいたが、もはや逃れるすべは残されていなかった。


「‥どうやら、いないようね」

「う‥ああっ!」


マーガレットはダッシュで窓に向かった。その窓に手をかける寸前、銃声が響いた。

弾丸はマーガレットの頭を貫通し、その体は血を吹き出しながら力なく地面に崩れ落ちた。


「‥ふう」


カタリナは銃を空中に放り投げた。同時に銃は光り輝く粉となって、空中に溶けていった。


「セレナ、ありがとう」


そう言ってカタリナは椅子から立ち上がり、ポケットからペンライトを取り出した。

そのボタンを押すと、妖しく上品な青白いビームが死体を包み、小さいボールに変形させた。

このペンライトは本来、犯罪防止のために生物や人間の死体に対しては使えないよう機能制限されている。しかし。


「‥人の死体に使ってるの、初めて見たよ。リミッターのないペンライトが持てるのは、国の元首や高官くらいのものだよね。さすが元帥サン」


セレナが褒め称える声に、カタリナは釘を差した。


「セレナ。誰かが録音しているかわからないから、その呼び方はやめなさい」

「へいへい、生徒会長サン」


カタリナは窓へ近寄って、ボールを拾いあげた。

赤色、青色、緑色、様々な色が浮かんでは消える、気味の悪いボールだった。


「わたしも‥これを触るのは初めてよ。でも、これから同じような機会はきっと増える。‥‥人として覚悟していたことよ」


そして、ボールをぎゅっと握って自分の机に戻って、適当な引き出しの中に丁寧に置いて鍵をかけた。


「これはあとでどこかに埋めるわ。人に見つからないようにね」

「へいへい。それより歓迎会に遅れるよ」

「わかってる」


カタリナはふうっと息をつくと、笑顔を作った。ただし目は鋭いままだ。セレナは何も言わず、ゆっくりドアを開けた。

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