第39話 歓迎会が始まった
私たち新5年生は、旧レストランに集まった。思えば、月に来てから2週間、新5年生が集まる機会はなかったから、なつかしい顔がいくつも見える。
会場にはすでにいくつもの丸いテーブルが置かれていて、その上にあるお菓子を立ち食いしながら新5年生と先輩たちが歓談していた。
「おい、お前、まだ月にいたのかよ?怖じ気ついて地球に帰ったと思ったぜ」
私を見るなり、ヤストが笑いながらなじってきた。本当に私をいじめるのが好きな男である。漆黒の髪の毛が不気味だ。
「うっさいよ、ほっといてよ」
私は怒鳴るように言って、そのままつかつかと歩き出した。
「お、お待ち下さい、ユマさま‥」
ハンナも私を追うように、早歩きでついてきた。一方のレイナは、他の先輩に捕まったようでふらふらと別の方向へ進んでいる。
私たちは、とあるテーブルを囲んだ。
「やあ、はじめまして。僕は6年生のカシスっていうんだよ」
男の先輩だった。おしゃれな私服を着て、髪の毛にもつやが入っている。そして、私より背が高い。
飲み物の入ったクラスを掲げて気さくに言うものだから、私も「‥はい、よろしくお願いします」とすぐに返事した。
「私は4年生のユマ・クィンティンです」
「わたくしは4年生のハンナ・パーミムでございます」
私たちがそれぞれの自己紹介を終えると、カシスは興奮気味に言った。
「わあ、あなたがカタリナ生徒会長の妹か!僕たちの間で噂になってたよ」
「噂‥ですか?」
「ユマさまは、学園で有名なカタリナ生徒会長の妹でございます。ですから、先輩の間で知名度がおありではないかと」
ハンナが補足した。カシスがまた、高めのテンションで続けた。
「カタリナ生徒会長は5年生のときから2年半も執務を続けておられるんだよ。5年生のうちに月キャンパスの生徒会長になるのも、あれだけ長い間勤めるのも、非常に珍しいんだよ」
「生徒会長からお話を伺っております」
「それだけカタリナ生徒会長は技力に優れ、前線にいるプロの軍人ですら舌を巻く能力を持っているってことだよ。その妹だ、どんな人かなと気になってね」
「は、はぁ‥‥」
私はおそらく、カタリナと比べられているのだろう。私は自分の次の発言を遅らせるために、ジュースをできる限りゆっくり飲んだ。
しかしその必要はなかった。カシスが周りの先輩たちを呼んだのである。ゲームで例えると、敵モンスターが仲間を呼んだのだ。ほどなくして、私とハンナは先輩たちに取り囲まれた。
「君が生徒会長の妹?」
「は、はぁ」
「見た目はあまり似てないね。生徒会長は金髪なのに、君は黒髪なんだね」
「いろいろありまして‥」
「生徒会長、家では普段どうしてるの?」
「お菓子作りとかです」
正直、しんどい。カタリナは確かにこの学園始まって以来の天才かもしれないが、姉の自慢話を自分から積極的に話す時はともかく、こうして周りから問い詰められるような感覚はいい気分ではない。私は大衆から目をそらすように、一枚のクッキーをかじった。
「‥このクッキーは生徒会長が?」
生徒会長独特の上品な甘みが、私の口に広がった。
「そうだよ、よく分かるね」
カシスが調子良さそうに答え、自分もクッキーをほおばった。
途端に、大きな足音が近づいてくる。走ったわけでもなく、地面に足を強くぶつけて意図的に音を出しながら威圧的に歩いているような感じだった。
「おい、ユマ!」
ありったけの声で叫んだその少年は、先程も私に絡んできたヤストだった。ヤストは激しい剣幕で、先輩たちに囲まれた私を指差した。先輩たちも目を点にして、一斉にヤストを見た。
「何が生徒会長の妹だ?周りに注目されていい気になりやがって!俺はお前を超える男だ、そうしていられるのも今のうちだぞ!」
それで一気に周りは冷静になったようだ。何人かの先輩が離れていったが、また何人かは逆にヤストを叱りに行った。どちらかというと邪魔者が減って私にとってはラッキーだ。まだ数人の先輩が残っていたが、私は構わず何枚かのクッキーを口に入れた。
「ユマ、ごめんな。ちょっと集まりすぎた」
カシスが申し訳なさそうに声をかけてくるので、私は「いえ‥お気になさらず」と言った。無愛想な投げやり感を晒してしまったかもしれない。
「大丈夫でございますか、ユマさま」
ハンナも私を気遣ってくれた。
「ありがとう」
私はこの会場に来て初めて笑顔になった。
「ハンナ、別のテーブルに行こう」
「はい」
そうして私がハンナを誘ってテーブルを離れようとした瞬間、音楽とともに会場の照明が一気に消え、そして壁にあるステージに光が当たった。
「初めてだな。自分は7年生のオードリーという。生徒会の書記だ。この歓迎会の司会もおこなう」
ボニーテールで、目元の引き締まった女子だった。いかにも規則に厳しい、よく人を叱る人だ、というイメージが刷り込まれてくる。それよりも、私の姉はこの人と一緒に仕事をしていると知ると、オードリーの人となりにすぐ興味が向いた。
オードリーは手に持っていた竹刀を肩に乗せて、マイクを掴んで粛々としゃべった。
「まずは新5年生の諸君、進級おめでとう。地球で実りある経験を積んだと思う。しかし月ではこうはいかないだろう。月では演戦を含む多数の実技授業がなされる。脱落者も、時には死者も、普通の学校の比ではない。精々遅れないようにしろ。気持ちで負けるな」
最後は語気を強めて、オードリーはそう結んだ。まるで熱血の先生だ。
「‥そして、次は生徒会長からの挨拶だ」
そう言って、オードリーは後ろ歩きで会場のセンターを空けた。同時にステージにあがってきたカタリナは、あの時のデートで私の隣りにいたカタリナではなかった。光をよく反射する青白い服を着て、りんとした顔つきで、一切の隙を見せず、とても上品に歩く人だった。ただでさえカタリナは遠い存在だと思っていたのに、こうして暗い会場を眩しい光で照らされているのを見ると、まるで会長は別の世界の人のような気がした。思わず、すぐ隣りにいるハンナを二度見した。ハンナはステージを凝視して私に気づかない様子だったので、それがかすかに悔しかった。
カタリナはマイクを優しく握って、私たち新5年生たちに語りかけた。
「新5年生の皆さん、進級おめでとうございます。わたしがメグワール学園月キャンパスの生徒会長、カタリナ・クィンティンです」
同時に会場から歓声が響いてきたので、カタリナは少しの間それを聞き取ってから、強めの声で制止した。
「静粛に。オードリー書紀が話した通り、月キャンパスでは数多(あまた)の厳しい試練が課されます。ときにはくじける人も出てくるでしょう。ですがわたしは信じています。皆さんがどんな時にも自我を失わず、確(しか)とした自分であり続け、そして無事学園を卒業できると」
ここでいくらかの歓声を聞き届けて、カタリナはまた口を開いた。
「私たち先輩は特別に、新5年生のために催しを企画しました」
同時に壁に映像が投影された。この月キャンパス全体の地図のようだった。その一部が拡大される。カタリナはそれを指差しながら話した。
「今わたしたちがいる会場は、ここです。そしてその裏には森があります」
確かに旧レストランの裏の方には、女子寮の半分か3分の2くらいはあろうか、そこそこの面積の森があるようだ。
「この森で、みなさんには宝を探してもらいます」
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